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【so.】三条 宗雄[5時間目]

「いまからホームルームを始める」

 ちらりと青江を見ると青白い顔をしているものの、きちんと座っている。泣いていたようで、ハンカチで目を押さえる仕草を時折見せるものの、怪我をしたとかそういった心配はなさそうでひとまず安心した。

「せんせー昼ご飯は?」

 新藤が予想通りに昼飯のことを聞いてくる。騒ぎよりも己の腹具合の方が気がかりらしい。

「このあと5時間目をその時間にする」

「ハセベのおばちゃんが帰っちゃうよ!」

「ハセベさんにはさっき5時間目が終わるまで待っていてくれるよう頼んでおいたから安心しろ」

「マジか~。じゃあ5分でおわろ!」

「そうはいかない。君たちに聞きたいことがあるからだ」

 本心から言えば、5分どころか3分でもいいくらいだが、そういうわけにもいかない。すると、何かと茶々を入れたがる和泉が口を開いた。

「こないだ面談やったじゃないっすかー」

「年末の件はもういいんだ」

 の件はもう済んだことだ。不幸な事故だった。それでいいじゃないか。

「いいってどういうことですか」

 埋田が反抗的な態度で言ってくる。

「…えっとな、さっき人体模型が落ちてきたな」

「山浦が犯人ー?」

 和泉は興味なさそうに口を挟む。興味がないなら口を閉じておけ。

「…まだ分からない」

「三条先生、でも、山浦さんだけいません」

 堀川も口を挟む。俺は「そうか」としか言うことができない。

「山浦さん、面談のあと、怒って帰ってきましたけど」

 埋田はあくまで山浦の味方か。だが俺がこのホームルームの議題にしたいものは、山浦のことではない。

「えっとな、山浦の件はあとで説明するから、まず俺の話を聞いてくれ。君たちの中で、裏サイトってものを知ってるのは何人くらいいる?」

 新藤が興味なさそうにそれは何かと尋ねる。

「匿名で誰でも書き込めるネットの掲示板のことなんだが、このクラスの掲示板もあってだな」

 そこまで口にしたところで、か弱い声が話を遮った。

「先生」

 細田だった。

「なんだ」

「もう、郷さんのことがあって、さっきの人体模型落とすような酷いことがあって、これ以上、刺激の強いこと、やめてください…」

「いや、なんというか」

 さすがに口籠もってしまう。今から裏サイトの話をするにあたり、気分を害する生徒がでるかもしれない。

「先生、先生、ほんと、ワタシ、つらい…。さっきから気持ち悪くて吐きそうなんです」

 そう言うと細田は軽くえづいた。

「大丈夫か。ちょっと隣の席だから悪いけど、伊村な、細田を保健室まで連れて行ってくれないか」

「…わかりました」

 伊村は感情のないみたいに答えると、細田の腕を自分の肩へ回して、ふたりで教室を出て行った。

「他の者も気分が悪くなったりしたら、遠慮せず言うように。それで…どこまで話をしたか…」

 補足しろと念じながら言うと、思った通り委員長の堀川が言った。

「このクラスの裏サイトについてです」

「そうだ。えー、実は先生は前から裏サイトの存在を知っていたんだけれど、取り立てて問題視はしていなかった。でもな、今日の書き込みの中に、看過できないような物があったんだ」

「カンカってなんですか?」

 岡崎が問う。ロクに本も読まないから、看過という言葉すら知らないんだ、バカめ。

「殺害予告じみたものがあったんだ」

 少し抽象度を下げてやると、青江が小さく悲鳴を上げた。

「いいか、ちょっと気分を悪くする者もいるかもしれないけれど、読み上げるぞ。…やってやるやってやるやってやるよ見とけよ。この書き込みが午前中の最後の書き込みだ。そして人体模型が落ちた」

