早稲田大学マスコミ研究会〜ぶんげい分科会〜

早稲田大学マスコミ研究会ぶんげい分科会です。ぶんげい分科会では、文芸作品を創作、公開していきます。

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    最近の記事

    小説 『マッチングアプリ ヒャッパー』(作:雅哉)

     おれは今、人生で一番最高な時を過ごしている。大学入学から、苦節三年。やっとおれにも彼女ができたのだ。きっかけは、マッチングアプリを始めたことだった。マッチングアプリ「ヒャッパー」は、「一か月以内にあなたの理想の恋人に一〇〇パーセント出会える」がキャッチコピーで、実際その通りになっていると巷で話題になっている。大学生活も残りわずかとなったおれは恥を忍んでアプリを入手。理想の恋人像に関する質問に答えたのち、一週間後にはアプリが提案してくれた子と初対面。三回目のデートでめでたくお

      • 小説 『思い出の味は』(作:きっこうまん)

         もう20年前にもなる話だ。  俺の実家は中華料理屋だった。薄汚くて、5個しかないテーブルが油ぎって鈍く光っているような、どこにでもある小さい街の中華屋だった。「だった」というのは、再開発が決まって立ち退いたのを機に、親父が店をあっさりと閉めてしまったからだ。それだってきっとどこにでもある、なんでもない話だ。 「立ち退きってこんなに貰えるのな。」 と通帳を満面の笑みで眺める親父の顔が思い出された。その時、親父が店に何の愛着も持っていなかったんだと悟ってから、もう俺は無邪気に笑

        • 小説 『花になった女』(作:いるかペンギン)

           花になりたい。それが彼女の夢だった。  幼い娘が美しい花弁に魅了され、自己を花に投影しているとしたら、それはまだ可愛げな話として理解が追いつく。しかし、来月に30を迎える人間が抱くような夢としては、いささか狂気的であると言っても過言ではない。  何も昔から、将来の夢が花になることだったのではない。ふとした瞬間に、頭の中に赤い花弁が浮かび、それが自分の求めていたものだと知ったのである。その赤い花というのは、まさしく彼岸花であった。なぜ彼岸花なのか。それはきっと、道端に咲いてい

          • 小説 『境』(作:こね)

             腹が減った。  我に返ったのが舞台上だったから最悪だ。慌ててプラスチック製の焼きたてパンを貪り食って取り繕う。舞台でのみ華やかに輝く銀色の食器を握り締め、何もない皿からスープを飲む。ぐうっと喉を動かして、俺はセリフを吐き出した。 「うまい……!」  巨大な黒い観客は音を吸う。密度の高い視線が次の演者へと移動した。硬い食品サンプルに顔を埋めるふりをして、息を吐く。どこもかしこも白飛びするほどの光を浴びて、視線からは逃げられない。薄くクラシックが流れている。何度も繰り返した風景

            小説 『危険な竿先』 

            「こうやって、釣り竿を上下に揺らすと釣れやすいよ。ほら。」  彼は私の釣り竿に手を添えてゆっくりと動かした。強く竿を握りしめている自分の手汗に触れないよう、さりげなく自分の右手を下にずらす。  幸い、彼は何も気づかず竿を動かし続けていた。『ありがとうございます』『不器用ですみません』自分が何か答えるべきだと分かっているのに、どれも不相応な気がして言葉に詰まってしまった。波の音が静寂の時間を引き延ばす。 「あ、まずい。」  やがて彼はパッと私の竿から手を離すと、コンクリートの

            小説 『とりとめのない秋の日の話』

             散歩をしよう、ということになった。ちょうど近くの公園のいちょうが見頃だから、ということで。  適当な服装を、適当な上着で隠して、適当な靴をひっかけて、外に出た。こうやって二人で並んで歩くのも、もう何回目かわからない。  大学3年のゼミで知り合って、ぽつぽつ連絡をとるようになって、二人でご飯に行くようになって、告白されて付き合い始めた。一般的な恋愛だなと思う。  卒業して、社会人として働き始めて1年。同居しようと言い出したのはどちらだったか。お互いの会社の真ん中のあたりのアパ

            小説 『エゴイスティック』

            「好きよ」 ――どうして? 「どうしても」  彼女は僕に言い放つ。いつだって、どこまでも透き通ったことば。それが僕は怖かった。  いやだ。  その純粋が僕を貫くの。  いやだ。  彼女は僕の肩を後ろから抱き寄せるのが好きだった。すこやかにのびやかな腕は、僕のすべてを許しているみたいだった。でも、許されたい訳じゃないの。 「好きよ」 どうして彼女は、そんなことばをくれるのだろう。 「おまえがあたしを嫌いでも、好きよ」  そのことばと同じくらい透明な涙が頬を伝ったとき、僕ははじめ

            小説 『兄の記憶』(作:こね)

             珍しく一回だけチャイムが鳴ったので、マスキングテープを剥がしてドアスコープを覗いた。記憶より痩せた兄が立っていた。肩の力が抜け、次いで驚きがやってくる。ドアチェーンをかけたまま、薄くドアを開けた。 「兄ぃ?」 「……手塚、真緒さんですか?」 「え、はい。どうしたの急に」 「えっと……」  ぎゅうと眉根を寄せて、よそよそしく兄は俯いた。困り果てた兄の顔は初めて見る。見慣れたシャツとジーンズも怯えたように私から目を逸らしていた。パクパク口を開け閉めする兄に焦れてきて、右足の先で

