小説 『とりとめのない秋の日の話』

 散歩をしよう、ということになった。ちょうど近くの公園のいちょうが見頃だから、ということで。
 適当な服装を、適当な上着で隠して、適当な靴をひっかけて、外に出た。こうやって二人で並んで歩くのも、もう何回目かわからない。
 大学3年のゼミで知り合って、ぽつぽつ連絡をとるようになって、二人でご飯に行くようになって、告白されて付き合い始めた。一般的な恋愛だなと思う。
 卒業して、社会人として働き始めて1年。同居しようと言い出したのはどちらだったか。お互いの会社の真ん中のあたりのアパートを借りて、慎ましく二人暮らしを始めたのが、一年前のこと。
 休みが合うと、ふらっと出かけたりする。今日は二人して疲れていたので、ずっと家でだらだらしていたけれど、このままじゃ不健康だよね、だったか、せっかくの休みだし、だったか、ともかく散歩に行こうということになった。
 目的の近所の公園につく。いちょうはなかなか見事だった。日当たりが良いのが功をなしたのか、てっぺんから下の方まで、こんがりとした黄色に染まっている。
 いちょうの間をしばらく歩いて、途中の白茶けたベンチに座った。とりとめもない会話をして、日差しに透けるいちょうの葉をぼんやり眺める。もう立ちたくないな、と日に照らされて柔らかくなった頭で考えていると、隣で途端にしゃがみこんで、がさごそ地面を弄り始めた。何してるの?と聞くと、答えになっていない適当な返事が返ってくる。どうやら、きれいないちょうの落葉を拾い集めているようだった。子どもか。
 なんでこの人だったんだろうな、とふと思う。顔が好みだったわけでもなければ、何か特別な才能とか、お金とかをもっていたわけでもない。運命を感じたことなんて、それこそ、ない。
 風にさらわれてきたいちょうの葉が一枚、膝の上に乗った。なかなかきれいだったので、はいと、差し出すと、感嘆の声を上げて受け取ってくれた。できたよ、と言われて手元をみれば、そこにあったのは、いちょうの花束。葉っぱの一枚一枚が花びらみたいに重なっていて案外にきれいだ。悪くない。
 愉快そうに目を輝かせて、どう?悪くなくない?と聞いてくる様子がほんとうに子どもみたいで、そんなつもりはなかったのに、自然と笑い声がもれた。
 ほら、写真撮ってあげるから持って、と押し付けられた花束を両手で持つ。本当にきれいないちょうの葉ばかり集められているのが分かる。やっぱりこの人は几帳面だ。
 ぱしゃり、と一枚だけ撮って、そろそろ行く?と差し出された手を取る。手を引かれながら、考える。たぶん、あなたじゃなくてはいけないってことはなかった。

 急に思い立って、手を引かれた勢いそのまま、抱きつく。
うわ、と驚く様子が予想通りで、また笑ってしまった。

 あなたじゃなくてはいけないってことはなかった。
でも、もうあなたじゃなきゃだめなのだ。