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【so.】和泉 美兼[5時間目]

「いまからホームルームを始める」

 教室へ戻ってジョーサンが宣言すると、ぶーちゃんが食ってかかった。

「せんせー昼ご飯は?」

「このあと5時間目をその時間にする」

「ハセベのおばちゃんが帰っちゃうよ!」

 そうだよ。今日はパン買わないと何も昼に食べるものがないんだよ。

「ハセベさんにはさっき5時間目が終わるまで待っていてくれるよう頼んでおいたから安心しろ」

 一安心。あとはさっさとホームルームが終わってくれりゃーいいんだけど。

「マジか~。じゃあ5分でおわろ!」

 ぶーちゃんがそう言うと、ジョーサンは真面目な顔して否定した。

「そうはいかない。君たちに聞きたいことがあるからだ」

「こないだ面談やったじゃないっすかー」

 わたしはバカらしくて声を出していた。

「年末の件はもういいんだ」

 いい、ってどういうことだよ。

「いいってどういうことですか」

 サエも同じことを思ったみたいだ。さっきはヨシミのことをビンタしたっていうし、結構やる時はやるんだな。

「…えっとな、さっき人体模型が落ちてきたな」

山浦が犯人ー?」

 わたしはぶっこんでみた。

「…まだ分からない」

 決まりでしょ。

「三条先生、でも、山浦さんだけいません」

 ナイス堀川

「…そうか」

 はい決まり決まり。

「山浦さん、面談のあと、怒って帰ってきましたけど」

 サエ、その時間が無駄。はやくメシにしよ。

「えっとな、山浦の件はあとで説明するから、まず俺の話を聞いてくれ。君たちの中で、裏サイトってものを知ってるのは何人くらいいる?」

 ぎくりとした。朝に直己が見せつけてきた画面が頭に浮かんだ。

「何それー」

 ぶーちゃんには縁がなさそうだもんな。

「匿名で誰でも書き込めるネットの掲示板のことなんだが、このクラスの掲示板もあってだな」

 そうジョーサンが話していると、すぐ後ろの直己が弱った犬みたいな声を出した。

「先生」

「なんだ」

「もう、郷さんのことがあって、さっきの人体模型落とすような酷いことがあって、これ以上、刺激の強いこと、やめてください…」

 反吐が出そう。そんなか弱いキャラじゃねーだろ。

「いや、なんというか」

「先生、先生、ほんと、ワタシ、つらい…。さっきから気持ち悪くて吐きそうなんです」

 そういってえづく直己。嘘くせえ。

「大丈夫か。ちょっと隣の席だから悪いけど、伊村な、細田を保健室まで連れて行ってくれないか」

「…わかりました」

 そう言って優等生は直己の肩を持って教室から出ていった。けっ。

「他の者も気分が悪くなったりしたら、遠慮せず言うように。それで…どこまで話をしたか…」

 まだやんのかよ。わたしは足を組み替えた。

「このクラスの裏サイトについてです」

「そうだ。えー、実は先生は前から裏サイトの存在を知っていたんだけれど、取り立てて問題視はしていなかった。でもな、今日の書き込みの中に、看過できないような物があったんだ」

 ヤバい。怒りに任せて書き込んだのがまずかったのか? わたしはスマホを取り出して、もう一度裏サイトを表示した。

「カンカってなんですか?」

 正恵が質問している間、わたしは裏サイトの書き込みを思い返していた。

「殺害予告じみたものがあったんだ」

「ひっ」

 つぐが小さく悲鳴を上げた。殺害予告だって? そんな物騒なもんは書いてなかったと思うけど。わたしが書き込んだ後にも誰かが書いてたのか?

