『海辺の彼女たち』の感想
日本語教師のわかばです。京都を拠点に関西で日本語を教えています。
ときどきライターとして記事を書いたりもします。
先日、ベトナムから来た技術研修生の女性を描いた映画『海辺の彼女たち』を観ました。今日はその感想を書きたいと思います。ネタバレがありますので、まだ観ていない方は読まないでくださいね。
まずは予告編をどうぞ。
あらすじはこんな感じです。
ベトナムから技術研修生として出稼ぎに来た三人の女性が、勤務先を逃げるところから映画が始まる。きっとロクでもない勤務先だったのだろう。その後、彼女たちは、地下鉄と船を乗り継ぎ、新しい勤務先に行く。そこは雪の降りしきる北国の漁村。仲介したのはブローカーと思われるベトナム人の男。彼女たちはここから不法就労者となり、粗末な宿舎で新しい仕事を始めるが……
映画としての感想をいうと、もっと社会に訴えるものがあるのかと予想していましたが、どちらかといえば、辛い立場に置かれた女性の心情を丁寧に描いた映画でした。
彼女たちがどこにいるのかも明らかにされず、引きの画像も少なく、登場人物のアップが続くので、息苦しい感じがこちらにひしひしと伝わってきます。でも、そのわりにストーリーとしてのアップダウンはほとんどなく、エンドロールが始まった時には「もう終わり?」という感じでした。
ただ、技能実習生の過酷な日常や暗躍するブローカーなどがしっかり描かれていたり、怒鳴る雇用主や淡々と事務をこなす病院の様子なども「さもありなん」という感じでリアリティはありました。
3人の女性は3ヶ月前に日本に来た技術研修生でその中のひとりフォンは妊娠していました。相手はベトナムの彼氏(?)ですが、連絡もとれなくなりました。彼女を中心に話は進むのですが、わたしはどうもフォンから「意志」というものを感じられませんでした。
全てまわりの人間の言う通りにするのです。きっと、子どもができた時もそうだったのでしょう。これから日本へ行くというのに、そういうことをしたらどうなるか考えなかったのでしょうか。
さらに、一度、仲間と病院に行ったけれど、保険証と在留カードがないとダメだと言われ、友達に紹介してもらった人に5万円払って偽の在留カードと保険証を手に入れます。そこから足がつくんじゃないかと恐れる、仲間との絆も薄れていきます。
そして、偽在留カードの売人(?)に「特急料金でさらに5000円」と言われてあっさり払ってしまうのです。雪の中、さまよいながら病院についても、医者は事務的な診察をするばかりで、彼女の家族関係になんの配慮もありません。そして、フォンはそれを訴えることもしません。ただ言われるままに話を聞いて、医師に現在の胎児の大きさを説明してもらいながら、エコーに映る胎児を見てたった一言、
「小さい……」
と呟くのです。なぜそんなふうに呟いたのか?
見た人はどう感じられましたか?
宿舎に帰ると、妊娠したことを知ったブローカーが待っていて、「頑張って働けば、お金になるから」というようなことをいい、子どもは諦めるように言って、子どもを流産する薬を渡します。このブローカー、耳にはAirPodsをはめていて、案外お金を持っていそうなんです。車もいい車だし。
彼女は子どもを産みたいのか?それとも、おろしたいのか?全くその意志が伝わりません。「産みたいなら産みたい」で助けを求めなければならないし、「堕して働きたい」ならそれ相応の対応があるはずなのに、ただ言われたことを実行するだけなのです。最終的に、ブローカーに渡された薬を飲んでしまいます。
そして、観る人は気づきます。
そういう女性こそ、搾取と欲望の対象になることを。
彼女たちにはそうしなければ生きていけない事情があります。でも、彼女をそこへ追いやったものは何か?それは経済格差であり、男女格差であり、教育格差であるとおもいます。わたしと彼女たちとは何か違うか?生まれた国が違うだけです。そして、それは自分の努力なんか何も関係なく、運だけで決まることです。
わたしはこの映画を見て、以前読んだ「ほんのちょっと当事者」という本を思い出しました。ネットカフェで出産してしまう人の話が載っている本です。著者はその女性の裁判を傍聴して「女性から意志が感じられない」と書きました。わたしはフォンにこの女性と同じものを感じました。
もしかしたらフォンは日本に来ることも自分の意思で決めたことではなかったという可能性が高いです。「出稼ぎして仕送りしてほしい」という家族の願いを叶えたかったのかもしれません。しっかりと教育を受けたともいいがたいですし、そんな女性はきっとたくさんいるはずです。
そんなフォンみたいな意志を持っていない女性に対して「お金のためにがんばらなきゃ」とか「家族のために耐えなきゃ」とか言って心を支配することは一番やっちゃいけないことだとおもいました。搾取はそこから始まるのですから。
ぜひ、皆さんも見てください!
では、また!
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