リライト

寝起きの悪い俺は一階から聞こえる母さんの殴る様な声で目を覚ました。
「起きなさーい!遅刻するわよ!」
薄目を開け時計に目をやると、出発時間の10分前。
急いで布団から身を起こし、学ランに袖を通す。
顔を洗って歯を磨くとそのまま玄関までの廊下を走り抜けた。

「いってきます!」

「待ちなさい!ミッチェル!お弁当!」

母さんが廊下の奥からお弁当を両手で抱え走ってきた。
「ありがとう」
俺は玄関を飛び出した。
外気の寒さで耳が痛い。

ん?

俺は走りながらも奇妙な違和感に気づいた。


「ミッチェル?」


お弁当を渡す前、母さんが俺のことをそう呼んでいた様な気がした。
俺の名前はタカシ。
母さんの胎内にいた頃、産まれてくる俺が男の子と判明したときから母さんは俺のことをタカシと名付け、今までそう呼ばれてきた。

気のせいか。

俺はこれ以上この案件を追うのを辞め、学校への道を走った。
息を切らし呼吸を乱しながらなんとか教室のドアを開けると、同時にチャイムが鳴り響いた。
ギリギリで朝のホームルームには間に合った様だ。
椅子に座るなり、隣りの席の山田が俺に嫌味をたらし込んできた。

「ミッチェル、朝弱すぎ。俺みたいに朝の7時から朝練してる身にもなれよ、いいよな文化部の奴は」


ミッチェル


確かに山田は言った。
はっきりと聞いた。
朝の母さんの件はやはり気のせいではなかったのか。
「山田、いま俺のことなんて呼んだ?」

「は?なんだよ急に」

「席につけー」
担任の先生がいつも通り機嫌の悪そうに教室に参上した。
山田との会話の答えは持ち越しだ。
何事もなかったかの様にホームルームが終わると、
そのまま担任の歴史の授業に移行していった。
授業は退屈だ。
走って疲れたせいか強い眠気が襲い掛かってきた。
黒板に書かれた文字の羅列をノートに書き写すのがこれ程までに面倒くさいことなのかと、先生の歴史を語る声がこれ程までに五月蝿いものなのかと、つくづく感じた。
眠さの檻の中で薄れいく意識の破片が、
弁慶は五条大橋で牛若丸と出会ったという情報だけをキャッチして、そこで通信が途絶えた。


「ミッチェル!!!」
先生の怒鳴り声で、切断されていた脳と現世との
回路が電気信号の通信回復の様に繋がった。
「寝るな。まだ一時間目だぞ」
クラスメイトは皆、山田を除き俺を見ては薄っすら笑っていた。
山田だけは腹を抱えて笑っていた様だ。


ミッチェル

寝ぼけていたが言っていたぞ!
先生が怒鳴った相手が本当に俺なら、
ちゃんとはっきり言っていたぞ!
俺はミッチェル?
いいや、タカシだ。
生徒手帳にだってほら。
ミッチェル。
生徒手帳にはにかむ俺の顔写真の横に記載された名前。
ミッチェル。

「先生!」

私はそう言って挙手をした。
自動的反射脳での挙手だった。
「珍しいな、お前が質問なんて。どうした。牛若丸のことか?」

「いや、俺の名前ってミッチェルですか?」

「当たり前だろ!まだ夢うつつか。ミッチェルはミッチェルだろ。しっかりしろ!」

判子を押された。
タカシに二重線を引き、訂正印を押され、
ミッチェルと上書きされた書類が、正式に俺の中の役所に受理された。
そのまま時間は流れ、友達からも、先生からも、
部活の先輩からもミッチェルと呼ばれ続け帰路についた。

ミッチェル?
タカシは?

家に帰ると母さんがいつもよりせかせかと晩御飯の支度をしている。
今日はなんだか豪華な食卓だ。
ちらし寿司に御赤飯、唐揚げに茹でたタラバ蟹。どうしたってこんな豪勢な。

「今日って誰かの誕生日だっけ?」

「なに言ってるのミッチェル。今日はあなたの元服のお祝いよ」

元服?

俺は状況を飲み込めないままでいると、
母さんがテレビのニュースをつけた。


「続いては元服制度についてです。今現在、日本でテスト導入が進んでいるこの制度なのですが、どう思われますか?」

「そうですね。まだテスト段階で被験者の数も少ないですから、このまま継続で様子を伺うといったところでしょうか」

「なるほど、では被験者には一人前の立派な大人になっていただきたい目のです」

テスト導入?
被験者?
一人前?


どうやらこの制度は子供の自立心の向上を理由に、
現世でリメイクされたらしい
だから今日から俺はミッチェル。

ミッチェル、ミッチェル。
なぜ故ミッチェル。
リメイクでミッチェル。
理解が追いつかないまま、私はちらし寿司を頬張った。しっくりこない洋名だけが咀嚼されずに残ったまま。



あ、牛若丸も幼名か

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