「いいか、ちょっと気分を悪くする者もいるかもしれないけれど、読み上げるぞ。…やってやるやってやるやってやるよ見とけよ。この書き込みが午前中の最後の書き込みだ。そして人体模型が落ちた」

「じゃあ山浦が書き込んだんだ!」

 思わず声を上げていた。だって、それなら辻褄が合うじゃんか。

「…あくまで可能性が高い、推測の話だ」

「推測で犯人扱いするんですか」

 サエはあくまで山浦をかばう。

「決まりじゃん」

 わたしは掃いて捨てるように言った。

「大事なのはな、この後なんだ」

「先生ソレどうやって見んの?」

 のりんが声を出した。

「わざわざ見なくてもいいぞ。今から読み上げる。…えーと、田口、お前の名前が出てくるからな」

「は? ワタシ?」

 なんだよ。何が書かれてるんだよ。

「えー、行くぞ。…田口もたまにはいいこと言うわ。ホント死ねば良かったのに」

 ひひひ。なかなか毒が効いてる。

「何だよそれ! ふざけんな! 誰だよ!」

 ヨシミは周りを睨みつけた。おーこわ。

「落ち着いてくれ。次にもうひとつ書き込みがあって終わってるんだが…読むぞ。…それじゃあまずあんたから殺してやるよ。特定したぞ」

「きゃああ!!」

 つぐが大きな悲鳴を上げた。なんだよ、殺人鬼が混じってんのかこのクラス。

「せんせーもうやめよう。怖いよ」

 たしかに。あとパン食いたいな。

「書き込みはここまでだ。俺だって全員を集めてこんなの読みたくなかったけどな、殺害予告があったらもう事件になるんだ」

 そういうもんなのか。わたしの書き込みは大丈夫だよな?

「じゃあ、今から犯人捜しをするんですか?」

 堀川、もうそんな話が広がるようなこと言うなよ。

「別に魔女狩りをするんじゃないんだ。ただ、起こるかもしれない事件を阻止したいだけなんだ。だからみんなには衝撃的だったかもしれないが、明らかにした。それで聞きたいんだが、この書き込みに心当たりはないか?」

