見出し画像

なぜ創業するのか? そして、本を読むこと。

こんにちは。

荻窪に6月に開店予定の「本で旅する Via」と申します。
前回は思わず、出店までの経緯をお書きしました。今回は、なぜ、(この時期に)創業しようと思ったのか、について書いてみようと思います。

これは融資を受ける際に、日本政策金融公庫(日本公庫)から聞かれると言われていた質問です。

出店するには、物件、店によりけりですが、けっこうな額の資金が必要になります。それを補うために、比較的利息の低い創業融資制度がある、日本公庫からお金を借りることにしました。しかし大金を融資してもらうにあたっては、面談を受け審査を経なければなりません。融資を期日までに得られなければ、内装工事も何もかも、予定がくるってきます。なにせ初めて経験することで、スムーズに融資を受けられるよう、日本公庫や東京商工会議所、東京よろず支援拠点に手当たり次第、事前相談をしました。

そのなかで、この時期になぜ創業しようと思ったか、聞かれるよと伺ったので、これは答えられるようにしとかなきゃな、と用意していたのです。

往々にしてあることですが、結果、面談の際に聞かれることはなかったのですが、あらためてその問いについての答えを整理する、よいきっかけを与えてもらいました。

そうでなくとも、厳しい商売の世界なのに、さらにこのご時世、飲食業に順風が吹いているわけではありません。そのなかでなぜ、というのは、まっとうな問いです。

ところが、です。

前回お書きしましたが、その最たる答えは、「やってみたいから」になってしまいます。

むろん、この回答では、融資もままなりません。

もう少し、自身の中を探っていくことになりました。

まず大きかったのは、わたくしごととして、その、やりたいと思えること、前回ふれたように、「読書のための空間」をお客様に提供し、その報酬をいただく、という店のスタイルに出会えたことです。

第二に、自身を取り巻く環境が大きく変わったことが挙げられます。わたしは旅行会社に長年勤務していますが、勤務先がおもに取り扱っていたのは、海外旅行です。新型コロナウィルス感染症の拡大は、それを100パーセント失わせました。勤務先は国内旅行に舵を大きく切り、お客様にも支えられて幸い今も存続し、今後も発展していくでしょうが、安穏な道が用意されているわけではありません。

実は、新型コロナウイルスが猛威を振るう直前、2019年は、旅行業界、とりわけ海外旅行をなりわいとする人々にとっては、なかなか達成することのできなかった、邦人の海外渡航者数2000万人を記録した記念すべき年だったのです。

それが一変しました。世界は何が起こるかわからない、を肌身で実感し、自ら立つことをうながしもした出来事でした。

第三に、身の回りからもっと半径を大きくして考えたとき、長年携わってきた日本人の海外旅行にも思いがめぐりました。ようやく海外旅行再開の兆しが見え始めた昨今ですが、日本人の海外渡航が2019年レベルの規模を取り戻すには、相当な時間がかかるでしょう。

長期的に現在の円安傾向が続いていくのかわかるものではありませんが、海外旅行の追い風にはならず、ロシアによるウクライナ軍事侵攻はローカルなものではなく、世界情勢を不安にしています。日本経済は長らく停滞し、人口は減少の一途をたどり、高齢化も進むばかりです。ひょっとすると、日本人の海外旅行市場は2019年のレベルに達することは、もはやこの先ないのではないか、とも思うのです。

日本人の海外旅行の機会はコロナ前から相対的に減少し、若い人には顕著にそれが現れるでしょう。

海外旅行で経験する異郷、異文化との出会いは楽しかったり、驚いたり、苦い思いをしたり、世界は多様な人々や社会、文化に彩られていることを直に感じられる機会です。

他方でわたしはこれまで、海外旅行はもとより、海外の国々の歴史や文化、社会について多くのことを、本を通じて学び、知ってきました。

世には、海外について書かれた、それはほんとうに多くの本があり、志ある方々のおかげで、海外文学の翻訳書がたくさん存在します。たとえ海外旅行に出かける機会が減ったとしても、それらを通じて、異郷や異国の文化に気軽に出会う場所を作ることができれば、という思いがあるのです。

