【so.】橘 ひろ子[5時間目]
「いまからホームルームを始める」
壇上から三条先生が厳かに言う。
「せんせー昼ご飯は?」
新藤さんが早速気になることを聞いてくれた。
「このあと5時間目をその時間にする」
「ハセベのおばちゃんが帰っちゃうよ!」
「ハセベさんにはさっき5時間目が終わるまで待っていてくれるよう頼んでおいたから安心しろ」
「マジか~。じゃあ5分でおわろ!」
「そうはいかない。君たちに聞きたいことがあるからだ」
やっぱり長くなりそうだ。
「こないだ面談やったじゃないっすかー」
和泉さんが不満そうに言う。
「年末の件はもういいんだ」
「いいってどういうことですか」
先生の言葉に、埋田さんが突っかかるように言った。
「…えっとな、さっき人体模型が落ちてきたな」
「山浦が犯人ー?」
和泉さんがずけずけと言う。
「…まだ分からない」
「三条先生、でも、山浦さんだけいません」
部長も山浦さんの不在を述べると、自然と疑いの目で見てしまうじゃないか。けれどその真相は、私の知るべきことなのかどうか。
「…そうか」
「山浦さん、面談のあと、怒って帰ってきましたけど」
埋田さんは山浦さんへの疑いを晴らそうとしているかのようだ。あのふたりと自殺した郷さんの3人でファッション誌を眺めているのを何度も見かけたことがある。
「えっとな、山浦の件はあとで説明するから、まず俺の話を聞いてくれ。君たちの中で、裏サイトってものを知ってるのは何人くらいいる?」
三条先生の口から意外な単語が飛び出した。だいぶ前に学校のことを調べていて、何かの間違いでそういった掲示板へたどり着いたことがあった。抽象的かつ刹那的な言葉が書き殴ってあって、ろくに読まずにブラウザを閉じたんだった。
「何それー」
新藤さんは興味なさそうに言う。
「匿名で誰でも書き込めるネットの掲示板のことなんだが、このクラスの掲示板もあってだな」
「先生」
細田さんが弱々しい声で言った。
「なんだ」
「もう、郷さんのことがあって、さっきの人体模型落とすような酷いことがあって、これ以上、刺激の強いこと、やめてください…」
「いや、なんというか」
「先生、先生、ほんと、ワタシ、つらい…。さっきから気持ち悪くて吐きそうなんです」
そう言うや否や、細田さんは激しくえづいた。吐瀉物が出たわけではなかったから良かったけれど。
「大丈夫か。ちょっと隣の席だから悪いけど、伊村な、細田を保健室まで連れて行ってくれないか」
「…わかりました」
伊村さんは細田さんの片腕を肩に回して、ゆっくりとした足取りで教室の後ろのドアから外へ出ていった。
「他の者も気分が悪くなったりしたら、遠慮せず言うように。それで…どこまで話をしたか…」
「このクラスの裏サイトについてです」
部長が軌道修正する。裏サイトに何かが書かれていたんだろうか。
「そうだ。えー、実は先生は前から裏サイトの存在を知っていたんだけれど、取り立てて問題視はしていなかった。でもな、今日の書き込みの中に、看過できないような物があったんだ」
「カンカってなんですか?」
岡崎さんが質問した。
「殺害予告じみたものがあったんだ」
それは尋常じゃない。
「ひっ」
青江さんが小さな悲鳴を上げた。年末に郷さんの落とした一欠片が、今まで沈んでいた澱を浮かび上がらせてきているように感じる。
「いいか、ちょっと気分を悪くする者もいるかもしれないけれど、読み上げるぞ。…やってやるやってやるやってやるよ見とけよ。この書き込みが午前中の最後の書き込みだ。そして人体模型が落ちた」
「じゃあ山浦が書き込んだんだ!」
和泉さんが反射的に言う。私は山浦さんのことをあまり知らない。彼女が裏サイトへ書き込むような一面を持ち合わせているのかどうか、私には判断できない。
「…あくまで可能性が高い、推測の話だ」
「推測で犯人扱いするんですか」
埋田さんが最もなことを言うと、和泉さんが反発した。
「決まりじゃん」
嫌な流れだなと思う。細田さんはひと足早くこの教室から逃げ出して正解だったと思う。逃げ出すと言ったら失礼か。保健室は廊下の突き当りから階段を下りないといけないから、まだ伊村さんは戻ってこないだろうなと思う。
「大事なのはな、この後なんだ」
なにかの予告めいた書き込みの後に人体模型が落ちた。けれどそれは殺害予告じみてはいない。より過激な書き込みがあったんだろう。
「先生ソレどうやって見んの?」
福岡さんが尋ねる。
「わざわざ見なくてもいいぞ。今から読み上げる。…えーと、田口、お前の名前が出てくるからな」