「じゃあ山浦が書き込んだんだ!」

 また和泉が茶々を入れる。俺もそんな気がするが、断定するわけにはいかない。

「…あくまで可能性が高い、推測の話だ」

「推測で犯人扱いするんですか」

 埋田は山浦犯人説がお気に召さないらしい。

「決まりじゃん」

 和泉がまた茶々を入れる。俺も正直そう思うが、同調するわけにはいかない。

「大事なのはな、この後なんだ」

 スマホを片手に福岡が尋ねる。

「先生ソレどうやって見んの?」

「わざわざ見なくてもいいぞ。今から読み上げる。…えーと、田口、お前の名前が出てくるからな」

「は? ワタシ?」

 急に名前を挙げられ驚いた様子の田口だが、それに構わず話し続けた。

「えー、行くぞ。…田口もたまにはいいこと言うわ。ホント死ねば良かったのに」

「何だよそれ! ふざけんな! 誰だよ!」

 大声を上げ、田口は周囲を睨みつけた。

「落ち着いてくれ。次にもうひとつ書き込みがあって終わってるんだが…読むぞ。…それじゃあまずあんたから殺してやるよ。特定したぞ」

 青江が叫び声を上げた。

「せんせーもうやめよう。怖いよ」

 野田が不安そうに言う。

「書き込みはここまでだ。俺だって全員を集めてこんなの読みたくなかったけどな、殺害予告があったらもう事件になるんだ」

「じゃあ、今から犯人捜しをするんですか?」

 堀川がサラリと言う。

「別に魔女狩りをするんじゃないんだ。ただ、起こるかもしれない事件を阻止したいだけなんだ。だからみんなには衝撃的だったかもしれないが、明らかにした。それで聞きたいんだが、この書き込みに心当たりはないか?」

