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【4話の2】連載中『Magic of Ghost』

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※この記事は【4話の1】の続きです。


 機内のスピーカーから聞いたことのある声が響いた。
「(ちょっと待ってくれ。サイモンがパイロットなのか? いやまさか、そんなはずはない)」
 最大級の不安が巨大な鉄球となって俺を襲ってきた。このままでは死ぬと思い、とっさに状況を確認するべく、校長の元へ駆け寄ろうとした。しかし誰よりも早くベルトをつけていたため、立ち上がることができない。外すにしても焦った手では時間がかかり過ぎる。俺はその場で校長に言葉を投げる方法をとった。
「校長! サイモンがパイロットなんですか!? 車の運転手でしょ? そんなやつがパイロットで大丈夫なんですかっ!?」
 俺は思いのまま言葉を投げつけた。
「ふふふ。大丈夫ですよ。彼は乗り物というものはほとんど操縦できますから。安心してください」
「……そ、そうですか」
 意外なまでの校長の言葉に若干の安堵をした。意外と技術だけは持っているようだ。少し安心したところで、いよいよ機体が動き出す。
 横には機内から外を眺めるための窓がいくつもあった。倉庫から出て滑走路に向かっているのがよく見える。
 俺は、車と同じようにタイヤで走行している飛行機を見るのは初めてだからか、少し興奮していた。
「ははは! おいクレア見てみろよ! 飛行機なのにタイヤで走ってるぞ!」
「当たり前でしょ。いきなり飛んで行くわけないじゃない」
「いやそうじゃなくてゆっくり進路変更したり……いや、なんでもない」
 よく考えてみれば、クレアはアメリカから日本へ来たのだった。日本に来るのにも当然飛行機で来ている。随分と飛行機に慣れているのにも頷けた。
 そうこうしているうちに機体が滑走路に入り、スタンバイが完了したようだ。
「シッカリツカマッテテクダサイネー!」
 サイモンが言った一言は優しさなのか、それとも俺を馬鹿にしているのかは不明だ。そんなことはわかっていると心の中で呟いた。しかし、どこを掴んでいいのかわからなかったので、目についたものを掴むことにした。自分の制服のズボンだ。自分を掴んでも意味がないということは、この時の俺はわからなかったんだと思う。
 機体が動き出し窓を見ると、徐々にスピードが上がっているのが目に入った。
 外の建物が目で追いきれなくなったと同時に機体が浮き空へと羽ばたく。
 一瞬歯を食い縛り全身が硬直したが、すぐに体の緊張が解けた。思いのほか音もなく、身体の負担もない。こんなものなのかと少し安心した。心のゆとりができたせいか、これなら乗ってもいいと思いつつ、若干の笑みを浮かべる自分がいた。
「さぁもうシートベルトを外してもいいですよ。夕食にしましょう」
「はいっ!」
 俺は無事離陸し、胸をなでおろした。それと同時に、強制的に眠らせていた腹の虫が再び目を覚ました。
 やっとのことで食事にありつけると思い、個別のソファーから、大理石の丸テーブルを囲んでいるソファーへと移動する。
 俺から一人分離れた場所にクレアが座り、突然俺に質問を投げかけた。
「初の離陸体験どうでしたか?」
 笑顔で聞いてきているのはわかった。しかし、俺に向けて差し出している手は一体なんなのか、マイクを持っているインタビュアーの真似でもしているのかもしれない。
「えぇ……まぁ意外と普通でしたね」
 俺は軽くつき合うことにした。どんな質問でも来い、安心した俺は敵なしだと言わんばかりに、俺はソファーの背にもたれかかった。
「パッとしない回答ありがとうございましたぁ」
 俺へと向けていた笑顔がゆっくりと前のテーブルへと向けられたのがわかった。クレアは毎回俺を怒らせたいらしい。クレアといるとどうしても振り回されて調子が出ない。
 真面目だったり、今みたいにふざけていたり、なかなか性格が掴めない。
 そんなことを考えていると、校長が機内食を持ってきてくれた。
「二人ともお待たせしました。まだたくさんあるので、おかわりしてくださいね」
「ありがとうございます!」
 俺は機内食を見て感激した。内装だけではなく、機内食も豪華だからだ。まるで空飛ぶ高級レストランに思えた。
 それに、ほとんど見たことのない食事ばかりだった。
「校長? ……これはなんですか?」
「それはオマール海老と人参のフリカッセで、横にあるのが季節野菜のスープです。メインディッシュでフィレ肉のグリルに、黒トリュフのソースペリグーをお持ちしますので、お腹いっぱいにならないでくださいね」
「ペリ? ……はい。ところで校長は食べないんですか?」
 俺は校長が再び厨房へ戻っていく後ろ姿を呼び止めた。
「私は大丈夫です。ダイエット中ですので」
「はは……そうですか」
 正直なところ、校長がダイエットに励んでいたのには驚いた。
 当然だが、女性というのはいくつ歳をとっても『女』でいたいのだろう。
 そして、今校長が言っていた『お腹いっぱいにならないでくださいね』という心配はまるで必要なかった。俺から校長に聞いておいて、大半がなにを言っているのかわからなかったが、この少な過ぎるほどの食事では、俺の腹の虫は満たされない。
「美味しそぉ!」
 満面の笑みを浮かべたクレアが先に食べようとしている。そこは同時だろうと思いつつ、俺も食べることにした。
「い、いただきます」
 さっそく俺の前に難関が立ちはだかった。まずオマール海老の殻が剥けない。これは飾りかなにかかと思っていたが、横でナイフとフォークを綺麗に扱いながら食べているクレアの姿があった。
 一体どこの大富豪の娘なのか、これほど豪華な料理の食べ方も知っているし、飛行機にも慣れている。当然、俺とは雲泥の差があった。
 俺の生活は、学校帰りに小腹が空いて、移動型の焼き鳥屋に行くというのが普段の俺の日課だ。そこのネギマが最高だったが、あの素晴らしさはクレアにはきっとわからないだろう。
 俺はクレアの食べ方を見ながら慣れないナイフとフォークを使って海老を口にした。
「……うまい! なんだこれ、すげぇ美味いぞ!」
 ねぎまの味もよかったが、初めて食べたオマール海老の味に感動した。
 クレアは当たり前のように海老を口まで運んでいる。ふと海老からクレアの顔にピントが合った時、クレアの表情から徐々に笑顔が消えていくのがわかった。
「……なぁ、美味いか?」
 そんなことを聞きたいわけではない。気がつけば、心とは裏腹に食事のことを聞いていた。
「……美味しいよ!」
 そう言うとクレアは元の笑顔に戻り最後の海老を口にする。
 そして校長がメインディッシュのフィレ肉を出し、コックピットの扉を開け中に入っていった。最後に出された食事を堪能し、少し落ち着ける時間ができた。
 クレアのあのどこか寂しげな表情が気になっていたが、俺は敢えて聞かなかった。