 特定したやつ? されたやつ? わかんないな。

「まあ、自分が書き込んだとは名乗り出たりしないよな。じゃあ、その一つ前の書き込みのことが分かる者は?」

 なんだっけ、ヨシミのことをコスってたやつか。

「ジョーさー、すっげ気分悪いんだけど」

「保健室行くか?」

「そういうのじゃねーんだよ!」

「この発言に心当たりは?」

 ヨシミはキレ散らかしたまま、無言でそっぽを向いた。

「ヨシミちゃんごめん。先生、これは、さっきの体育館からの帰りの廊下での発言です」

 ジンさんがそう言った。体育館からの帰り…つぐと無言で歩いてて、そうか、サエがヨシミをビンタした時のか。

「ついさっきじゃないか。何があったんだ」

「もういいって!」

「山浦だけがいなかったから、人体模型を落としたのが山浦じゃね?って話になったら、ヨシミが言ったんす。ホントに死ねば良かったって」

 のりんがさっきは言ってくれなかった詳細を語った。ヨシミなら言いそうだなと思った。

「そしたら埋田さんが来て、ヨシミにビンタして」

「本当か埋田」

 サエを見ると、不貞腐れたような顔をしている。

「言いたくありません」

「しただろうがよ!」

 ヨシミが吠えて、教室が固まった。ジョーサンはわざとらしく咳払いをしてから言った。

「それでだな」

「ねえ先生、この書き込みした人は、あの場で、会話が聞こえる位置にいた人ですよね。私は離れたところ歩いていたから、埋田さんの言ったことしか聞こえなかったです」

 メガネは犯人探しするつもりだな。

「じゃあ、その時、田口の周りに誰がいたか、誰か覚えてるか?」

 ジョーサンの問いかけに、のりんやジンさん、少年が次々に答える。

「あたし、つだまる、やまち」

「私と、細田さんもいました」

「私とさっちんはいたし、他にも何人か歩いてたよ」

「私覚えてねーけど」

「おめーはパンのこと考えてたからだろ!」

 ぶーちゃんと少年のコントみたいなやりとりも、たまにイラッと来るんだよな。

「他にこの会話を聞いてたっていう者は?」

 ジョーサンが言うと、サエが手を上げた。

「せんせーさー、最後の書き込みしたやつを特定しないといけないんじゃないの?」

 わたしは疑問を口にしてみた。だって、それが犯人なんでしょ。

「それが難しいから、狙われそうな方を特定した方が防げるってことじゃない?」

 メガネがやれやれ、といった感じで噛み砕いて言う。むかつくな。

「ああ、そうだ。だから今、田口の発言を聞いていた者を探してるんだ」

「えーじゃあジンさんが殺されるかもしれないってこと?」

 ぶーちゃんが呑気に言うと、佐伯が叫んだ。

「嫌っ!」

 マジかよ。絶対ジンさんに気があるだろアイツ。

「好き勝手に発言するなー。いまこうやって全員集めているからそんなことはさせない」

「山浦が殺しに来るんでしょー?」

 全員いるから返り討ちにすりゃいいんだろ。

「黙れ!」

 わたしはジョーサンに怒鳴られてさすがに驚いた。つぐがシクシク泣いている。

「…悪い。ちょっと先生も初めての事態で焦ってる」

「三条先生。この、殺害予告をした人物は、郷さんも殺したって事は考えられないんですか?」

 堀川がまた面倒くさいことを言い出す。

「郷は自殺なんだ」

「何故そう言い切れるんですか?」

 堀川がしつこいから、ジョーサンはめんどくさそうだ。

「理由がない」

「理由なら、終業式の前の日に、郷さんのヘアピンがなくなる騒ぎがあったじゃないですか」

 サエまでジョーサンを責める。

「何それ。そんな話、初めて聞いた」

 意外そうに言う堀川。委員長なら全部の物事を把握していて当然、みたいな考えでいるらしいのがむかつく。しかしサトミもヘアピンがなくなったくらいで自殺するなんてイカレてるとは思ってたけど…殺されたのか?

「えっ、ヘアピンって…何? どゆこと?」

 正恵はあの時いなかったのか。

「終業式の前の日のね、4時間目の体育の後、サトミちゃんがね、ヘアピンがなくなったってパニックになったの」

 やまちが口を開いた。

「初めて聞いたんだけど。えっ、みんな知ってたん!?」

 正恵がそう言うと、正恵と同じ写真部の月山が言った。

「私も知らなかった」

「その時教室に残ってた者だけが知っていることだ」

 そう、あれはサトミに口止めされてたんだ。

「ちょっとワタシも知らないんだけど!」

 ヨシミが大声で言う。

「あのね、サトミちゃんが、あの日休んでたヨシミちゃんには黙っててって、何回も言うから、みんな言えなかったんだよ」

 やまちはヨシミの調子にビビりながら言った。

「じゃあ、郷さんそれが理由で自殺したわけ!? 盗まれたってこと?」

 正恵はちょっと黙ってろよな。

「落ち着けって。みんなも知ってるように、次の日の朝に大和が、郷を発見して俺に知らせてくれた。それで警察を呼んで遺体を調べたら、制服のポケットにヘアピンが入っていたのが分かったんだ。それは葬式の時に、田口にも確認してもらったよな?」

 そうジョーサンが言うと、正恵はいきなりデカいカメラを取り出していじくり始めた。

「だからいきなり聞いてきたのか…」

 少なくとも、ヨシミは無関係だよな。

「え。っていうことは、盗まれてなかったってことですか?」

 もじゃもじゃが言う。あんだけヘアピンが無いっつって騒いでポケットにあったんだから、こっ恥ずかしくなって死んじゃったんじゃねーの?

「だからな、みんなに面談で話を聞いたけれど、いじめがあったわけじゃない。郷の遺書が残っているわけでもないから理由は分からないけれど、ヘアピンを盗まれたのが理由じゃないってことは、確かだ。ご家庭の事情のことまでは踏み込めないけれど、それが理由なんじゃないのか」

