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記憶の中だけにあるパリの情景 (1)

「ドーバーを越えて、朝パリに着く」で書いたように、1988年に初めてパリに行った。
その後は1996年に、パリに在住していた元の職場の同僚と一緒に、北イタリアを観光してから滞在したのが二度目。

残念ながら、どちらも人様に見せられるほどの写真はほとんど撮っていない。そのかわり、自分の記憶の中だけに残っている美しい場面がいくつかある。

初めての時は、ヨーロッパ最後の滞在地でもあったので、もうこれ以上荷物を持って移動しなくていいんだ、というなんともいえない安堵感があった。
荷物を持って移動して、次の街に着いてから宿を探す、という行動が
楽しくもあり、予想以上に疲れることでもあったので、次に荷物を持って宿を出るのは、帰国のために空港に向かう時だということが、気持ちを楽にしていたと思う。

友人が疲れて午前中はホテルで寝ているということになり、私は一人で散歩に出ることにした。
ホテルはカルチェラタンにある安宿で、セーヌ川とノートルダム寺院のすぐ近くだった。

フランス革命の時に、革命家が幽閉された建物がチュイルリー公園にあり、そこにぜひ行ってみようと思って、川沿いに歩いていると、ある橋のそばで、西洋人の男性2人組にシャッターを押してほしいと声をかけられた。

橋の上に立ち、グレーに霞むノートルダム大聖堂をバックにした2人を
ファインダー越しに見たとき、映画のように美しい画で、一瞬息が止まった。
淡いグレーの曇り空に大聖堂が溶け込んで、素晴らしい空気感だった。

彼らは笑顔で「Thank you! 」と言ってくれたけど、
とっさに言葉が出てこなくて、にっこり笑うことしかできなかった。

あの時のカメラはもちろんフィルムカメラだけど、ちゃんとブレずに撮れていただろうか。できることなら見てみたかった。
でも、三十年近くたった今でも、ファインダー越しの情景は、記憶のなかに美しく刻まれている。

photo: KAORI K. (photofran)  paris 1988

書くこと、描くこと、撮ることで表現し続けたいと思います。サポートいただけましたなら、自分を豊かにしてさらに循環させていけるよう、大切に使わせていただきます。