「は? ワタシ?」
田口さんは突然自分の名前が出てきたので驚いていた。
「えー、行くぞ。…田口もたまにはいいこと言うわ。ホント死ねば良かったのに」
「何だよそれ! ふざけんな! 誰だよ!」
田口さんは周囲を見回し睨みつけた。体育館からの帰りに何か揉め事があったみたいだけれど、それに関係することなんだろうか。
「落ち着いてくれ。次にもうひとつ書き込みがあって終わってるんだが…読むぞ。…それじゃあまずあんたから殺してやるよ。特定したぞ」
「きゃああ!!」
青江さんがさっきよりも大きな悲鳴を上げた。
「せんせーもうやめよう。怖いよ」
もじゃも不安そうに言う。さっき突然泣いてしまったもじゃには、今のホームルームの話題は重すぎるのかもしれない。
「書き込みはここまでだ。俺だって全員を集めてこんなの読みたくなかったけどな、殺害予告があったらもう事件になるんだ」
「じゃあ、今から犯人捜しをするんですか?」
部長が恐ろしいことを言う。
「別に魔女狩りをするんじゃないんだ。ただ、起こるかもしれない事件を阻止したいだけなんだ。だからみんなには衝撃的だったかもしれないが、明らかにした。それで聞きたいんだが、この書き込みに心当たりはないか?」
三条先生がみんなに問いかけた。けれど誰も何も答えない。
「まあ、自分が書き込んだとは名乗り出たりしないよな。じゃあ、その一つ前の書き込みのことが分かる者は?」
「ジョーさー、すっげ気分悪いんだけど」
田口さんが不満を訴える。
「保健室行くか?」
「そういうのじゃねーんだよ!」
「この発言に心当たりは?」
田口さんは問いかけを無視した。
「ヨシミちゃんごめん。先生、これは、さっきの体育館からの帰りの廊下での発言です」
神保さんが代わりに説明をする。
「ついさっきじゃないか。何があったんだ」
「もういいって!」
制止する田口さんを無視して福岡さんが説明を始めた。
「山浦だけがいなかったから、人体模型を落としたのが山浦じゃね?って話になったら、ヨシミが言ったんす。ホントに死ねば良かったって」
それはさすがに酷い。じゃあ、さっきの書き込みは、その発言を聞いていた誰かが書いたことになる。
「そしたら埋田さんが来て、ヨシミにビンタして」
思わず埋田さんの方を見てしまう。
「本当か埋田」
「言いたくありません」
「しただろうがよ!」
埋田さんは勇気があるなと感心してしまう。私には田口さんにビンタするなんてこと出来やしない。三条先生はわざとらしい咳払いをして再び口を開く。
「それでだな」
「ねえ先生、この書き込みした人は、あの場で、会話が聞こえる位置にいた人ですよね。私は離れたところ歩いていたから、埋田さんの言ったことしか聞こえなかったです」
橋本さんが私と同じ推測を述べる。そうだ、田口さんの発言が聞こえていた人物を絞り込めれば、その人物が狙われる危険から守ることができる。
「じゃあ、その時、田口の周りに誰がいたか、誰か覚えてるか?」
「あたし、つだまる、やまち」
福岡さんがそう言うと、神保さんも言った。
「私と、細田さんもいました」
「私とさっちんはいたし、他にも何人か歩いてたよ」
中島さんが言うと、新藤さんが口を開いた。
「私覚えてねーけど」
「おめーはパンのこと考えてたからだろ!」
ずっとパンのこと考えていられるなんて、ある意味幸せだなと思う。皮肉じゃなく羨ましい。
「他にこの会話を聞いてたっていう者は?」
すっと埋田さんが手を上げたのが見えた。この中で裏サイトに書き込みしていそうな人って…ダメだ、私にはやっぱり分からない。
「せんせーさー、最後の書き込みしたやつを特定しないといけないんじゃないの?」
和泉さんがまだ理解できていないようで尋ねた。
「それが難しいから、狙われそうな方を特定した方が防げるってことじゃない?」
橋本さんが優しく解説してあげた。
「ああ、そうだ。だから今、田口の発言を聞いていた者を探してるんだ」
「えーじゃあジンさんが殺されるかもしれないってこと?」
新藤さんが呑気に言うと、佐伯さんが一言叫んだ。
「嫌っ!」
皆の視線を集めた佐伯さんは赤い顔をしている。
「好き勝手に発言するなー。いまこうやって全員集めているからそんなことはさせない」
「山浦が殺しに来るんでしょー?」
和泉さんが無責任に言う。
「黙れ!」
さすがに先生に叱られて和泉さんは黙った。教室には青江さんのすすり泣きが聞こえている。
「…悪い。ちょっと先生も初めての事態で焦ってる」
