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僕の心はなんだかポッと温かい

3月に口の手術を受け、僕はしばらく特別食しか食べられなかった。
口腔外科のミラクルな装具をつけることで5月からまた普通食が摂れるようになったのだが、そこまでの2か月、それは深い失意のどん底にいた。

退院してちょうど1週間後、こんな記事をあげている。

退院後初めての診察でカフェインの許可が出て、僕は嬉しくなってさっそく喫茶店に足を運び、解禁の1杯をゆっくりと味わったのだ。
何の変哲もないハウスブレンドなのに、こんなにうまいものがこの世にあったのかと思うほどに染み入るコーヒーだった。
細胞に、神経に、そして心に染みる。

コーヒーを淹れてくれたのは、僕と同じ苗字のスタッフだった。

久しぶりにその喫茶店を訪れた。
その日以来だ。
同じ苗字のあのスタッフに、元気になったことを伝えられたらな。

あの日と同じ席に座る。
カウンターが直角に折れた角の席。
ハンドドリップの妙技を間近に見られるその席が好きなのだ。

店の大きさのわりにやたらスタッフが多いような…
本部から人事が来ているのか、隅の席で一人ずつ面談をしている。
それでおそらく全員出勤の日なのだろう。
これではそのスタッフと話すことはできないかもしれない。
来る日を間違えたなと沈んだ。

しばらくしてカウンターの向こうをスタッフがすっと近づいてきた。
顔を上げると、苗字が同じそのスタッフだ。
なんという偶然、こんな奇跡があるものか。
僕は彼女にオーダーし、そして彼女がコーヒーを淹れてくれた。
彼女はどうやら僕のことは覚えていないようだ。

「いただきます」
少しずつ口に含み、ゆっくりと胃に落としていく。
今日のコーヒーも、あの日に負けず劣らずおいしい。

昼時に差しかかり、次々入るサンドイッチのオーダー。
僕は、てんてこ舞いで奮闘する彼女の背中を静かにじっと見つめた。

身体に違和感を覚えた昨年12月から数えれば丸1年。
あちこち病院を変えながら検査に奔走し、3月に入院そして手術、絶望を乗り越えて5月にふつうのものを食べられるようになり、うまく喋る練習をしながらここまで――
そんな苦難が走馬灯のように…いやいや、まだ回してはいけない。

最後の一口を飲み干し、席を立つ。
「ごちそうさま」
忙しい手を止め、彼女がこちらに向き直る。
「ありがとうございます」
「…春頃に来て、同じ苗字ですねと――」
彼女が漫画のように目を見開く。
「あ! 覚えてます! あの時の!」
「あの時は退院直後だったけど、元気になったから久々に来てみたんです」
「わぁ、それはよかったです」
「また来ますね」
「お待ちしています」

話したのはたったそれだけだ。
でも僕の心はなんだかポッと温かい。

また次は半年後かな。

(2023/11/28記)

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