 そう問いかけたが、教室は静まり返っている。

「まあ、自分が書き込んだとは名乗り出たりしないよな。じゃあ、その一つ前の書き込みのことが分かる者は?」

 今度はそう問いかけたところ、田口が口を開いた。

「ジョーさー、すっげ気分悪いんだけど」

「保健室行くか?」

「そういうのじゃねーんだよ!」

「この発言に心当たりは?」

 田口は答えない。すると、神保が代わりに言った。

「ヨシミちゃんごめん。先生、これは、さっきの体育館からの帰りの廊下での発言です」

「ついさっきじゃないか。何があったんだ」

「もういいって!」

 怒鳴る田口に構わず、福岡が説明をしてくれた。

「山浦だけがいなかったから、人体模型を落としたのが山浦じゃね?って話になったら、ヨシミが言ったんす。ホントに死ねば良かったって」

 田口なら言いそうだなと思った。そして、もうこれ以上騒ぎなんて起こしてくれるなとも思った。

「そしたら埋田さんが来て、ヨシミにビンタして」

「本当か埋田」

 思わず埋田に尋ねた。

「言いたくありません」

「しただろうがよ!」

 田口がまた大声を出し、誰も口を開くことができない。俺は話を元に戻そうと思って、咳払いをした。

「それでだな」

「ねえ先生、この書き込みした人は、あの場で、会話が聞こえる位置にいた人ですよね。私は離れたところ歩いていたから、埋田さんの言ったことしか聞こえなかったです」

 橋本が鋭い指摘をした。

「じゃあ、その時、田口の周りに誰がいたか、誰か覚えてるか?」

 そう皆に尋ねると、判明したのは福岡、津田大和、神保、細田、中島、新藤。

「他にこの会話を聞いてたっていう者は?」

 そう言うと、無言で埋田だけが手を上げた。この中で、狙われている者を探さなければいけない。

「せんせーさー、最後の書き込みしたやつを特定しないといけないんじゃないの?」

 和泉が頭の悪い疑問を放り込む。

「それが難しいから、狙われそうな方を特定した方が防げるってことじゃない?」

 橋本が代わりに答えてくれた。

「ああ、そうだ。だから今、田口の発言を聞いていた者を探してるんだ」

 そう言うとまたザワザワと口を開くからうるさくてたまらない。

「好き勝手に発言するなー。いまこうやって全員集めているからそんなことはさせない」

「山浦が殺しに来るんでしょー?」

「黙れ!」

 いい加減に和泉の茶々にムカついていた所だったので、思わず怒鳴ってしまった。青江がすすり泣いている。

「…悪い。ちょっと先生も初めての事態で焦ってる」

 本音がこぼれた。3月までを何事もなく乗り切れば、この面倒なクラスから解き放たれていたはずだったんだ。

「三条先生。この、殺害予告をした人物は、郷さんも殺したって事は考えられないんですか?」

 堀川がまた話を面倒くさくなりそうなことを言い出す。

「郷は自殺なんだ」

「何故そう言い切れるんですか?」

 堀川は食い下がる。郷の件は事故として終わらせるんだ。

「理由がない」

「理由なら、終業式の前の日に、郷さんのヘアピンがなくなる騒ぎがあったじゃないですか」

 反抗的だった埋田がついに問題を蒸し返した。

「何それ。そんな話、初めて聞いた」

「えっ、ヘアピンって…何? どゆこと?」

 堀川と岡崎が次々に声を発した。しばしの沈黙が流れ、大和がゆっくりと話しだした。

「終業式の前の日のね、4時間目の体育の後、サトミちゃんがね、ヘアピンがなくなったってパニックになったの」

「初めて聞いたんだけど。えっ、みんな知ってたん!?」

 岡崎は驚いてあたりを見回す。

「私も知らなかった」

 仲の良いらしい月山が反応した。

「その時教室に残ってた者だけが知っていることだ」

 仕方なく俺は大和の発言を追認した。

「ちょっとワタシも知らないんだけど!」

 田口がまた大声を上げる。もう少し感情を抑えられないのか。

「あのね、サトミちゃんが、あの日休んでたヨシミちゃんには黙っててって、何回も言うから、みんな言えなかったんだよ」

 大和が、事件に立ち会った者だけが知っていた事実を明らかにした。

「じゃあ、郷さんそれが理由で自殺したわけ!? 盗まれたってこと?」

 当然こういう岡崎みたいな反応になる。窃盗からの自殺なんて、いじめがありましたというような物で、その理由付けを受け入れるわけにはいかない。

「落ち着けって。みんなも知ってるように、次の日の朝に大和が、郷を発見して俺に知らせてくれた。それで警察を呼んで遺体を調べたら、制服のポケットにヘアピンが入っていたのが分かったんだ。それは葬式の時に、田口にも確認してもらったよな?」

 そう田口に確認すると、ぼそりとなにか口走った。

「え。っていうことは、盗まれてなかったってことですか?」

 野田が尋ねる。

「だからな、みんなに面談で話を聞いたけれど、いじめがあったわけじゃない。郷の遺書が残っているわけでもないから理由は分からないけれど、ヘアピンを盗まれたのが理由じゃないってことは、確かだ。ご家庭の事情のことまでは踏み込めないけれど、それが理由なんじゃないのか」

