明日、そして未来を僕も信じる
3月の末、僕が編集のお手伝いをした本が誕生した。
リスさんの『大吉』だ。
そのことはこちらの記事に詳しいのでぜひお読みいただけると嬉しい。
そちらにも書いたように、著者のリスさんは難病と闘われている。
余命10年——僕には正直その重みを実感として感じることはできない。
しかし想像してみることはかろうじてできる。
きっと10年を大切に生き、その間の医療の進歩を信じ、未来を信じ…
おそらくリスさんはそう考え、表紙にこの画像を選ばれたのだろうと。
希望の一書だ。
*
昨年12月、リスさんから最初にいただいたオーダーは、娘のために形に残したい、というものだった。
——ならやっぱり紙の本ですか?
「いえ、電子版もずっと残りますよね」とリスさん。
たしかに、大災害が起きても残るのはむしろ電子版のほうともいえる。
——ではkindleで作りましょう。
そうして3月末、『大吉』はkindleに並んだ。
*
それから2か月経った5月、リスさんからメッセージが届いた。
「悩みに悩んだ結果、『大吉』の文庫版を作ろうと思ってます」
おぉぉ、希望の一書が紙になる日が来る!
僕は歓喜した。
リスさんに伺うと、娘さんや知り合いに渡したいだけだから一般流通しなくてよいというものだった。
そうなればさらに制作の自由度が増す。
それからは早かった。
6月末、文庫版『大吉』完成。
制作部数、10部。
僕は、自分がお手伝いした本はすべて購入することにしているが、本書は流通しない形で作ったために、実物を見ることができない。
——仕上がりはどうですか? 満足いくものに仕上がっていますか?
不安で矢継ぎ早に確認を入れてしまう。
「大満足です。実際に手に取ると、本当に本を出版したんだなと思います」
あぁ、よかった。
それから数日後、こんなメッセージが届いた。
「1冊をへんいち文庫にいれたくて、へんいちさんに持っててもらおうと思ったんですけど」
なんと! こんなに嬉しいことある?
そして昨日、手許に届いた。
わぁ、カバーつきの本はやはり質感があってよい。
僕はデザイナーではないので装幀は専門外だけど、リスさんはそれでもいいからとkindle版に続いて表紙を任せてくださった。
正直、見る人が見ればどうなん…と思われるだろうけど、僕はリスさんからいただいた「大満足」の言葉を信じる。
ぱらぱらっと中面を繰ると、紙質も思っていたよりずっといい。
ただ写真は少し潰れぎみでそこは残念…
ゲラ(校正刷り)のないデマンド印刷の限界かもしれない。
で、最終ページの奥付を確認する。
よし、書名、著者名、日付に誤りなし。
…ん? カバーを折り返した裏に何かがある。
え? 文字のようだ。
いったい何?
見返しにミスで印刷が入ってしまった?
恐る恐るカバーをめくってみたら…
そこには愛があった。
少し震えた筆跡は、病を押して書かれたからか。
でも大きくしっかりと書かれた字には「生」のエネルギーが漲っている。
泣いた。
本当に泣いた。
ご自身のことで大変だと思うのに、人に勇気と希望を分け与えるって、なんてすごい人なのだろうと、泣いた。
kindle版も含め、半年にわたる編集作業でリスさんと二人三脚で走った。
リスさんの体調が優れないときは、2人で立ち止まり、ゆっくり休憩。
他の選手が今どこを走っているかなんて気にしない。
いけるよ!の合図をもらえば、またゆっくり2人で走り出す。
そうやってたどり着いたゴールに、このサイン本のプレゼント。
これ以上の編集者冥利というものはこの世にない。
リスさん、ありがとう。
未来を見続けるリスさんに、どれほど励まされていることか。
そんなリスさんとごいっしょできたこと、編集者として誇りであり、大きな勲章だ。
リスさんの今日を心から応援し、明日、そして未来を僕も信じる。
(2024/7/7記)
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