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ベラトリックスのなみだ 第1話

星が輝きを増した。

ある惑星に放射線が降り注いだ。

その星に生きる生き物たちは、ほとんどが絶滅した。

わずかに、地下深くに棲む生き物たちと、深海に棲む生き物たちだけが、生き残った。


天文学者がその星を見つけたのは、いつもの観測を終えて、部屋に戻ろうとした時だった。

視野の隅に、何かが見えた。

天の川が見える…はずのあたりに、真っ暗な何かがある。

二つに断ち切られた天の川。

…雲?

天文学者は、望遠鏡をそれに向けた。

何も見えない。

星空のただ中に、丸い穴が開いたかのようだ。

雲ではない。

丸い黒い穴…

まさか、ブラックホール?

天文学者は、望遠鏡の録画ボタンを押した。

流れ星や国際宇宙ステーションなどを撮影するための高感度ビデオカメラだ。

モニターに、天の川を断ち切るように開いた、丸い穴が映し出された。

もしあれがブラックホールだとしたら、地球からどれくらいの距離にあるのか?

突然、光が見えた。

いくつもの光点が、次々と黒い穴の中に現れた。

それらの光点は、互いの位置関係を保ちながら、流れるように、穴の中をゆっくりと動いて行く。

穴の端まで来た光点は、かき消されるように見えなくなった。

そして、穴のもう一端側から、いくつもの光点が次々と現れた。

光点の間隔はランダムで、光点の明るさもさまざまだ。

まるで、星空の一画が、丸い穴に映し出されているかのようだ。

「いったい、何なんだ…」

天文学者は、茫然としてつぶやいた。

どれほどの時間が経っただろう。

何の前触れもなく、穴の中に、茜(あかね)色の何かが、のっそりと姿を現した。

渦巻く赤灰色の流れ…

穴全体が、茜色に満たされた。

そして、穴の輪郭が、くっきりと星空に穿(うが)たれた。

穴は、楕円形に見えた。

その形は、鏡を連想させた。

…まさか、巨大な鏡が空中に浮かんで、どこかの光景を反射しているのか?

天文学者は、望遠鏡の倍率を上げて、赤灰色の流れをズームアップした。

しばらくすると、霧が晴れるように、流れは次第に薄まっていった。

そして、流れの下に隠れていたものが見え始めた。

焼き尽くされた森林や草原…

干上がった河や湖…

累々(るいるい)と横たわる生き物たちの屍(しかばね)…

穴の向こうに見えているのは、地球ではなかった。

少なくとも、今、天文学者たちがいる地球では…


~つづく~


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