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サッカー中村憲剛選手の引退の準備とリーグ優勝について

さて、本日は”今シーズンをもって引退する、元サッカー日本代表の中村憲剛選手”を取り上げます。今年40歳のJリーガーで川崎フロンターレで活躍して、ミスターフロンターレと呼ばれています。

また、今週の月曜日の等々力競技場で行われた引退セレモニーが印象に残ったリスナーのみなさんも多いのではないでしょうか。

2時間半に渡る引退セレモニーでは多くのサッカー選手が集まり、それぞれが「憲剛愛」を語っていました。

このnoteはVoicyの過去の放送を文字に起こしたものです。

中村憲剛選手は5年前から引退を考えていた?

実は、中村憲剛選手、先月の引退会見でも言っていたのですが、「実は5年前の35歳の時に、40歳になったら現役を引退すると心に決めていた」ようです。

そして、この5年間、川崎フロンターレは、
”あと一歩のところで優勝をのがしてしまうシルバーコレクターの汚名”を返上し、毎年のようにJリーグやカップ戦のタイトルを獲得する真に強い常勝軍団に成長しました。

今日は、中村憲剛選手の経歴を中心に、なぜこの5年間でチームが常勝軍団にまで上り詰めたのかについて、その関連性について考えていきたいと思います。

中村憲剛選手のサッカー漫画のような劇的なキャリア

まず、中村憲剛選手についてです。
1980年生まれの40歳。2003年にテスト生として川崎フロンターレに入団してから、チャンスを掴んでいき、レギュラーに定着。

ポジションはミッドフィルダーでボランチ、司令塔を務めることが多いです。ミスターフロンターレと呼ばれ、日本代表でも活躍。

誰とプレイしたいか、誰を指揮したいかを言われたら、中村憲剛選手を上げる選手や監督も結構多く、サッカーIQが非常高い選手と言えます。

色々なチームからの勧誘、海外からのオファーもありましたが、フロンターレ一筋を貫き通しました。

ただ、冒頭述べたように、川崎フロンターレは2016年まで、”リーグやカップ戦での優勝にあと一歩届かない、シルバーコレクター”と呼ばれました。

・2006年に日本代表に初選出されたシーズンでは、リーグ戦で2位。
そこから10年間、あと一歩のところで優勝には届きません。
・2007年、ナビスコカップで準優勝、2008年、2009年とリーグ2位、2016年にはリーグMVPに輝くも、タイトルに一歩届かず、天皇杯で準優勝

この殻を破ったのは翌シーズンから
・2017年には悲願のJリーグ優勝
・2018年には、Jリーグを2連覇
・2019年は、リーグ戦のタイトルは逃しますが、リーグカップ初優勝

そして、今シーズンはJリーグ最短記録での優勝にフロンターレは輝きます。

しかし、中村憲剛選手ですが、2019年の11月に左膝前十字靭帯損傷、左膝外側半月板損傷、全治7ヶ月の大怪我で、初めての長期間の離脱を強いられました。

2020年シーズンは怪我からのスタートとなりました。
また、リハビリ期間中は、”新型コロナウィルスによって緊急事態宣言で外出も禁じられ、リハビリコーチに会えない、それでもリハビリをしないといけない試練”がありました。

そんなかでも気持ちを切らさずに、リハビリコーチとLINEや動画などを活用しながら、頻繁にコミュニケーションをとりました。

復帰までの道のりを、DAZNの密着ドキュメントで取り上げられていましが、制作チームは、どこまでも前向きで周りへの配慮がすばらしいと称賛していました。

まず一番感じたのは、とにかくポジティブ、そして周囲への配慮を一番に大切にする人だということですね。
当初はネガティブになる姿も想定していたんですが、怪我の直後から『自分より家族がショックを受けていて、心配させないように、いつも以上に明るく振る舞った』とか、『いろいろな経験をさせてもらってきたけど、大怪我のリハビリだけはしたことがなかった。これで怪我をした選手の気持ちが分かる』
と長期のリハビリ自体に意味を見出そうとしたり、実際のインタビュー時は全般的にすごく前向きでした。

そして、こんなコトバも残しています。

「試合に戻るという前例のないものに対するモチベーションが高くなった」

そして、8月の復帰戦で、ゴールを飾ります。ここからはNHKニュース記事の抜粋です。

2020年8月、およそ10か月ぶりにホーム、等々力競技場のピッチに戻った中村は、復帰戦でゴールを決めた。さらに40歳の誕生日を迎えた10月31日にも等々力で先発出場。いったん同点に追いつかれた後に決勝ゴールを決め、チームを12連勝に導いた。
引退の会見でインタビュアーを務めたフロンターレの先輩、中西哲生氏が鬼木監督から「引退を考え直すよう説得してくれ」と頼まれたことを伝えると、中村は自身の引き際についてほおを緩ませて(ゆるませて)こう言った。
オニさん(鬼木監督)のコメントが俺にとってはいちばんの賛辞。
この年齢でこれだけ乞われる、求められる選手のまま、引退したいというのが自分の中であった