「三条先生。この、殺害予告をした人物は、郷さんも殺したって事は考えられないんですか?」
委員長がまた怖いことを言い出す。
「郷は自殺なんだ」
「何故そう言い切れるんですか?」
三条先生は一度呼吸すると吐き捨てるように言った。
「理由がない」
理由? 郷さんが殺される理由だろうか。
「理由なら、終業式の前の日に、郷さんのヘアピンがなくなる騒ぎがあったじゃないですか」
埋田さんが、初めて聞く話を口にした。
「何それ。そんな話、初めて聞いた」
「えっ、ヘアピンって…何? どゆこと?」
部長と岡崎さんが困惑して言った。
「終業式の前の日のね、4時間目の体育の後、サトミちゃんがね、ヘアピンがなくなったってパニックになったの」
大和さんが、言い聞かせるように言った。
「初めて聞いたんだけど。えっ、みんな知ってたん!?」
「私も知らなかった」
岡崎さんと月山さんの写真部ふたりは全く知らなかったらしい。
「その時教室に残ってた者だけが知っていることだ」
先生が言う。体育の後、ささっと着替えてすぐに音楽室へ移動してお昼を食べる私たち吹奏楽部も、おそらく誰も知らなかったんじゃないかと思う。
「ちょっとワタシも知らないんだけど!」
「あのね、サトミちゃんが、あの日休んでたヨシミちゃんには黙っててって、何回も言うから、みんな言えなかったんだよ」
そういえばあの日、田口さんはお休みしていた。
「じゃあ、郷さんそれが理由で自殺したわけ!? 盗まれたってこと?」
岡崎さんは信じられない、といった風に声を上げる。
「落ち着けって。みんなも知ってるように、次の日の朝に大和が、郷を発見して俺に知らせてくれた。それで警察を呼んで遺体を調べたら、制服のポケットにヘアピンが入っていたのが分かったんだ。それは葬式の時に、田口にも確認してもらったよな?」
三条先生は田口さんに念押しする。
「え。っていうことは、盗まれてなかったってことですか?」
もじゃが困惑して言った。
「だからな、みんなに面談で話を聞いたけれど、いじめがあったわけじゃない。郷の遺書が残っているわけでもないから理由は分からないけれど、ヘアピンを盗まれたのが理由じゃないってことは、確かだ。ご家庭の事情のことまでは踏み込めないけれど、それが理由なんじゃないのか」
ヘアピンが無くなった騒ぎがあって、でも遺体にはそれがあったって、作為的なものが働いているのか、ただの勘違いだったのか、いまいち情報が足りない。どういうことなんだろう。
「せんせーこのホームルームいつ終わる? もう腹がぺっこぺこなんだけど!」
新藤さんが空腹を訴える。私もお腹は減っているけれど、それを声高に言うことはできない。
「もうちょっと我慢しろ。まだ5時間目の最初だろ」
「もーむりー」
新藤さんは机に突っ伏した。
「みんな協力してくれ。そしたら早く終われる。他に何か、思い当たることはないか?」
「サトミのこと?」
福岡さんが尋ねた。
「いや、書き込みのことだ」
そうか、殺害予告。そちらの方が差し迫った危機だ。
「先生。あの」
「なんだ、津田?」
「さっき、体育館の裏で、猫が死んでて…」
ぎょっとした。
「それ何の関係があんだよ」
和泉さんが苛立ち紛れに言う。
「あたしも一緒だったけど、猫が殺されてたっぽい」
福岡さんが付け加えると、部長が尋ねた。
「どうして分かるの?」
「誰かが猫を拾ってきて、体育館の裏に段ボールで家を作って飼いだしたの。で、みんなで餌をやったりしてたから」
「ちょっとそれ顧問の先生が許可したの?」
部長、何故そこに反応するんだと思った。
「今そんな話じゃないっしょ委員長。その猫が、変な物食べさせられて死んでたのを、さっきあたしとつだまるで見つけたの」
「それはいつの話だ?」
三条先生が問う。
「昼休みの前」
「昨日の放課後は猫ちゃん元気にしてたのに…」
津田さんは泣きそうだ。
「だからさあ、猫と殺害予告と何の関係が」
「あのね、猫を殺した人間って、だいたい次に人間を狙うの」
和泉さんが呆れ返ったように言うと、橋本さんが説明をした。
「もうやめてよぉぉぉぉ」
青江さんが叫び、両耳を塞いでしまった。もう限界が近いのではないだろうか。
「待って、体育館の裏?」
そねちゃんが、何か思い出したように口を開いた。
「うん、バスケ部の部室の裏」
「…あの、何の確証もない、ただ見かけただけの情報でもいいんですか?」
「それは聞いて判断する」
三条先生がそう言うと、そねちゃんは今朝見たらしい出来事を話し始めた。