 もうなんでもいいよ。さすがに腹へったわ。

「せんせーこのホームルームいつ終わる? もう腹がぺっこぺこなんだけど!」

 ぶーちゃんも同意見か。

「もうちょっと我慢しろ。まだ5時間目の最初だろ」

「もーむりー」

「みんな協力してくれ。そしたら早く終われる。他に何か、思い当たることはないか?」

 ねーよもう。

「サトミのこと?」

 のりんも話広げなくていいよ。

「いや、書き込みのことだ」

「先生。あの」

 隣でつだまるが口を開いた。

「なんだ、津田?」

「さっき、体育館の裏で、猫が死んでて…」

「それ何の関係があんだよ」

 わたしはウンザリして言った。けれどそれを遮るように、のりんが口を開いた。

「あたしも一緒だったけど、猫が殺されてたっぽい」

 堀川が振り向いて言った。

「どうして分かるの?」

「誰かが猫を拾ってきて、体育館の裏に段ボールで家を作って飼いだしたの。で、みんなで餌をやったりしてたから」

 つだまるはボソボソと言う。

「ちょっとそれ顧問の先生が許可したの?」

 そこかよ、堀川。同じことを思ったらしいのりんが言う。

「今そんな話じゃないっしょ委員長。その猫が、変な物食べさせられて死んでたのを、さっきあたしとつだまるで見つけたの」

「それはいつの話だ?」

「昼休みの前」

 わたしがヨシミにキレられてた時、のりんとつだまるはそんなモン見つけてたのか。

「昨日の放課後は猫ちゃん元気にしてたのに…」

 つだまるは泣きそうな声で言う。

「だからさあ、猫と殺害予告と何の関係が」

 わたしはどうでもいい話でホームルームを長引かせないで欲しいとだけ思って言った。

「あのね、猫を殺した人間って、だいたい次に人間を狙うの」

 メガネが諭すように言うと、つぐが泣き崩れた。

「もうやめてよぉぉぉぉ」

 少し間をおいて、曽根が声を出した。

「待って、体育館の裏?」

「うん、バスケ部の部室の裏」

 つだまるは半べそだ。

「…あの、何の確証もない、ただ見かけただけの情報でもいいんですか?」

 曽根はジョーサンに向かって尋ねた。

「それは聞いて判断する」

「朝に、体育館裏から伊村さんが一人で歩いてくるの見たんです」

 伊村?

「伊村は弓道部だろう? 部室から出てきたんじゃないのか?」

「だって私、弓道部の部室から出てきて見かけたんです」

 何だそれ。伊村が猫を殺したかもしれないってこと?

「先生さー。この写真、おかしくない?」

 ずっとカメラをいじっていた正恵が声を上げた。

「何か撮ってあるのか?」

「私、卒業式前日の、体育の授業の前に、適当に写真撮ってたんだけど」

 そう言って正恵は教卓まで歩いていった。ヨシミとサエも気になるのか、席を立って見に行った。

「…なんだこれは」

「だから体育の前だって。ナオがヘアピンをポケットに入れる所が写ってるんだけど、これサトミちゃんの机なんだよ。私も今朝、栗原がこの写真をパソコンに表示するまで気がつかなかった」

 どゆこと? 写真見に行けば良かったかな。

「ナオがやってんじゃん!」

「盗んでたんだ!」

 直己がサトミのヘアピン盗んだ瞬間を撮ってたのか。でも、じゃあポケットに入ってたってのは何なんだ?

「…いや、でも、首吊った時のポケットには、入っていたんだぞ? 何かの間違いだろ」

 ジョーサンは冷静に言う。

「先生。郷さんの遺体の第一発見者なんですけれど、大和さんだけじゃないでしょう」

 メガネはどこまで気づいているんだ。まるで探偵気取りで言い出した。

「…何を言ってるんだ?」

「ねえ、そうなんでしょ?」

 そう言ってメガネはやまちを見た。

「…ハァ。そう。わたし、終業式の朝、下駄箱で出会ったナオと一緒に教室に入ったんで、ふたりでサトミちゃんを見つけたんです」

 やまちが諦めたように言った。

「おい! なんでそんな大事なこと黙ってたんだ!」

 取り乱すジョーサン。

「あんただってヘアピンのこと黙ってただろ!」

 ヨシミがまた大きな声を出した。

「うるせえっ!」

 ジョーサンは怒鳴った。情けない姿だ。

「先生。怒鳴るのはやめてください。それで大和さん、だったら終業式の朝、あなたが先生に知らせに行っている間、細田さんはどうしてたの?」

 堀川は落ち着いてやまちに尋ねた。

「え、考えたことなかったけど…。なんか、わたしの手柄にしたらいいじゃんって言うから、わたしが先生に知らせに行って、先生と戻ってきた後に、初めて見る感じでナオが教室に入ってきた」

 何だそれ、直己が怪しくね?