 郷の家庭事情まではよく知らない。嫌々ながら電話をかけても、いつも誰も出ないというのもある。

「せんせーこのホームルームいつ終わる? もう腹がぺっこぺこなんだけど!」

 数々の騒ぎよりも目の前の空腹が大事らしい新藤がバカみたいな声で言う。

「もうちょっと我慢しろ。まだ5時間目の最初だろ」

「もーむりー」

「みんな協力してくれ。そしたら早く終われる。他に何か、思い当たることはないか?」

「サトミのこと?」

 福岡が話を戻そうとする。郷のことはもうやめろ。

「いや、書き込みのことだ」

「先生。あの」

 津田が何か思い当たることがあるみたいで声を出した。

「なんだ、津田?」

「さっき、体育館の裏で、猫が死んでて…」

 猫? いったい何の話だ。

「それ何の関係があんだよ」

 和泉も不服そうなツッコミを入れる。

「あたしも一緒だったけど、猫が殺されてたっぽい」

 福岡まで津田に加わる。猫が殺されていただと。

「どうして分かるの?」

 堀川が俺に代わりに尋ねてくれた。

「誰かが猫を拾ってきて、体育館の裏に段ボールで家を作って飼いだしたの。で、みんなで餌をやったりしてたから」

「ちょっとそれ顧問の先生が許可したの?」

 堀川が明後日の方向に憤る。学級委員ならではの正義感だな。

「今そんな話じゃないっしょ委員長。その猫が、変な物食べさせられて死んでたのを、さっきあたしとつだまるで見つけたの」

 福岡が堀川を制して言った。俺は一応詳しいことを聞いてみることにした。

「それはいつの話だ?」

「昼休みの前」

「昨日の放課後は猫ちゃん元気にしてたのに…」

 そう言って津田は泣きそうな声を出した。猫が殺されたのが昨日の放課後から今日の昼前までの間だとすると、ここからさらにエスカレートする可能性がある。

「だからさあ、猫と殺害予告と何の関係が」

 和泉にはまだ事の重大さが分かっていないらしい。

「あのね、猫を殺した人間って、だいたい次に人間を狙うの」

 橋本が一般論を述べると、青江が叫んだ。

「もうやめてよぉぉぉぉ」

 そして耳に手を当てて何も聞こえないように自分の殻へ閉じこもってしまった。まあ外はないから放っておこう。

「待って、体育館の裏?」

 今度は曽根が口を開く。

「うん、バスケ部の部室の裏」

「…あの、何の確証もない、ただ見かけただけの情報でもいいんですか?」

 曽根が俺に向き直って尋ねた。さっき地理準備室で会ったときとは違う、能動的な目をしていた。

「それは聞いて判断する」

「朝に、体育館裏から伊村さんが一人で歩いてくるの見たんです」

 伊村は、でも、運動部だったはずだ。そうだ、弓道部だった。

「伊村は弓道部だろう? 部室から出てきたんじゃないのか?」

「だって私、弓道部の部室から出てきて見かけたんです」

 そうか、曽根も弓道部だった。体育館裏から伊村が出てきて、そこでは猫が殺されていただと?

「先生さー。この写真、おかしくない?」

 さっきから一心不乱にデジカメをいじっていた岡崎が、今度は声を上げた。

「何か撮ってあるのか?」

「私、卒業式前日の、体育の授業の前に、適当に写真撮ってたんだけど」

 そう言いながら席を立った岡崎は、デジカメをしっかり握って教卓までやって来た。岡崎がデジカメの小さな画面に表示されている写真を見せてくる。田口と埋田もやって来てそれを覗き込んだ。写っていたのは、教室の中、生徒の机の前に立っている細田を撮った写真だった。卒業式の前日だって?

「…なんだこれは」

 いまいちこの写真の意味が分からず呟いた。

「だから体育の前だって。ナオがヘアピンをポケットに入れる所が写ってるんだけど、これサトミちゃんの机なんだよ。私も今朝、栗原がこの写真をパソコンに表示するまで気がつかなかった」

 そう岡崎が解説すると、田口と埋田が口々に驚きの声を上げた。

「…いや、でも、首吊った時のポケットには、入っていたんだぞ?」

 体育の前に、この写真の示すように、細田が郷のヘアピンを盗んだんだと仮定する。体育の授業が終わって、ヘアピンが無いと郷が騒ぎ出して皆で探す。だが、次の日の朝に発見された郷の遺体のポケットには、ヘアピンが入っていたのだ。

「何かの間違いだろ」

 別の日に撮った写真と勘違いしているんじゃないのか。

「先生。郷さんの遺体の第一発見者なんですけれど、大和さんだけじゃないでしょう」

 今度は橋本が不可解なことを言い出した。

「…何を言ってるんだ?」

 若干うんざりしたように問いかけた。

「ねえ、そうなんでしょ?」

 しかし橋本は、大和の方を振り向いて言った。自然と大和へ目線を向けると、しばらく黙っていた大和が、観念したように喋りだした。

「…ハァ。そう。わたし、終業式の朝、下駄箱で出会ったナオと一緒に教室に入ったんで、ふたりでサトミちゃんを見つけたんです」

「おい! なんでそんな大事なこと黙ってたんだ!」

 思わず大きな声が出てしまう。

「あんただってヘアピンのこと黙ってただろ!」

 田口め田口め田口め

「うるせえっ!」

 俺は無意識に一括していた。また教室は静まり返る。糞っ。

「先生。怒鳴るのはやめてください。それで大和さん、だったら終業式の朝、あなたが先生に知らせに行っている間、細田さんはどうしてたの?」

 堀川は冷静に大和へ疑問をぶつけた。

「え、考えたことなかったけど…。なんか、わたしの手柄にしたらいいじゃんって言うから、わたしが先生に知らせに行って、先生と戻ってきた後に、初めて見る感じでナオが教室に入ってきた」

 おいおい、それってまさか。

「…つまり、大和さんが先生に知らせに行っている間に、細田さんは前の日に盗んだヘアピンを、郷さんの遺体のポケットに戻すことだって出来たわけですよね?」

 橋本が思っていたことを言葉にした。

「じゃーナオがサトミ殺したってことじゃん!」

 和泉が早急な結論を出す。そうじゃねえだろ。

「さっきからうるせーんだよおめーはよ! じゃあなんでワタシがサトミを殺したって噂をあんたが流したことになってんだよ!」

 田口が和泉を叱りつけた。

「だからそれは、ナオがわたしのせいにしたんだって」

「証拠があんのかよ!」

 そう凄む田口に言葉を発したのは、それまで黙っておとなしく座っていた荘司だった。

「あの、証拠なら、保存しております」

「…は? なんであんたが出てくんだよ」

 それは最もな意見だ。田口の勢いに負けてしまいそうな荘司に、和泉はなんとか次の言葉を語らせた。そして荘司が語ったのは、たまたまトイレで録音アプリで音声を録ったこと、その内容は細田が田口と衝突するように仕向けていたことだった。