「朝に、体育館裏から伊村さんが一人で歩いてくるの見たんです」
「伊村は弓道部だろう? 部室から出てきたんじゃないのか?」
「だって私、弓道部の部室から出てきて見かけたんです」
猫の不審死があった体育館裏から、伊村さんがひとりで出てきたって、それは疑いが濃厚じゃないのか。
「先生さー。この写真、おかしくない?」
岡崎さんがデジカメをいじりながら口を挟んだ。
「何か撮ってあるのか?」
「私、卒業式前日の、体育の授業の前に、適当に写真撮ってたんだけど」
そう言いながら席を立った岡崎さんは、教卓へと歩いていく。それに合わせて田口さんと埋田さんも教卓へ歩いていった。
「…なんだこれは」
先生が困惑して言う。
「だから体育の前だって。ナオがヘアピンをポケットに入れる所が写ってるんだけど、これサトミちゃんの机なんだよ。私も今朝、栗原がこの写真をパソコンに表示するまで気がつかなかった」
「ナオがやってんじゃん!」
「盗んでたんだ!」
田口さんと埋田さんが興奮した声を上げる。細田さんがヘアピンを盗んでいた証拠、でも次の日には遺体にヘアピンがあったという矛盾。
「…いや、でも、首吊った時のポケットには、入っていたんだぞ? 何かの間違いだろ」
「先生。郷さんの遺体の第一発見者なんですけれど、大和さんだけじゃないでしょう」
橋本さんが言う。まだ何か、情報があるんだろうか。
「…何を言ってるんだ?」
「ねえ、そうなんでしょ?」
戸惑いを隠せない様子の三条先生には答えず、橋本さんは大和さんへ顔を向けて言った。しばらくの沈黙の後、大和さんはため息とともに語り始めた。
「…ハァ。そう。わたし、終業式の朝、下駄箱で出会ったナオと一緒に教室に入ったんで、ふたりでサトミちゃんを見つけたんです」
「おい! なんでそんな大事なこと黙ってたんだ!」
三条先生が憤って言うと、田口さんが激しく吠えた。
「あんただってヘアピンのこと黙ってただろ!」
「うるせえっ!」
先生が冷静じゃなくなったら、もうどうしようもないじゃないか。そう思ったら部長が口を開いた。
「先生。怒鳴るのはやめてください。それで大和さん、だったら終業式の朝、あなたが先生に知らせに行っている間、細田さんはどうしてたの?」
「え、考えたことなかったけど…。なんか、わたしの手柄にしたらいいじゃんって言うから、わたしが先生に知らせに行って、先生と戻ってきた後に、初めて見る感じでナオが教室に入ってきた」
それって、細田さんにアリバイがないってことになるのでは。
「…つまり、大和さんが先生に知らせに行っている間に、細田さんは前の日に盗んだヘアピンを、郷さんの遺体のポケットに戻すことだって出来たわけですよね?」
橋本さんが言う。
「じゃーナオがサトミ殺したってことじゃん!」
和泉さんがまた頓珍漢なことを叫ぶと、田口さんに噛みつかれた。
「さっきからうるせーんだよおめーはよ! じゃあなんでワタシがサトミを殺したって噂をあんたが流したことになってんだよ!」
「だからそれは、ナオがわたしのせいにしたんだって」
「証拠があんのかよ!」
「あの、証拠なら、保存しております」
荘司さんが声を上げた。意外な展開だ。
「…は? なんであんたが出てくんだよ」
「す、すみませぬ」
怯んでしまう荘司さんに、和泉さんはすがりつくように言った。
「証拠ってなに? 教えてよ」
「は。ええと、今日の1時間目のあとに、拙者、雪隠へ赴いたのですが…」
「さっちん?」
「パン食いてー!」
ソフトボール部のふたりが反応したけれど、和泉さんが叱りつけた。
「うるさい! そんで?」
「ええと、個室の中で、たまたま、たまたまなんですが、私、音声を録音できるアプリを作動させまして…」
「ちょっとコイツ何言ってるかわかんねーんだけど」
田口さんはイライラして言う。けれど和泉さんは必死に話を聞き出そうと頑張っている。
「誰かの会話を録音したってこと?」
「さよう。これをお聞きください」
荘司さんのスマホから、細田さんの上ずった声が教室に響き渡った。
「これだ! これだよ、わたしが朝、ナオに変な質問されて、答えたんだ」
和泉さんは嬉しそうに言った。
「おいメガネてめー、これ、ホントだろうな?」
田口さんは荘司さんに詰め寄る。
「さ、さすがに細田氏の音声合成するアプリはありませぬ」
そこへ、福岡さんが疑問を挟み込んだ。
「ナオがイズミンのせいにしようとしてたのは分かったよ。でも、なんでそんなことしたんだ?」