「…つまり、大和さんが先生に知らせに行っている間に、細田さんは前の日に盗んだヘアピンを、郷さんの遺体のポケットに戻すことだって出来たわけですよね?」

 メガネ探偵が推理を述べた。

「じゃーナオがサトミ殺したってことじゃん!」

 わたしはビックリして声にしていた。

「さっきからうるせーんだよおめーはよ! じゃあなんでワタシがサトミを殺したって噂をあんたが流したことになってんだよ!」

 突然ヨシミがキレきて、慌てた。

「だからそれは、ナオがわたしのせいにしたんだって」

「証拠があんのかよ!」

 ヤバい。怖いよ。

「あの、証拠なら、保存しております」

 オタク1号がなんか言った。

「…は? なんであんたが出てくんだよ」

 ヨシミはものすごい顔で1号を睨みつけた。1号、何か証拠があんのか?

「す、すみませぬ」

 おい、怯むな、助けろ。

「証拠ってなに? 教えてよ」

 わたしはがんばって穏やかに尋ねた。

「は。ええと、今日の1時間目のあとに、拙者、雪隠へ赴いたのですが…」

「さっちん?」

「パン食いてー!」

 少年とぶーちゃんのミニコント。こっちは必死なんだ。やかましいから叱りつけた。

「うるさい! そんで?」

「ええと、個室の中で、たまたま、たまたまなんですが、私、音声を録音できるアプリを作動させまして…」

「ちょっとコイツ何言ってるかわかんねーんだけど」

 ヨシミは呆れている。いや、大事だよ。わたしが潔白だって証拠なんだろ?

「誰かの会話を録音したってこと?」

「さよう。これをお聞きください」

 そしてオタク1号は取り出したスマホを操り、録音された音声を再生してみせた。

「サトミちゃんのことでしょー?」

 1号のスマホから、直己の甲高い声が聞こえてきた。

「なんかいずみちゃんが言うには、ヨシミが犯人とかって噂があるらしいよ? 怖くない? 信じられなくない?」

 やっぱりクソだな直己。わたしは思わず大きな声で言った。

「これだ! これだよ、わたしが朝、ナオに変な質問されて、答えたんだ」

 ヨシミの疑いを晴らせられる、でかした1号。

「おいメガネてめー、これ、ホントだろうな?」

 ヨシミは詰め寄る。

「さ、さすがに細田氏の音声合成するアプリはありませぬ」

 それに、コイツにそんなことする理由、ないもんな。なんでピンポイントで録音してたかってのはともかく。

「ナオがイズミンのせいにしようとしてたのは分かったよ。でも、なんでそんなことしたんだ?」

 のりんが、当然な疑問を口にした。

「細田さんが、自分への疑いを反らしたかったんじゃ、ない…かな?」

 メガネ探偵が推測する。なるほど、だとすると。

「っていうことは、サトミちゃんが死んだのは、細田のせい?」

 サエが、おそらくみんなが思ったことを口にした。

「静かに。仮にそうだとしよう。俺がいま問題にしているのは、裏サイトで殺害予告がされたことだ」

 スマホで裏サイトの書き込みを読んでいたらしいつだまるが言った。

「先生、この、ヨシミについて書き込んだのって、ナオなんじゃない?」

 わたしもスマホでログを読み返しながら、さっきから頭にチラチラあった思いを口にした。

「ありうる。つーかさー、このログ読み返してると、明らかにナオの書き込みって、分かるよね」

「あたし何が書いてあんのかわかんねーから説明してくんねー?」

 のりんはホント、デジタル弱ぇーからなあ。

「ログを見ると、サトミの自殺の後から、やたらそれを茶化すような書き込みがあって、それがナオだと仮定すると、異常にしっくりくる」

「じゃあ、最後の書き込みの特定したっていうのは、細田さんだと特定したってこと…」

 メガネがぽつりと言った。

「狙われるのは、細田ってことか!」

「先生! 伊村さんが細田さんを保健室に連れて行って、どれくらい経ちますか!」

 堀川がそう言うや否や、メガネとジンさん、佐伯が教室を出ていった。これって教室を出るチャンス? と思うと同時にのりんが立ち上がったから、わたしとやまちも席を立った。ついでに隣の席のつだまるの手を掴んだら、ぱっと払われた。何だコイツ。せっかくこの場から連れ出そうとしてやったのに。わたしは教室を出ていくのりんを追いかけた。