「いやぁ美味かったな! クレアは実家にいる時いつもこんな豪華な飯食ってたのか?」
 俺はなにか話題をと思い、頭の中の数少ない引き出しを手当たり次第開けてみた。
「……なんで?」
 出てきた答えは、またしても直前まで楽しんで食事の話だった。
「だって随分食べ方に慣れてたし。だとしたら羨ましいなぁと思ってさ」
 この場でこの話をしてしまった俺は、相当空気の読めない存在だったかもしれない。
「……まぁねぇ」
 そう言って立ち上がったクレアは俺に背中を向けバーカウンターまで行き、窓側の席に座った。
 大理石のカウンターに片肘を立て、掌に顔を預け窓の外を見ている。
 あたり一面を覆う星空を見ていたのかもしれない。
 俺も後を追うようにカウンターへ向かい、埋め込まれている冷蔵庫を開けた。
 横にはワインセラーがあるが、未成年ということもあり、興味はあったが冷蔵庫の中にあるアイスコーヒーとカフェ・オレを出した。
 ちょっとした食器棚の中からグラスをふたつ取り出し、こちらに見向きもしないでずっと外を眺めているクレアにカフェ・オレを差し出した。
「お待たせいたしました。ご注文のカフェ・オレでございます」
 『これでクレアの表情が笑顔に変わってくれたら』、そう思い少しバーテンダーのような演技をした。
「……頼んでませんけど」
 いつもの馬鹿にした返答を望んでいたが、フェイドアウトするような小さな声で返してきたことに驚いた。
「そんなことわかってるよ。……食後の口直しだ! 飲め!」
 カフェ・オレが口直しにならないことは知っている。とりあえず、目についたものを取っていたため出すしかない。
「……ありがとう」
 二人の間に沈黙が続いた。実際は1~2分ほどだろうが、俺には1時間にも2時間にも感じられた。そして先に口を開いたのは俺の方だった。
 先ほどの会話から察するに、表情を曇らせていたのが家庭事情だということだけは想像がつく。
「……お前も色々大変なんだな。俺もそうだけど……家絡みの悩みは辛れぇなぁ」
 コーヒーを飲みながらグラスを傾けどことなく会話を試みた。
「……あぁ、優鬼も心読めるんだっけ」
 小さな声で返答をし、今までずっと外を見ていたクレアだったが、突然うつむき、大理石のテーブルかカフェ・オレを直視している。
「別に読んだわけじゃねぇよ。いつも読んでるみたいな言い方するな! 今のお前見てたら誰だってわかる」
「……そっか」
 その言葉と同時に一生懸命笑顔を作ろうとしている。俺が家を出る時に一生懸命パズルのピースを探していた時のように。あの時の俺もここまでぎこちない笑顔だったのだろうかと考えながら、再び沈黙が始まった。
「…………」
 俺は沈黙に耐えきれず口を開いた。
「……実はさ」
 俺は他人に一度も言ったことがないことをこれからクレアに言おうとしていた。
「……なに?」
「……俺の両親……さ。…………本当の親じゃないんだ」
「……え?」
 実の両親じゃないことを言うのは初めてだった。正直なところ若干の不安はあったが、クレアの気持ちが不安の原因から少しでも遠ざかればそれでいいと思い話を続けた。
「いつも弟だけクリスマスプレゼントとか貰ってさ、毎年そのプレゼントが俺の目の前を通り過ぎていってたんだよ。結構辛かったな。お前の家庭事情は知らないからあんまりでしゃばったことは言えねぇけどさ、辛い時は泣いたっていいんじゃねぇの?」
「…………バカ」
 テーブル越しに立っていた俺にさえなにを言っているか聞き取れなかった。
 俺はその言葉を聞き返そうとした。
「なんか言ったか?」
「……よしっ! 止め止め! 辛気臭いぞ優鬼っ! 元気出せっ!」
 クレアは俺の背中を叩き、再び満面の笑みを浮かべた。
「いや元気ないのお前の方……」
「お風呂行ってこよぉっと! 絶対覗かないでよね!」
「覗くかボケェ!!」
 いつものクレアに戻った。というより、無理矢理もとに戻したのだろう。その反応に俺もいつもの突っ込みを入れていた。
「……優鬼っ!」
「んだよ!」
 クレアが振り返り俺と目を合わせた。
「……ありがとっ!」
「……ふん」
 そういうとバスルームの扉を開け、中に入っていった。

【4話の3】へつづく……

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