「細田さんが、自分への疑いを反らしたかったんじゃ、ない…かな?」
橋本さんが推測する。その見立ての蓋然性は高いように思える。
「っていうことは、サトミちゃんが死んだのは、細田のせい?」
埋田さんが踏み込んで言う。きっかけのひとつではあるかもしれないけれど、主要因ではないような気がする。
「静かに。仮にそうだとしよう。俺がいま問題にしているのは、裏サイトで殺害予告がされたことだ」
先生はあくまで殺害予告を問題にする。けれど今までに上がった要素は結びついていくんじゃないだろうか。
「先生、この、ヨシミについて書き込んだのって、ナオなんじゃない?」
津田さんが言う。裏サイトの書き込みを、自分のスマホで確認しているらしい。
「ありうる。つーかさー、このログ読み返してると、明らかにナオの書き込みって、分かるよね」
和泉さんもそれに同調した。
「あたし何が書いてあんのかわかんねーから説明してくんねー?」
福岡さんが説明を求めると、和泉さんが言った。
「ログを見ると、サトミの自殺の後から、やたらそれを茶化すような書き込みがあって、それがナオだと仮定すると、異常にしっくりくる」
「じゃあ、最後の書き込みの特定したっていうのは、細田さんだと特定したってこと…」
橋本さんが独り言のように言った。特定したのって、伊村さん…?
「狙われるのは、細田ってことか!」
三条先生が大きな声で言う。部長も焦ったように尋ねる。
「先生! 伊村さんが細田さんを保健室に連れて行って、どれくらい経ちますか!」
同時に橋本さんと神保さんが席を立って教室を出ていく。佐伯さんもそれに続く。福岡さん、和泉さん、大和さんも続けて教室を出ていった。
「堀川! みんなを教室から出すな!」
部長に言いつけて三条先生までもが教室を出ていった。部長は慌てて教卓へと向かう。
「委員長! もう昼にしよう!」
新藤さんが部長に呼びかけた。
「だめです! みんなを教室から出さないように言われたので」
「じゃあ何するの」
中島さんが不満げに言う。
「先生が戻るのを待ちます」
「もうむり。今からパン買いに行く!」
新藤さんは立ち上がった。
「だめ!」
「私以外にこの空腹を救える者はありえない!」
「委員長、これもう止まらないよ。諦めて」
中島さんも席を立った。
「お願いだから!」
「パンを求める者は私について来いっ!」
そう呼びかける新藤さんに呼応して、もじゃと岡崎さん、そねちゃんが立ち上がった。
「いえい!」
「ごめん委員長、私ももうおなかが限界」
5人は教室を出ていく。部長は教卓でうなだれている。
「どうしてみんな私の言うこと聞いてくれないのよぉ…」
「いいんちょう、大丈夫。まだ大勢残ってるよ」
青江さんがのほほんと言う。田口さんも吐き捨てるように言う。
「パン買ったら戻ってくるでしょ」
タイラーが元気よく言った。
「部長ー、みんなでお弁当食べよー」
「さんせー!」
津田さんは嬉しそうに言う。
「それは」
まだ渋る様子の部長に、私は冷静な判断を促した。
「部長、いま最善の指示は何?」
部長は私を見つめしばらく黙った後、緊張が溶けたみたいに言った。
「それじゃあ…みんな…お弁当にしましょうか」
やれやれ。細田さんのことは心配だけれど、ひとまず空腹を解決できそうだ。私は机の上に、朝に作ったお弁当を広げて食べ始めた。席を立った人たちがいつ戻ってくるか分からないから、ほとんど自席で食べている。津田さんだけが、もじゃのいなくなった机に座って、隣の田口さんと何か喋りながら食べている。
「えっ、ちょっと待っ」
右斜め前に座ってお弁当を食べていた井上さんが、突然慌てたような声を出した。
「まこちん、どしたのー?」
左斜め前の席から青江さんが、井上さんに向かって呼びかける。けれど井上さんは俯いたまま。
「まこちん? まこちん!」
青江さんの呼びかけにやっと井上さんが頭を上げて叫んだ。
「ちがうちがう! ちがうの!」
「まこ…ちん?」
「つぐちゃん、私、郷。郷義弓。ちょっと信じられないだろうけど、サトミが井上さんの体を借りてるの」
どちらかといえばおっとりした印象の井上さんらしからぬ話しぶりに、信じてしまいそうになる。
「井上テメー悪い冗談やめろよ!」
田口さんが怒って言うと、青江さんが反撃した。
「ヨシミちゃん、まこちんはそんな冗談言うコじゃないよ?」
「ありがと、つぐちゃん。私、死んでた。死んでたんだけど、それに気づかないまま、この教室にいたんだ」
いた? この教室にいたって?
