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短編:溶けない甘味と始発

タバコがミルクチョコレートみたいに甘ったるかったらよかったのに。

甘い物は好きだけれども永遠に食べ続けることはできない性分の私は、UCCのブラック缶をうるさくゴミ箱に投げた。イライラしている。タバコを止めたばかりの私にとって喫煙できない長時間の寒空は苦痛でしかない。そこまで吸ってたわけじゃない。キャンパス内に喫煙所はないし、近隣の灰皿は大学生を嫌って姿を消した。だから合理的な理由だから。と言い聞かせる私。の背後からささやく低音。

「タバコ吸う女の人、好きだったのにやめちゃうの?」

遅刻癖のあるコーヒーが好きな男だった。桃色の恋愛脳の私は、上がる口角を虚言癖で必死に平行に留置。「かわいい」と言ってくるこの男をどうやって殴ってやろうかとイライラしてきた。そう、もう好きじゃないんだった。

先週、何気なく見えた彼の携帯に女の影が見えた。絶対クロ。もう会ってやらないって決めた。その時の私は彼女への嫉妬よりも、軽い言葉に舞い上がる自分への嫌悪で溺れていた。ダッフィーとか好きそうな茶髪の大量生産型女と一緒なレベルに落ちるのが最大の屈辱。こんな男に時間かけなくても、ほかにもしたいことあるし。そう思って、彼の目線を引き付けていた口紅のついたタバコを切り捨てた。けどちょっと後悔しているのが、私。

人込みの中でもすぐに見つけられる背の高さも、ミケランジェロの彫刻みたいな横顔も、薄手の黒いコートが映える細身のかも素敵で、理想だった。かけてくれる言葉全てが甘くて、一緒に二人でいる時間が仕合せに思えて仕方ない。今日みたいな寒い日には薄手のカシミアを貸してくれる、憧れの男性だった。私には少し甘すぎるくらいの日常を彩ってくれる人。

味蕾が慣れてしまう前に、この薫りに名前を付けてしまいたかった。怒りに勝てない、支配欲に侵された焦りと愛情の噴出、彼が舐めとるような深いキスで胡麻化そうとした午前1:00。延ばされる細い角ばった指を視界の端にとらえながら、「あ、テスト勉強しなきゃ。」と思った。え?まどろんだ理性で自分の思考に疑念を投げた。テストって?

甘いチョコを口に含みながら、徹夜で勉強していた深夜がフラッシュバックした。家族が寝静まった一軒家のリビングで。寒い部屋でこたつだけが生命線の受験生の冬。薄めの冷めきったコーヒーを飲みながら、問題集を解き続けて夜を明かしていた自分が見えた。

こんなろくでもない温度に自己肯定感を預けるくらいなら、寒い部屋で凍えてた方が正解だと誰かに怒られた気がした。意味もなく。深層心理ってやつかもしれない。とりあえず私は

「ごめん、女の子の日だった」

とかいう女子力0の最低な言い訳をして、終電もないのに逃げ出した。彼の最後の表情も見ずに、金を投げてドアを閉じる。冷たい風に吹かれてテンションが上がってきた。私は不意にこみあげてくる笑い声に身を任せながらキャッチのお兄さんを断り、走って町を踊った。梅田のカラオケで丸サを90点とれるまで歌った。ガラガラの声でまだ見ぬピザ屋に思いを馳せて始発に乗る。

シス単を読みながら通学する学生の横に座る、昨日と同じ服を着た私。背徳感も挫折感もなく、車窓の朝を見つめる。横の学生はミンティアを食べて眠気覚ましてるけれど、私の駅はまだ先なのでしばらく寝て居ようかしらと思うのです。カバンの底には溶けたチョコレートが冷え固まっていた。


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