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【1話の1】新連載『Magic of Ghost』

第1話 ~救世主~ 

 マジシャン=憧れ。俺にはいつか大きな舞台で『観客を楽しませる』という夢があった。一見普通の男子高校生だが、幽霊が見えて、人の心の中がわかってしまうという特殊な能力を持っている。
 俺がその能力に気がついたのは中学校に入ってからのことだ。以降、その能力のことは伏せて今まで生きていた。マジシャンになりたいという夢、それを妨害せんとする俺の人生、俺は迷っていた。

「よっしゃあっ! 今日マジック番組やるじゃん!」
 俺はテレビ欄を一通りチェックし終わり、嬉しさのあまりローテーブルに新聞を放り投げた。真っ白な日差しが、窓を覆うカーテンレースを容易にすり抜けて俺に降り注いだ。
 俺にとってマジック番組というものは、最大級に胸を踊らせる代物だった。
「…………」
 ダイニングテーブルでは、険しげな顔をした両親が、香ばしい匂いのするトーストや、まだ湯気の立つ目玉焼きを無言で口に運んでいる。
 その中に明らかに気まずそうにしている弟がいた。
 まだ8歳だというのに随分と人に気を遣うようだ。
「ところで俺の朝メシは?」
「…………」
 フォークと白いプレートがぶつかり合う音だけが返事をしてくれた。
「なし……ね。行ってきますっ!」
 どうすればいいのかわからず、俺は意気揚々とあの息苦しい場所を後にする。
 まだ少し冷たい玄関のフローリングを今日も一番に踏み、そっと玄関のドアノブに手をかけた。
 すると、先ほどまで俺が立っていたリビングの方から、両親の声が聞こえてきた。
「やっぱり実の息子じゃないと可愛がれないな。お前もそう思うだろ?」
「そうね。この子と違ってまったく可愛げがないもの」
 両親の会話が聞こえてきた影響か、俺は少しだけドアノブを強く握り締めていた。
 まだ春の残り香のする柔らかな空気を思いきり吸い込んで、俺は学校までの道のりを、この二本の足に託す。

 世間一般でいう『幸せな家庭』とはかけ離れた俺が、まさかこの先に起こるさらなる不運に巻き込まれることになるとは、この時は知る由もなかった。
 俺は桐谷優鬼(きりたにゆうき)という名を持って18年経つが、最後の『鬼』という文字で、昔はだいぶいじめられていた。その前にひっそりとたたずんでいる『優』という文字のことも考慮して欲しいものだ。
 見慣れた通学路を歩き、今日も俺の足は城跡高校(じょうせきこうこう)へと向かう。
 珍しいこともあるもので、この学校はなにかの城の跡地に建てられたらしい。
 
 一緒に住んでいる家族は実の親兄弟ではない。それが理由でか、幼い頃からずっと厄介者にされていた。
 決して家計が苦しいわけではなかったが、小遣いなど当然貰えるはずもない。だから、俺は喫茶店でアルバイトをしていた。そのごく僅かな給料で、自分の昼メシ代は当然、収入の半分を家に入れ続けている。でもまぁ、帰る家があるだけありがたい。
 たまに余裕がある時に、残ったお金で大好きなマジック道具を少しだけ買うのが唯一の楽しみだった。

「(ここでこのカードを1枚多く重ねて……)」 
 俺は新しく発案したマジックをさらに素晴らしいものにするべく、歩きながらトランプを数枚めくっていた。
 その時、俺の後ろから誰かが思いきり空気を吸い込んだ。振り向こうとした時には、そいつの口に取り込んだ空気が、巨大な声となって俺の鼓膜を襲っていた。
「わっ!!」
「……っ! び、びっくりしたな! ……なんだお前かよ。ビビらせんな!」
 俺は一度だけ肩を大きく上下させた。
「びっくりした? だろだろ? 優鬼にはいっつもいっつも驚かされてばっかりだからさ。仕返しだな!」
 そう言ってクラスメートの諸星大助(もろぼしだいすけ)が、今日もまた俺のマジック開発の邪魔をしてくる。一番の親友とはいえ、何度も邪魔をされるとさすがに腹が立つようだ。しかし、そのごく僅かないら立ちを抑え、再び視線をトランプへと向けた。
 二人で数分歩いていると、大助は突然俺の髪の毛を見て、眉間にしわを寄せた。
「お前さぁ、髪の毛伸びたよな。後ろ髪なんか肩まであるじゃん。俺を見ろよ! 男なら短髪だろ!」

「短髪でもお前は髪の毛茶色く染めてんだろ。俺は黒髪だ」
 なにを言い出すかと思えば、「また」髪の毛のことを言い出した。
 大助は俺の髪の毛が伸びると、教員の頭髪チェックにも負けないほど文句をつけてくる。
「なあ、手品の腕は磨いたか? 新しい手品見せてくれよ(絶対! 絶対今度こそタネ暴いてやるぞ! ふへへっ)」
 大助は単純だが素直でいいやつだ。俺が心を読まなくても、こいつの考えることなら大体の人間が手に取るようにわかるだろう。
「お前にはタネなんかわからねぇよ。じゃあな、先行くぞ」
「お、おい! また人の心勝手に読みやがったな! 待ちやがれ変態!」
 『親しき仲にも礼儀あり』という言葉を知らないようだ。
 大助の目では当然追いきれないであろう速さで、俺の怒りが後を追ってきた口うるさい単純猿男を目がけ、拳となって放たれた。
「変態じゃねぇ!」
 軽い疲労感に悩まされながら、俺たちは若葉が芽吹き始めた桜並木の校門をくぐっていく。

 大助と出くわした朝はいつもの通学路が決まって長く感じられた。
 埃っぽく、どこか懐かしい匂いの下駄箱を囲むように、今朝も制服に包まれた生徒たちが溢れている。
 俺たちは履き慣れた上履きで、だらしない音を立てながら教室へ向かった。

「いやぁ、さっきの一撃は効いたよホント。目が覚めたっていうか、朝だしさ。丁度眠いなぁって思ってたんだよな。助かったわ! とりあえずお礼にこれでも喰らえぇえっ!!」
 それと同時に殺気に満ち溢れた蹴りが俺の背中を狙ってくるのがわかった。俺は、そのハエが止まるほど遅い攻撃をかわし、拳を大助の頭目がけて放った。心を落ち着かせるための半ば八つ当たりに近い制裁だ。
「うるせぇな朝からてめぇはよ!」
「ま、まあよっ……サンキュー……」
 今の攻撃で、地面に倒れ込んだ大助は、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「褒めてねぇっ!!」

【1話の2】へつづく……

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