40歳のシーズンで引退をすると決めた、5年前から、
・チームは、優勝、2連覇を飾り、真の強豪、常勝軍団にまで成長
・個人でも、2016年にMVP、最後になった今シーズンは怪我で離脱、克服、復帰戦でゴール、最速記録でリーグ戦の優勝
・その優勝の立役者になりました。

この、引退までの経歴を見て、ホントに”サッカー漫画の主人公のような話”かなと思いました。

次のチャプターでは、引退までの5シーズンを中心に更に掘り下げていきます。

中村憲剛選手の原動力は悔しさか?

さて、このチャプターでは
・あと一歩のところ優勝を逃していた川崎フロンターレの優勝までの道のり
・常勝軍団に上り詰めた要因

について中村憲剛選手の言動を中心に掘り下げていきたいと思います。

まず、2017年のカップ戦の決勝で敗れたあと、責任を背負い込んでしまいました。
こちらは、”Numberwebの【引退】中村憲剛が「タイトルを獲れない最大の原因は自分」と悩んだ日 悔しさこそ原動力だった”記事の抜粋です。

記者と中村憲剛選手のやり取りです。

この決勝後、少し日数を置いてから中村憲剛と話す機会があった。

ピッチ上で起きていた因果関係に関する意見を交わした後、彼は同僚たちの「中村憲剛のためにタイトルを獲りたい」という思いが強すぎることが、かえってチームの負担になっているんじゃないか。そんな胸の内を漏らしていた。

つまり、「タイトルを獲れない最大の原因は自分にある」と、自身に問題の矢印を向けていたのである。
思い当たる節がなかったわけではない。

無名だった大卒新人から日本代表選手に成長し、「ミスターフロンターレ」と呼ばれるまでになった男は、いつしか多くのものを背負ってピッチに立つようになっていたからだ。だが、当時の中村憲剛の姿を見ていると、そうした結果と責任を1人で背負い過ぎているようにも見えた。

もちろん、それは彼がクラブの象徴であるがゆえの苦しみでもある。

でもだからこそ、自分を責めるのではなく、それを乗り越えてタイトルを掴んで欲しいと思った。まだ栄冠を掴んでいないかもしれないけれど、誰よりも特別な思いを背負って、そこから逃げずに這い上がり続けてきたのが中村憲剛だったからだ。それを乗り越える姿も含めて、サポーターは見続けていきたいのだと、本人にも伝えた。

このように、
・中村憲剛選手は育ててもらったフロンターレへ恩を返したい
・周りの期待に応えていきたいという思いが誰よりも強い
・自分が引っ張っていかないとという思い

がベースにありました。

チームも憲剛選手もこの壁を乗り越えて、このわずか1ヶ月後に、悲願のリーグ優勝を飾りました。

優勝が決まった瞬間、中村憲剛は嬉し泣きの表情を浮かべ、等々力のピッチにうずくまっていた。クラブシーンの中で永遠に語り継がれるであろう光景だ。

そして、優勝後、これまで背負っていた重しが外れ
「自分は相当軽いです。羽が生えてます(笑)」と言っていました。

ちょっと順番は前後して私の推測も入りますがが、
変わるきっかけは、35歳に決めた、40歳で引退をするということなのかなと。

「ひょっとすると引退するまで優勝を味わえないんじゃないか」と危機感が頭をよぎる。”そこからの引退に備えての動き、その実践”が、殻を破るきっかけになり、川崎フロンターレをさらなる高みに引き上げたんだと思います。

次のチャプターでは、何を実践したのかその象徴的な出来事について触れていきます。

引退を5年前に決断してからの動き キャプテンを譲ることや後継者を見つける行動

さて、本チャプターでは、35才の時に決断した、40才で引退をすること、そこからどのようなことを実践したか、その象徴的な出来事に触れていきます。

象徴的な出来事は大きく2つ有るなと思いました。
・1つ目は初優勝のシーズンの2017年にキャプテンの座を小林悠選手に譲ったこと
・2つ目は大島僚太という後継者の存在
かなと。

ここからはスポルティーバの記事を中心に考えていきます。

1. まずキャプテンをゆずったことについて

中村から受け継ぐ形でキャプテンに就任した小林は当初、キャプテンとエースの立場に揺れ動いていたが、「得点を獲ることでチームを牽引しよう」と吹っ切ってからはゴールを量産。試合を戦いながら成長していくさまが手に取るようにわかり、取材しているこちらも熱がこもった。

また、チーム最年長になっていた中村も、キャプテンという重しを外したこと、また周囲の頼もしさが増したことで、再び自分のプレーにフォーカスできるようになり、その輝きを強めていったように思う。