「ほんとに…あなた、サトミなの?」
埋田さんが恐る恐る声をかける。
「サエさん! 今はただ信じて欲しい。私、みんなに伝えたいことがあるの」
「井上さん? 郷さん?」
部長も困惑して声をかけた。
「今はサトミでも郷でもいいよ、委員長。私、ナオちゃんが私を殺したことにされちゃってるの、どうしても訂正したくって、いまこうして井上さんの体を借りたんだ」
郷さんの幽霊が、井上さんに乗り移ってるってことなんだろうか。そんな非科学的なことが、と否定したい気持ちを、目の前の現実が認めてくれない。
「ほんとに…サトミなの? なんで井上なの…?」
そう言う田口さんの声は震えているように聞こえた。
「私ね、自分が死んだことに気がついてもいなかったんだけど、それに気がつくまでずっと、井上さんだけが私のことを見えてたの。霊感が強いのかな? だから、試してみたら、乗り移れたんだ」
井上さん、クラスの中に郷さんがいることにずっと気がついていて、よく平気だったなと思った。
「まこちん…じゃないの? サトミちゃん?」
青江さんが立ち上がって言う。
「そうなの、つぐちゃん。久しぶり!」
「サトミちゃんー!」
抱き合ったふたり。青江さんは泣いている。
「サトミ! 伝えたいこと…って、なに?」
埋田さんが声をかける。
「そう…。あのね、私はナオちゃんに殺されたわけじゃないの。それだけ言わないと…って思って」
「なら、なんで!?」
津田さんが何か言いかけると、田口さんが被せて言った。
「なんでワタシに断りなく死んじゃったんだよ!」
田口さんの感情はずっと昂ぶったままだなと思う。
「ごめんねヨシミちゃん。私、実はみんなと同級生じゃないんだ…」
「はぁっ?」
津田さんが驚きの声を上げた。私も理解が追いつかないまま、郷さん(ということにしておこう)に声をかけた。
「あの…どういうことか、説明してもらえます?」
「もちろん。そうさせて」
私に顔を向けたのは井上さんの姿だったけれど、その喋りっぷりは間違いなく郷さんだった。
「郷さん…。あなた、同級生じゃないっていったら…13年前の…?」
部長が昔の事件のことを引っ張り出してきた。13年前、学校で生徒が自殺した事件…。
「さすが委員長、その通り。私はね、13年前、2学期の終業式にこの教室で自殺したの」
「あ…この学校の、黒歴史ですな!」
荘司さんが興奮したように言う。
「何よそれ。知らないんだけど」
田口さんは知らなかったらしい。
「たしか13年前にこの学校の生徒が自殺して、それ以来この学校の人気がなくなったって噂の…」
月山さんがそう言うと、郷さんは申し訳無さそうに言った。
「はは…そういうことに…なるのかな」
「もうつまんねー冗談やめろよ井上!」
田口さんは目の前の現実を受け入れたくないのか、郷さんに強く言った。
「ヨシミちゃん、サトミちゃんだよ? わたし、わかるの」
青江さんがそれを庇う。
「わかんねえよ! なんなんだよ! なんでサトミが死んじゃうんだよ!」
田口さんは泣いているらしい。
「ヨシミちゃん、ごめん。私あんまり時間がないみたいだから、とにかく説明するね」
「郷さん。13年前に亡くなったあなたが…なぜこのクラスに…?」
部長が聞くと、郷さんは驚くようなことを言った。
「うん…。私ね、死んでからずっと、ずっとここの教室にいたんだ」
「えっ。おうちは?」
タイラーもびっくりしたのか、思わず郷さんに尋ねた。
「ねぇ、不思議でしょ? 朝になるとここにいて、そのままここから出られないの…」
「嘘よ! だって一緒に帰ったりしたじゃない」
埋田さんが否定する。たしかに郷さんが他の子と帰る所は何度も見たような気がする。
「うん、それはね、私がみんなに魔法? みたいなのを掛けちゃってたんだんだと思う」
「どんな妖術なのですか!」
「知りたいです!」
荘司さんと川部さんが食いついた。
「掛けちゃってた…っていうのは?」
埋田さんはさらに説明を求める。
「私も仕組みはよく分かんないんだけど…。説明が難しいな…。えっと、私が普通にみんなと毎日を送ってるっていう風に思うような、そういう魔法がみんなに掛かっていたの」
「じゃあ、意図せず、自然に…ってこと?」
埋田さんが尋ねると、郷さんは力なく答えた。
「…うん」
「なんでそれが、私たちだったのかしら?」