「ナオがイズミンのせいにしようとしてたのは分かったよ。でも、なんでそんなことしたんだ?」

 福岡がまた当然な疑問を口にする。また橋本が推理する。

「細田さんが、自分への疑いを反らしたかったんじゃ、ない…かな?」

「っていうことは、サトミちゃんが死んだのは、細田のせい?」

 そこまで埋田が言ったところで、俺は軌道修正を図った。

「静かに。仮にそうだとしよう。俺がいま問題にしているのは、裏サイトで殺害予告がされたことだ」

 細田がどう裏であることないこと吹聴していたかなんてどうでもいい。大事なのはこれ以上の騒ぎを起こさないことだ。

「先生、この、ヨシミについて書き込んだのって、ナオなんじゃない?」

「ありうる。つーかさー、このログ読み返してると、明らかにナオの書き込みって、分かるよね」

 津田と和泉が口々に言う。それに福岡が尋ねた。

「あたし何が書いてあんのかわかんねーから説明してくんねー?」

「ログを見ると、サトミの自殺の後から、やたらそれを茶化すような書き込みがあって、それがナオだと仮定すると、異常にしっくりくる」

 裏サイトの書き込み。殺害予告の一つ前の書き込みを細田だと仮定すると、確かに諸々が符合する。

「じゃあ、最後の書き込みの特定したっていうのは、細田さんだと特定したってこと…」

 橋本が口にした。俺は同じ結論に至り、思わず叫んだ。

「狙われるのは、細田ってことか!」

「先生! 伊村さんが細田さんを保健室に連れて行って、どれくらい経ちますか!」

 堀川も焦って尋ねる。このホームルームが始まってすぐだ。もう10分以上前なんじゃないか。考えていると橋本と神保が席を立ち、佐伯、福岡、和泉、大和までもが教室を飛び出していった。

「堀川! みんなを教室から出すな!」

 俺はそう言い捨てて教室を出る。保健室へ行ったのか。

「走るなよ」

 そう大声で注意をするが、遥か廊下の先を走っている橋本たちはスピードを変えず、階段へ消えていく。間を走っているはずの福岡たちの姿は見えないが、このまま保健室に伊村と細田が居てくれれば何も問題はない。むしろそうであって欲しい。どうしてこうも問題ばかり起こるんだ。郷の自殺、ヘアピンの窃盗、人体模型の落下、猫殺しと殺害予告…。もうとっくに許容できる限界は超えている。累積のイエローカードはとうに3枚を超えてくる。絶対に阻止しなければいけない。やっと廊下の端までたどり着いて急いで階段を駆け下りる。すぐの保健室のドアを開ける。

「宮本先生! 細田と伊村は来ましたか!」

 ぜえぜえ言いながら宮本先生に声をかけた。

「いいえ、たった今、橋本さんたちも来て、同じことを聞かれましたよ」

「そうですか。失礼します」

 まだ話をしたそうな宮本先生を無視して俺は保健室を飛び出した。猫が殺されていた場所…体育館裏か。畜生、正反対の場所じゃないか。
 走らなければいけない事態など想定していなかった。サンダルでは思うように走れない。さっき食べたパンが逆流してきそうになる。最悪のクラスだ。最低の生徒たちだ。やっとの思いで廊下を駆け抜けて教室棟を出たところで、悲鳴が聞こえた。やめろ、やめてくれ。俺は体育館の側面へ走り、日陰のジメジメした土に転びそうになりながら、体育館の角を曲がった。視界に飛び込んできたのは、うずくまって叫んでいる細田と、立っている伊村と、一足先にここへ着いたらしい橋本。さらにはさっきまで教室にいたはずの中島と新藤の姿だった。向こうの方からさらに何人か走ってくるのも見える。

