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フミオ劇場 8話『友達っちゅうもんはな』


「ここへ座れ」

 フミオが娘の樹里を呼んだ。
 

 畳に胡座をかいて腕を組んでいる。

 
「今からパパが大事な事いうからな。しっかり頭に入れろよ」
 

「なに?」
 

 樹里はチラッと壁の時計を見た。
 明日は中学の入学式だ。

 ハンカチとティッシュ
 メンソレータムリップ

    髪を結ぶゴムも探さないといけない。

 忙しいのに大事な話て、何なのだ。


 何でも良いけど短く済ませて欲しい。
 そう思いながら、フミオの前に座った。


 
「お前も明日から中学生や。中学へ行くとな、たくさん友達が出来る。小学校の友達とは、また別のな。新しい友達が、ようけ出来る」

 
ーーあ、そうやん!

 樹里は胸を躍らせた。


 昨年フミオによる娘の学費使い込み事件が
 あったので
 樹里は地元の公立中学へ行くのだが

 そこは四つの小学校から子供が集まる
 マンモス校だ。

 新しい友達がわんさか出来る。



「それで?それで?」




「それでや。ひとつお前が、よお覚えとかなあかん事がある」



 フミオが腕を組み換えて

 


「友達っちゅうもんはなぁ」


 と、大仰に言った。


 
 樹里はすぐ察しがついた。

 
【友達っちゅうもんはなぁ】って

 そんなん決まってるやん。


 
【仲良くしないといけないぞ】とか

【大事にしろよ】とか

【一生の宝になる】とか、そのあたりだろう。


ーーえ?そんな分かりきったことを言うために
 わざわざ呼びつけたん?

 不思議に思ったがピンときた。
 明日は入学式である。

 フミオみたいな男でも、いっちょ前に
 父として祝いの言葉を
 言ってみたいのだろう。

 樹里は、吹き出しそうになった。 


 どうせ言うことはわかっている。



 適当に返事して
 部屋へ戻るつもりで         
 樹里が腰を浮かせた……ら


 

 
「信用すんな」ときた。


 
 吉本新喜劇なら全員でひっくり返るシーンだ。
 

「信用せえよ、じゃなくて、信用すんな、言うたん?」

 聞き返すと


「言うた通りや、信用すんな、じゃ」

 当たり前のこと聞くなとばかりに答えた。

 
 樹里はこんがらがった。
 学校で習う道徳と違うではないか。

 
「なんで?なんで?」



「なんでか教えてやるために呼んだんやさかい。黙って聞いとけっ」

 イラついたフミオが声を荒げたので
 仕方なく樹里は座り直した。


 それから始まった長い話はこうだった。

 


 フミオ中1の夏休み。

 クラスの友達ら数人で
 堺東駅前の商店が並ぶ地域へ出掛けた。


 市の戦後再開発では、幹線道路の建設も
 重要な計画のひとつだったから


 堺東駅周辺にも少しずつ車や人が増え

 街全体が青春時代の幕開けのような
 活気に満ち溢れていた。


 そんな空気に誘われて
 フミオたち中学生も
 いつしか道いっぱいに広がり闊歩した。

 すると前方から
 他校の不良グループが現れる。

 因縁からの乱闘は避けられないだろう。


 フミオは、相手と自分のグループを
 ざっと見比べ
 逃げなくても大丈夫だと判断した。

 こちらの方が、人数が多かったからだ。
 

 いちゃもんを付ける濁声が交差する。
 フミオは仲間たちと頷き合った。

「いくぞ。オリャ〜!」

 見るからに、強そうな相手で
 フミオは、ほんの少しばかり怯んだが

 友達みなと一緒だ。大丈夫。

 手を振り回しながら
 相手側へ突っ込んだ。

 だが、暫くすると異変を感じる。
 敵の全員が、自分に襲いかかっていた。

 
ーーあれ?なんでや、他の奴らは?


 振り返ったフミオが見たもの
 それは
 友達全員が逃げていく後姿だった。

 
 間もなく関西地方は
 超大型のジェーン台風に襲われる。
 堺の町も大きな打撃を受けた。


 あちこち殴られた傷で悲惨な自分の姿を
 災害の痛手を被った町並みに
 そっと重ね合わせた。
 フミオ少年13才。

 自分の人生観は
 この時におおかた形成された……らしい。





 
 「せやから。友達っちゅうもんは
  信用するもんちゃうぞ」

 あらためて、明日から中学生となる娘へ
 言葉を送った。

 フミオの【せやから】には
 なんの共感も無かったが

 樹里は明日の準備を早くしたいので


「オッケー」

 と軽く返事をして
 ダッシュで部屋へ戻った。




 フミオの人生観それは

 喜劇的なのか、悲劇的なのか分からないが

 感傷的なことだけは確かだ。


 樹里がいなくなったのにも気付かず    
 天井を見上げるフミオの意識は
 ひとりボコボコにされた13才の海を
 彷徨っていた。


 センチメンタルジャーニー
🎶

                つづく



【ご興味いただけましたら、連載1話からもぜひ読んでみてください】(各約1800〜2400字)




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