部長が尋ねても、郷さんは曖昧に頷くだけ。
「あなた、13年前に亡くなったのよね?」
私は答えにくそうな郷さんに、ひょっとしてと思ったことをぶつけてみた。
「郷さん、あなたまさか、毎年…?」
郷さんは顔を上げて私を見て言った。
「そう。私が死んで、次の学年から、毎年。毎年4月の最初からこの教室にいて、2学期の終業式に自殺してたんだ」
「次の学年って…1年生が2年生に上がったときに、そのクラスに加わるってこと? 気づくでしょフツー?」
津田さんが聞き返す。にわかには信じがたい話だなと私も思う。
「それができちゃう…魔法?」
埋田さんが尋ねると、郷さんは悲しそうに頷いた。
「なんでそんなことを」
津田さんが聞くと、郷さんは辛そうに答えた。
「私が知りたいくらいなんだけど…そういう風になってたの。そんな仕組みの中で、私は毎年4月から12月まで、その年の2年生なの」
「なら、私たちは、幽霊の郷さんと一緒に、2学期まで夢を見てたっていう感じ?」
月山さんが尋ねると、郷さんは今この空間に降り立って、初めての笑顔を見せた。
「綺麗に言うとね」
「じゃあ、サトミはワタシと友だちでも何でもないってことかよ!」
田口さんが問い詰める。
「ヨシミちゃん、それは違う」
「どこが違うんだよ! 全部魔法だったんだろ! 騙されてたんだろ!」
「それは違う。違うよ。たしかに私、みんなを騙してたのかもしれない…。でも、みんなと過ごした去年の私。それは紛れもなく本物の私だよ」
今度は埋田さんが郷さんへ叫んだ。
「だったら、なんで死んじゃうのよ!」
「サエさん…。私だって、死にたくなかった。死にたくなかったんだよ! だって、だって、私、このクラスのこと、大好きだったんだから!」
何人か泣いているのが分かる。私だって泣きそうだ。所属しているグループが違ったから、そこまで関係があったわけじゃない郷さん。けれど別け隔てなく話しかけてくれるような人だった。
「じゃあ、自殺してしまうことは変えられなかった…ってことね」
埋田さんが震える声で聞く。
「うん」
だとすると、細田さんはどこまで関係していることになるのだろう。私はそれを尋ねてみた。
「っていうことは、細田さんがヘアピンを隠したっていうのは…」
「偶然。偶然なんだけど…ちょっと利用させてもらっちゃった」
ちょっと意地悪そうに微笑む郷さんに、津田さんが声をかける。
「どうやって」
「終業式の前の日には、次の日の朝に自分が自殺するってことは分かってた。だから、どうしたら自然かなってずっと考えてたら、私のヘアピンがなくなった。だから、ちょっと過剰に騒いでみちゃった」
「な…なんだよ! すげー焦ったんだぞ!」
津田さんは少し怒って言った。
「ごめんね、つだまるちゃん」
私はもうひとつ、気になっていることをぶつけてみた。
「あの…伊村さんのことは?」
「それは本当に、ぜんぜん知らないの。ヘアピンを盗んだのがナオちゃんだったってことも、知らなかった。だから…私の自殺がナオちゃんのせいで、それを理由にナオちゃんが狙われるんだとしたら…って。それだけは違うんだって言わないとって、思ったんだ」
悲鳴だ。間に合わなかったのか。タイラーが瞬時に走り出して教室を出ようとする。私は慌ててそれを追いかけた。
「ちょっと待ってタイラー!」
教室を飛び出て階段を駆け下りる。タイラーは体育館の方へ向かって走る。私もその背中を見逃さないようにずっと走り続ける。
「タイラー、待ってー」
タイラーは走りながら、私へ顔だけ向けて尋ねてきた。
「ヒロさん、体育館の方だった?」
「たぶん」
私がそう言うと、タイラーは加速した。外履きに履き替えることもせず、下駄箱を通り過ぎて外へ出る。和泉さんと岡崎さんのふたりとすれ違った。悲鳴が聞こえたのに、何故彼女たちは平然と校舎に入ってきたのだろう。不思議だなと思うけれど足は止めない。タイラーの背中が遠のいていく。どこにそんな力を秘めていたのかと思う。私は目一杯走った。海風が頬を切りつける。体育館の側面を奥へ奥へと走り、角を曲がると、伊村さんと数人が立っているのが見えた。
向こう側からは福岡さんと大和さんが走ってきているのが見える。
「痛いよぉぉぉ!」