「何やってる!」

 そう怒鳴りながら駆け寄る。橋本がうずくまっている細田に近寄った。

「武器は!?」

 橋本へ呼びかけると、彼女は指をさした。

「あっちの方に」

「痛い痛い痛ぁあい!」

 細田が喚いている。頬から出血しているのが見える。遅かったか。

「橋本、悪いが保健室行って宮本先生呼んできてくれるか。包帯とかも頼む」

「わかりました!」

 橋本はすぐに保健室へと走り、俺は入れ替わりに細田へ駆け寄った。

「大丈夫か」

「痛ぁい! 痛いよぉ!」

 頬を切られたらしく、血が流れ出ている。命に別状はなさそうだが、軽症というわけではなさそうだ。伊村は中島と新藤に立ち塞がれ、観念したようにただ立っている。じきに橋本が宮本先生を連れて戻ってくるだろう。宮本先生と、それからこいつらを丸め込めば、騒ぎは表立たずに済むかもしれない。

「…諦めろ伊村」

 俺は伊村へ言った。

「もう諦めたよ。果たせず残念だ」

 小生意気な返事を返しやがる。そこに、福岡と大和、後からまでがやって来た。堀川め、委員長失格だな。

「ナオ、大丈夫?」

 大和が細田へ駆け寄った。俺は大和に任せて、立ち上がった。

「痛いよぉぉぉ!」

 細田は半狂乱だ。

「伊村お前何でこんなことしたんだよ!」

 福岡が伊村へ問いただす。

「綺麗な鏡を割ってみただけさ」

「お前マジか!」

 思わず新藤が大声で言った。

「豚は五月蠅いな」

 そう返された新藤は、きょろきょろと周囲を見回した。

「お前だよ」

 中島が新藤の頭を叩いて、平がゲラゲラと笑い、それを橘がたしなめた。

「ポンコツ揃いだな」

 伊村は憎々しげに言う。俺は全員に向かって言った。

「いまこの場にいる全員、ひとまずこのことは黙っておいてくれるか?」

「…はぁ?」

 中島が小馬鹿にしたような返事をした。

「何言ってんの先生ぇ警察! 警察呼んでよお! 痛いよおぉ!」

 泣きわめく細田に、橘が駆け寄ってハンカチを手渡した。

「このことが公になったら、伊村、お前、真っ当な人生歩めないぞ。それでもいいのか? 先生は、警察沙汰にしてお前の未来を閉ざしたくはない」

 俺は伊村へ呼びかけた。そうだ、ここで捕まって未来を閉ざすなど、バカのすることだ。

「屑」

 伊村はニヤニヤして言った。

「なんだって? おい何ニヤついてる」

 大人をバカにしやがって。引っ叩いてやりたいところだが、他の生徒もいる手前それはできない。

「先生、本気でそんなこと言ってるんですか」

 橘が真面目な意見を返してきた。口を挟むんじゃない。

「本気とはなんだ。先生はいつだって一人一人の事を考えて」

「もういいよ」

 平が珍しく、少し大きな声で言った。俺は聞き返す。

「あ?」

「先生…カッコ悪いよ?」

 平の言い放った一言で、ぶつんと緊張の糸が切れた。ああ、もう、だめだ。だめなんだ、これは。立っているのすらしんどくなって、その場に腰を下ろしてしまう。遠くから橋本の声がする。宮本先生を連れてきたらしい。誰もその場を動かない。細田はずっと喚いていてうるさい。1月の風は冷たいなと思う。放射冷却で冷え切った地面もまた冷たい。もう何をする気も起こってこない。もう、だめだ。


 後のことはよく覚えていない。パトカーと救急車が来て、付添に乗ったような気はする。着いたのが警察署だったのか病院だったのかもよく思い出すことができない。目を覚ますと自分の部屋のベッドで、どうやって帰ってきたのかわからない。スマホの充電が切れていたので充電を始めると、不在着信やFILOの通知が数十件も届いているのが分かった。嫌だ。見たくない。向き合いたくない。そうだ、曽根だ。曽根なら、俺を慰めてくれる。様々な通知をかき分けてFILOの曽根とのトーク画面を開くと、コメントが届いていた。

「はやく学校戻ったほうがいいよ」

「責任果たしなよ、大人なんだから」

「私、もうブロックするね」

 慌てて返事を打ったけれど「ブロックされています」のメッセージが飛び出した。ははははは。俺はスマホの電源を切

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