「パン買いに行こう」

 教室を出ると、のりんは振り向いて言った。やっぱり同じこと考えてたんだな。

「もちろん!」

「のりん、さすが~」

 やまちものりんを褒めた。それで探偵気取りたちの駆けていったのとは逆方向に歩きだした。まだ1年も3年もホームルームを続けているみたいで、わたしたち以外には廊下を歩いている生徒がいない。階段を降りて正門近くのいつもの場所へ行くと、ハセベのマークの入ったバンが停まっていた。

「おばちゃん、フィッシュカツは?」

 のりんがバンの中にいるおばちゃんに声をかける。おばちゃんは今日の騒ぎなんて何も知らないみたいで、いつもの調子でこう返した。

「あー、さっき三条先生が買っていったので最後なのー」

「ヤロー、いつの間に」

 そんな時間あったっけ?

「さっきのホームルームのとき、紙袋持って入ってきたもんね」

 やまちはよく細かいところ見てるな。

「じゃあ、焼きそばパンで」

 パンをじろじろ見ていたのりんは、焼きそばパンを1つ取っておばちゃんに差し出した。

「わ、炭水化物」

 やまちがぼそりと言う。

「なに、あんたダイエットしてんの?」

「してないけどぉー、気にはなるというか」

 ガキみたいなツラしてるくせに色気づきやがって。

「わたしメロンパンにしーよお」

 メロンパンをひとつ掴むとおばちゃんへ手渡した。やまちはサンドイッチを買っていた。

 わたしたちは体育館の方を避けて、グラウンド脇のベンチへ座ってパンを食べることにした。

「結局、サトミは何で死んじゃったの?」

 焼きそばパンを食べながら、のりんが言った。

「わたしに分かるわけねーじゃん。別にあの子とそこまで仲良かったわけでもないからよく知らないもん」

 わたしはぶっきらぼうに答える。

「サトミちゃん、誰が仲良かったんだっけ?」

 やまちは話を続けるつもりらしい。

「ヨシミ。あと山浦と埋田?」

 のりんは空を見上げながらそう言った。

「いじめとかないよね」

 やまちが不安そうに言って、わたしはため息まじりに言った。

「ねーよ。家の事情か、進路の悩みじゃねーの?」

「何部だったっけ?」

「サトミ? 演劇部じゃなかったっけ」

 もうサトミのことを考えたくない。なんでこのふたりは教室を出てきてまでそんな話をするんだ。

「なんで今さらサトミのことそんな考えてんだよ」

「いや考えちゃうっしょ、さすがに」

「のりんまで、つだまるみたいに自分を責めてんの?」

「あんたはちっとも悪かったとか思ってないのかよ」

 のりんに言い返されて、戸惑ってしまった。

「いや、言い過ぎたなーとは思うけど、まさか死ぬとか思わないじゃん」

「誰も思ってなかったよね」

 わたしの苦し紛れの言葉も、やまちにバッサリ切られてしまった。わたしは黙ってメロンパンをかじる。サトミが自殺しちゃった前の日のこと、後悔してないって言ったら嘘になる。だけどみんながずっと沈んだままだったら、それが日常になってしまうじゃないか。わたしはそれが嫌なんだ。

「人が死ぬときって、そんな感じなのかね」

 のりんは焼きそばパンを食べ終えると呟いた。

「ナオ、大丈夫かな…」

 のりんもしみじみ言う。わたしだけでも明るくしていないとダメな気がしてくる。励ますつもりで言った。

「大丈夫っしょ。何人も走っていったんだし」

 そう喋っていた声に被さるように、体育館の方から悲鳴が聞こえた。

「大丈夫じゃねーだろ」

 のりんが立ち上がる。

「待って!」

 やまちもサンドイッチを口に突っ込むと立ち上がって、のりんとふたりで体育館の方へ走っていってしまった。

「なんなんだよもう」

 独り言を言うと、メロンパンの最後の一切れを口に突っ込みながら考えた。今更行ってどうにかなるのか。大人に任せてればいいじゃないか。そもそも直己が悪いんだ。わたしに濡れ衣を着せようとしたし、裏サイトで煽ってたのもアイツなんだし。

 1月のグラウンドに吹き付ける風は冷たい。ひとりでここに座っていてもしょうがないし、かと言って今更のりんの後を追うのもバカみたいだし、教室へ戻ることにした。直己のことはどうでもいいけど、つだまるが平気なのかは少し気になった。