細田さんが苦悶の表情で叫んでいる。大和さんが駆け寄って声を掛けている。タイラーは伊村さんの近くまで行って足を止めた。私もその横で足を止めた。
「お前マジか!」
新藤さんが叫ぶ。
「豚は五月蠅いな」
伊村さんにそう吐き捨てられた新藤さんは、何故だかキョロキョロと辺りを見回した。
「お前だよ」
中島さんが新藤さんの頭を軽く叩いた。タイラーがそれを見て笑いだした。
「ちょっと…タイラー」
タイラーに注意すると、伊村さんが侮蔑的な目で言った。
「ポンコツ揃いだな」
悔しいけれど何も言い返せない。細田さんは切りつけられたようだけれど、致命傷ではないように見える。
「いまこの場にいる全員、ひとまずこのことは黙っておいてくれるか?」
三条先生が全員に向かって声を発した。
「…はぁ?」
中島さんが聞き返す。
「何言ってんの先生ぇ警察! 警察呼んでよお! 痛いよおぉ!」
細田さんは頬を抑えたまま、パニックになって叫ぶ。私はそばへ駆け寄り、ポケットに入れていたミニタオルを手渡した。
「これ使って」
細田さんはそれを頬に押し当てる。深くはないが長い傷跡からは血が溢れ出ていた。
「このことが公になったら、伊村、お前、真っ当な人生歩めないぞ。それでもいいのか? 先生は、警察沙汰にしてお前の未来を閉ざしたくはない」
三条先生が伊村さんに呼びかけると、伊村さんはニヤけた顔で呟いた。
「屑」
「なんだって? おい何ニヤついてる」
私は三条先生を問いただした。
「先生、本気でそんなこと言ってるんですか」
私へ振り向いた三条先生は、怖い顔をして言った。
「本気とはなんだ。先生はいつだって一人一人の事を考えて」
「もういいよ」
いつにない大きな声で制止したのは、タイラーだった。
「あ?」
振り向いた三条先生に向かって、タイラーは吐き捨てるように言った。
「先生…カッコ悪いよ?」
「ヒロー、まだー?」
玄関でお姉ちゃんが苛立って言う。私はお弁当をかばんに詰め込んでリビングを飛び出した。
「遅いなー、あんたは」
「しょうがないじゃない。お父さんのお弁当も作ってたんだから」
「ほっときゃいーのよ。コンビニでなんか買うでしょ」
「おかーさん行ってきまーす」
吹奏楽部の朝練のない日は、お姉ちゃんと一緒に家を出ることが多い。今は聖アヒー女子大学に通うお姉ちゃんも、3年前まで私と同じ高校に通っていたから、一応は先輩ということになる。
「そういえば、まだ学校の七不思議って、語り継がれてたりすんの?」
学校のことを懐かしく思うのか、お姉ちゃんはよく学校のことを聞いてくる。
「聞いたことはあるけど、7つもないでしょ」
「えー、まず旧校舎の開かずの地下室でしょー?」
「私が入った年に取り壊しちゃったじゃない」
「じゃあ、夜に歌う人体模型は?」
「それは怖いけど、年明けに落とされて全部壊れちゃったよ」
「お堀を泳ぐ年老いた河童」
「寒中水泳してたお爺さんが逮捕されたよ」
「なくなっちゃったもんばっかだな」
「不思議なんて、そんなもんでしょ」
お姉ちゃんはムッとして、ムキになって言ってくる。
「婚期を逃した保健室の女教諭」
「それは現役」
「宮本ちゃん、まだ独身か~。ウケる」
お姉ちゃんはケラケラ笑っている。
「絶対に結ばれる4階奥の教室は?」
「何それ。空き教室のままだよ」
「あ、あれは。いつの間にか増えてるクラスメイトってのはどうよ?」
「何それ、怖い」
「2年生に上がると、クラスメイトがひとり増えてるんだけど、誰もそれに気がつかないの。そんで、いつの間にかいなくなってて、それすら誰も知らないって噂」
「誰も知らないなら、誰が知ってるのよ」
「ヒロはさあ、夢がないよね」
「現実的って言ってよ。それに、じゃあお姉ちゃんが2年生だった時、クラスメイトは増えてたの?」
お姉ちゃんはしばらく空を見上げてから言った。
「覚えてない」
「ほらー」
「でもさあ、そういう噂があるってことは、誰かは知ってたってことじゃないの? 煙のない所に火はないとか言うじゃん?」
「火のないところに煙は立たない、でしょ。もー」
これだからお姉ちゃんの女子大はアヒー女とかアホ女ってバカにされるんだ。私は受験勉強を頑張って、良い大学へ行こうと心に思うのだった。
前の時間
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?