            小説 『ボーダレス妄想パラダイス』(作:雅哉)

             立花りりあ部長は僕のあこがれの人だ。30歳の若さで部長に昇進した凄腕営業マン。スタイルも抜群でおまけに美人。現在32歳独身。ちなみに未婚。彼女を妬む女性社員たちは「裏で男をとっかえひっかえしている」なんて、醜い発言をしていた。所詮この程度の発言しかできない女はいくら化粧で外見を繕ったって、所詮りりあ部長には遠く及ばない醜悪な存在なのだ。僕はりりあ部長を敬愛している。しかし――、 「ちょっと、大山。何この資料。全然だめ。数字も違えば要領も得ない。やり直し。」 「はい……すみま

            小説 『天の声』(作:むしぱん)

             私の声が、聴こえる?  ……そうか、やっと。今までもずっと話しかけていたというのに、君からは何の反応もなかった。  何? 声が聞こえてもなお私が誰か分からない? 冗談はやめなさい。私だよ、わたし。からかっているのか? ああもう、やっと言葉が通じたのだから、こんな悠長なことをしている場合ではないのに。  ……まさか。本当に覚えていない?     ……私が誰なのかも?  ……君が今、何のために生きているのかも? そんなことはあってはならない。これじゃ何のために私は__

            小説 『選択』(作:いるかペンギン)

                         1  2018年 冬  あの冬の始まりからもう10年が経とうとしていることを、僕は信じられずにいる。空気の澄んだ12月の景色は相変わらず鮮明だったが、頭の中に思い浮かべる彼女の笑顔は霞がかかったようにぼやけていた。濃霧の中、彼女がこちらに手を振っている。でも、表情を見分けることはできない。  彼女の推し、好きだった音楽、半月をかけて読んでいた分厚い小説の題名。今となっては、その全てを思い出すことができない。どんなに記憶の引き出しを開けたところで、な

            小説 『天津飯の魔法』

            「オレはこの天津飯に全てを賭けている。この天津飯が最優秀賞に選ばれたら……オレとの約束、覚えているよな?」 「うん。雄也君と中国に行って、天津飯のお店を開く。そして……雄也君と結婚するの」  エリカはそう言って、オレを抱き寄せ唇を重ねてきた。長い黒髪から、甘い香りが鼻を掠め、オレはエリカで満たされた。 「おい、そういうのは最優秀賞が決まってからするもんだろ、普通」 「いいの。雄也君が勝つに決まってるんだから」 「……たく。しょうがねえな。お返しだ」  今度は俺がエリカを抱き寄

            小説 『予感』(作:むしぱん)

             セキュリティなんて、くそくらえ。  僕は上着を、あたかも手から滑り落ちたかのように手をばたつかせながら平置きの本の山の上に落とす。拾おうと、上着をすくうように取ったついでに手に当たった本を上着の下で掴む。そのまま腕を引き上げ、予め口を開けていたトートバッグに詰め込む。バッグを肩にかけ直して、何食わぬ顔で陳列されているラノベの表紙を眺めながら歩く。そのまま本屋の中をぐるりと一周してから外に出る。最初の曲がり角を曲がったところで、無意識に止めていた呼吸を再開する。左手薬指の爪を

            小説 『ペア・ペアウォッチ』(作:いるかペンギン)

             あと2週間で、彼と付き合ってから3年になる。記念日とやらはもう2回迎えていて、その度に少し良いレストランに行って食事をしたり、お互いにプレゼントを交換しあったりしていた。 1回目の記念日には、彼の好きなイタリアンのお店に行って、美味しいアンチョビのピザとボルドーの赤ワインをボトルで楽しんだ。 そして、私はシンプルな青のネクタイピンをプレゼントし、彼は雫型の青いピアスをプレゼントしてくれた。ちょうど、私があげたネクタイピンのブルーと、彼がくれたピアスのブルーが全く同じ色彩で、

            小説 『恋のキューピッド』(作:むしぱん)

             僕は恋のキューピッド見習い、アイメル。  一人前の恋のキューピッドになるために、人間界で修行をしているところなんだ。 「おい! アイメル。次はあのショッピングセンターだ、ついてこい!」 「はい、サー!」 僕のお師匠様、アドルは凄腕の恋のキューピッドで、SNSでも超話題の人気者! 人間界にまで名が知れ渡るなんてそう簡単じゃないんだ、かっこいいなあ。 「1階のカフェに高校生と思われる集団がいる」 「見えました、男3人、女3人ですね」 「どうやら、このうち手前の男女4

            小説 『夢に遊ぶ者』 

            「夢に遊ぶ者」  週に1度、私は実世界から遊離する。  日曜日の夜11時。防寒の為にウィンドブレーカーを羽織って、玄関のドア横に立てかけてある釣竿を手に家を出る。あいにく雲に隠れているようで。先週は雲なんて無くて、綺麗な月と星が見えたというのに。  頼る光は家の前の街頭1つ。街灯の、首を曲げた電球部分が真下を照らすが、はっきり見える地面は精々直径1メートルほど。とは言え外出するたび必ず通る道なのだから、足元なんて見えなくても難なく歩き出せる。そう分かっていても、もし街灯の