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ウワバミのように顎をはずしながらかぶりつくだけ

離れて暮らす息子と娘が、春休みの帰省の相談をしてきた。
そうか、もうすぐ春なんか。
小中高の夏休みに引けを取らない、大学生の春休みの長さ。
もしかするともう休みに入っているのかもしれない。

息子も娘も、今からおよそ1か月後の同じ日に帰ってくるという。
奇遇かと思ったが、その日は下の息子の高校受験の日。
受験が終わるまでは環境を変えないでおこうという配慮らしく、優しい。

すぐに帰ってこない理由はほかにバイト、旅行などあるようだけど。
もう一つ、昨年の夏休みに娘も嘆いていた「冷蔵庫の片づけ」問題もある。

一人暮らしをしていると、半端な肉や野菜が次第に冷蔵庫に溜まっていく。
それを長期不在に向けて計画的に減らしていくのはなかなか至難の業だ。
よしんばうまく減らせたとて、使いかけの調味料のためだけに冷蔵庫を運転させるムダを考えると、それすらも片づけたくなる。

***

今から30年ほど前、うだるような真夏の京都で、冷蔵庫を半開きにして中を恨めしそうに見つめ、唸り声をあげる青年がいた。
何を隠そう、僕だ。

楽しい楽しいサークルの夏合宿を終えて夜行バスで下宿に戻ったばかり。
河口湖畔での5日間ほどのテニス、最終日になぜか富士急ハイランドではなく東京ディズニーランドに行って、とても楽しかったな。
…の気分がまさにかき消されようとしていた。

冷蔵庫の中には、レタスが丸玉1個、半分ほど使いかけのマヨネーズ。
ただそれだけが鎮座している。
しかしすぐ下宿を出て神戸の実家に帰らなければならない。
かわいい中学生の家庭教師を神戸で受け持つことになっていたからだ。

1か月は戻ってこないから、できれば冷蔵庫の電源を落として帰りたい。
レタスとマヨネーズくらい処分しても数百円くらいの損失だろうけど、貧乏学生に食品を廃棄するなどの選択肢が浮かぶはずもない。
でも時間が迫る。

意を決した。

レタスをバキッと半分に割る。
断面にツナ缶を広げ、マヨネーズをありえんほど、とぐろ巻いてかける。
半分に割ったから、同じのが2個できる。
かくしてマヨネーズは搾り尽くされた!
もう後戻りはできないとばかりに冷蔵庫の電源を切り、退路を断つ。

あとはウワバミのように顎をはずしながらかぶりつくだけだ。
口の周りをマヨネーズとツナ缶の油でベタベタにしながらウワバんだ。
半個平らげ、また半個、ついに食べきった。
うまいのは間違いないが、確実に途中で飽きる量と味。

――って苦労があったんよ。
下の息子の、大学生活への憧れを膨らませようと語ってみた。

「あ、もう5回くらい聞いた」

はぁ、そうですか。

(2022/2/13記)

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