「本で旅する Via」では、お客様にお好きな本をお持ち込みいただいてお読みいただける読書するための居場所ですが、世界中の歴史や文化を紹介した本や海外文学を中心とした書籍を並べて、お客様に自由に手に取り、お読みいただけるようにもしようとしています。

昨今では電子書籍をお読みになる方も増えていますし、わたし自身もそうですが、デジタルデバイスで、文字情報を日々読むことが多い方がほとんどでしょう。

弊店では、もちろんスマホやタブレットで、〝本〟をお読みいただいてもなんらかまいませんが、つかの間デジタルの文字情報から離れて、お客様自身が「紙の本」をお読みいただく場所と限定してご利用いただいてもいいのではないか、とも思っています。

昨今、映画を早送りで見る人もいるようですが、『デジタルで読む脳 x 紙の本で読む−「深い読み」ができるバイリテラシー脳を育てる』(メアリアン・ウルフ著、太田直子訳、インターシフト)によると、デジタルデバイスでは文字情報を斜め読み、飛ばし読みする傾向があることを指摘しています。

ウェブ上に情報は大量にあり、それも次々生み出されるので、それを消費しようとすると、よく読みもせず、理解もせず、さっと斜め読み、飛ばし読みで済ませ、また狭い画面上で、短文で即答することを日々年々繰り返していては、読むことの忍耐力を低下させ、思考力も言語力も減退してしまう。分析、批判する能力は育ちづらく、裏付けのない情報やフェイクニュースを信じてしまう……。

さらに本書が紹介するところによると、MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究で、過去20年間で若者たちの共感が40パーセント低下し、しかもこの10年で最も急激に低下しているそうです(アメリカでの本書の発行は2018年)。

「他人の視点に立ち、その気持ちになる行為」すなわち共感は、(言い切るのであれば「紙の本」の)「深い読み」によって、もたらされることが本書に書かれています。

引用します。

私たちはフィクションを読むとき、知り合いであることを想像さえできないような人を含めて、別の人の意識を脳は積極的にシミュレーションしています。そのおかげで私たちはしばらくのあいだ、別の人であるとは本当のところどういう意味なのかを、試してみることができるのです。(74p)

『デジタルで読む脳 x 紙の本で読む−「深い読み」ができるバイリテラシー脳を育てる』

共感とは、他者に対して思いやりをもつことだけではありません。その重要性はさらに先を行くのです。なぜなら、共感は他者を掘り下げて理解することでもあり、異なる文化どうしのつながりが強まっている世界で欠かせないスキルだからです。(71p)

『デジタルで読む脳 x 紙の本で読む−「深い読み」ができるバイリテラシー脳を育てる』

現代文化において、この読む生活への自由な没頭が脅かされるおそれがあることを、懸念し始めている人が社会には増えつつあります。この喪失に対する個人的関心について、私を取材したNPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)のチームもそうです。本によってつくられた世界と、そこに住む「友だち」の生活や気持ちに入り込む認知忍耐力をだんだん失えば、多くのことが失われます。動画や映画もその一端を担えるのはすばらしいことですが、本の世界でしっかり表現された他者の思考に入り込むことで可能になるものとは、没頭の質にちがいがあります。自分とまったく異なる人の考えや気持ちに出会うことがなく、それを理解するようにならない若い読み手はどうなるのでしょう? 自分の知らない同類でない人々への共感を失いはじめたら、年輩の読み手たちはどうなるのでしょう? ただの無知から不安、そして誤解へという公式こそ、アメリカがもともと多文化市民のために掲げていた目標とは逆の、好戦的なかたちの不寛容につながるおそれがあります。(67p)

『デジタルで読む脳 x 紙の本で読む−「深い読み」ができるバイリテラシー脳を育てる』

その恐れは、けっしてアメリカだけのものではありません。

「本で旅する Via」はささやかですが、「紙の本」をお読みいただく場所と時間をお客様に提供していきたいと思っています。


冒頭、融資の話をお書きましたが、おかげさまで一昨日、日本公庫さんから電話があり、満額の融資が決まったとお知らせをいただきました。内装業者さんに工事を進めていただきながら、支払いを待ってもらっている状況ですが、ホッとひと息。6月の開業が近づいています。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?