「イズミンどしたんー?」

 教室棟へ向かって歩いていると、正恵が声をかけてきた。

「おー。パン食べた?」

 話せる相手でほっとした。ひとりであれこれ考えてたら、暗いことばっかり考えてしまうから。

「うん。今食べた」

「あたしも今食べて、のりんとやまちは悲鳴聞いて走ってったけど、私は興味ねーし」

「うん」

「あんたは?」

「まあ、同じような感じ。イズミンはどこ行くの?」

「とりあえず、教室戻ろうかなって」

「じゃ、私も戻る」

 そう言って正恵はわたしの隣に並んで歩き始めた。

「ってーか、あんたはナオの現場、見に行かなくていいの?」

「なんか、幸せそうじゃない場面、見たくないんだよね」

 正恵はサバサバと言った。

「わはは。確かに幸せじゃーなさそう」

 冷たいと言われるかもしれないけれど、正恵のそういう所は嫌いじゃない。わたしと同じような気持ちの奴がいて安心したし、嬉しかった。

 校舎に入ると、タイラーもうひとりが、逆方向へ走っていった。

「いまから行くのかよ」

 わたしは思わず毒づく。

「うーん、なんか別の用事じゃないの?」

「興味ねー」

 そう言い捨てて歩き出すと、なんだかメンソールの煙草を吸ったときみたいな感覚を覚えた。何だ今のと考えつつも、それを正恵に言っても変な奴と思われるだけだろうから黙っていた。それで階段を上がって教室の前に立ち、ドアをガラリと開けたら異様な光景が広がっていた。教室に残ってたやつらが井上を囲むように立って、ヨシミとつだまるが井上に抱きついてわんわん泣いていた。わたしは素朴な疑問を口にした。

「アンタたちさぁ、そんなに仲良しだったっけ?」


「つだまるー。あんた部活は?」

 終業式が終わって、明日から春休みで、スポーツ部は県予選が始まる頃だろうに、つだまるは帰る用意でわたしとのりんについてきた。

「終業式くらい遊んだっていいじゃん」

 のりんは呆れながら言う。

「ジンさん怒るだろ」

「そーだそーだ」

「ジンさん最近丸くなった感じ」

「はあ?」

「ノリカと楽しそうにやってるよ」

「なんだそれ。あの二人デキてんの?」

 わたしはそう言いながら、最近のジンさんは妙に大人っぽくなったなあと思い返していた。

「えー、まさか」

 つだまるはさすがに否定する。

「ノリカって?」

 のりんが尋ねるので答えた。

「佐伯」

「あー、あいつか」

 つだまると同じバスケ部のおとなしいやつくらいのイメージしか持っていないので、それ以上話は広がらない。

「ヨシミは?」

 今度はつだまるが尋ねてきた。

「今日も勉強するんだってよ」

 さっき、放課後に遊びに行こうと誘ったけれど、図書館へ行くと断られたんだった。

「うっそ。あんな勉強嫌いだったのに」

「1月の騒ぎの後から、ずっとだよ」

 のりんも素っ気なく言う。

「えー、知らなかった」

 つだまるは普段はバスケ部で忙しいから、あんまり気づいてなかったんだな。

「夢ができたんだってさ」

「どんな?」

「イギリス行くんだって」

「何しに?」

「それが教えてくれねーの」

 何かきっかけがあったんだろうけど、ヨシミが何も教えてくれないから答えようがない。

「なんか…焦るね…」

 つだまるが言った。

「何が」

「進路」

「ああ…」

 3年にもなって、進路を明確にしていないのなんて、わたしたちくらいなんじゃないだろうか。つだまるは附属大へ行ってバスケを続けることはできるんだろうけど。のりんはどうするつもりだろう。わたしもいまいち将来のことが考えられなかった。来年には進路を決めて卒業していなきゃいけないんだけど、どうするんだろうな。他のふたりも同じことを思ったのか、無言でしばらく廊下を歩いていた。

「マクガ行かねー?」

 話題を変えたかったのか、のりんがバイトしているマクガフィンズ・ハンバーガーの名前を挙げた。わたしはあそこのゲテモノな味を思い出して少しウンザリして言った。

「またー?」

前の時間


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