このようにキャプテンを外れたことで、
・他メンバーにも自覚が芽生える
・チームメンバーも成長する
・中村憲剛選手も重しが外れて自分のプレイに集中
できていきました。


2. 続いて、後継者の大島僚太選手
2011年に川崎フロンターレに入団、ミッドフィルダーでパートナーを組むことが多く、中村憲剛選手の後継者と呼ばれるまで成長しました。

川崎フロンターレの中村憲剛がボランチとしてのプレーを確立させたタイミングで、出会ったのが大島僚太だった。プロとしては華奢だった中村は、だからこそ、体格的に恵まれてはいない大島に若き日の自分を重ね、持てるものすべてを伝えた。

そして、2020年シーズン、勝つか引き分けかで最速優勝記録が決まる2位のガンバ大阪との大一番で、大島選手は中心選手として勝利の立役者になりました。

そして、試合終盤に象徴的なシーンがあった。こちらもスポルティーバの記事の抜粋です。

大島に代わって中村憲剛がピッチに立つと、大島は自らのキャプテンマークを外し、ぎこちない手つきで中村の左腕に巻いた。
「僚太が入ってきた頃のことを思い出した。成長していく姿を見てきたので、あの場面はちょっと感動しましたね。育て方が間違ってなかったなと(笑)。もともと優しい子で、選手としてもすばらしいし、彼がいるからこそ、ここ5年くらい僕も輝くことができた。そういう意味でも感謝しています」

今季かぎりで引退する中村は、その場面を感傷的に振り返った。おそらく中村にとって、大島は自身の後継者であり、18年間在籍した心のクラブを託すことのできる存在として認めているのだろう。

「心置きなく、先に進める」

そして、この象徴的な出来事がありながら、中村憲剛選手も謙虚な姿勢を見失わなかったことがベースにあります。

このように、
・キャプテンを他のチームメンバーに譲ることで、他のメンバーの成長につながる
・自分も謙虚な姿勢を失わず且つ
・フロンターレへの優勝を必ずしたいという思い

これが、あと一歩のところで叶えられなかった優勝に手が届いたんだなと思いました。

そのきっかけは、私の主観も入りますが、
・あと5年で引退をする、そのためにできることとは?
・自分がいなくてもチームが循環するように、チームメイトに任せる準備をしよう
・強いフロンターレを継承しないといけないという引退に向けての準備と行動が結果につながった要因だろうなと思いました。

次のチャプターでは、仕事や日常生活に活かせるTipsについて考えていきます。

責任を背負わずに人に託すことの大切さ

さて、ここからはTipsについてです。

今回は、35歳の時に「40歳になるシーズンで引退をする」ということを決めてからの中村憲剛選手の歩み、川崎フロンターレがそこから優勝して常勝軍団になっていく過程や要因について、考えた回です。

一部、私の独自の解釈や主観が入りましたが、あらかじめご了承ください。

それではTipsを発表します。
今回は「責任を背負いすぎない。人に任せてみよう」にしようと思います。

今回調べてみると、謙虚でひたむきに努力をして自己研鑽をしてきたから、中村憲剛選手はMr.フロンターレと呼ばれる選手にまでなり、サポーターからも愛されたんだろうなと思います。

それはプラスに働くこともありますが、チームメンバーからも頼りにされて、必要以上に自分を追い込み、自分がなんとかしないといけないという風に責任を背負い込み過ぎてしまいました。

最終的には、強いフロンターレを継承したいということで、後継者を見つけたり、活躍できるうちにキャプテンを譲り、そのことで、真に強いチームに成長します。

今回まとめてみて、我々ビジネスパーソンにも当てはまるのかなと思いました。ですので、仕事に置き換えてみると、こんな考えをしてみても良いかも知れません。


・どんどん後輩に仕事を任せる、後輩に仕事を奪ってもらおう。
私の主な仕事はディレクションですが、後輩にも並走してもらうこともあります。後輩には、初めてのパターンの案件では、サブとして業務を手伝ってもらうこともあります。
後輩がある程度慣れていくと主担当をスイッチさせて、ある程度仕事を任せるなどの試みをここ最近しています。

そうすることで、自分は他の重要な業務にとりかかれますし、後輩のスキルアップにも繋がります。
一人で背負い込まず、任せることでチームが円滑に回っていけば良いのかなとと思いました。


・もう一つが、真面目な方でよくあるのが、転職してステップアップしたいけど、自分がいなくなると会社はどうなるんだろうと思い、転職を諦めるケースです。
ただ、会社はたとえ、一人、二人やめたところで、なんとかなります。

であれば、ステップアップのための前向きに思える転職は、どんどんしていくべきかなと思いました。

以上が今回のTipsでした。

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