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フミオ劇場 3話『初めてお見合い相手(妻・三枝子の回想)』

 【3話はフミオの妻となる三枝子目線です】

 親に言われるがまま、初めて見合いをしたら、1週間後には結婚が決まった。

 3ヶ月後にはフミオの嫁になった。

 三枝子の気持ちは重要視されなかった。
 
 身体が弱く入退院を繰り返す父に代わって、母が懸命に働き5人の子を育てた。三枝子は長女で弟と3人の妹がいる。

 母の願いはただひとつ、娘たちが成人したら順にお金持ちの家に嫁がせて、安心することだった。

「この人に決めなさい」

 二十歳の誕生日を過ぎてまもない頃、三枝子の前に茶色いカバーの見合い写真が置かれた。
 
「え……この人?」
 
 3つ上と聞いてたのに、ひどく老け顔だった。

 妹たちがやって来て写真を覗き込んだ。

「目ぇぇちっさ!」
「おっちゃんみたいや」
「いやっ。私やったら無理こんな人」

 好き放題言ってキャッキャと笑う。
 
「これっ、あっち行き」
 母が妹たちを手で追い払った。
 
「日曜日やからね。ワンピースにしなさい。靴はあった?そやね、私は何着て行こう」

 浮かれる母を横目に三枝子は気が沈んだ。本当はまだ見合いも結婚もしたくない。

 でも母は20歳なったら見合いだと、三枝子が高校の時から繰り返し宣言していた。

ーー会うだけやったら、決まれへんよね。
 
 呑気にかまえてしまった。
 
 両家、仲人揃っての見合いが終わり、ホッとしていたら、次の日曜日、フミオが三枝子の家に現れた。スケートに行こうという。二人きりで出掛けることに躊躇ったが、三枝子はアイススケート場なるものへ行ってみたかった。
 
ーースケート行くくらいで、何も決まれへんよね。

 たかを括ってしまった。なんなら、ちょっと夢想までしてしまった。
 
ーー滑り方とか、教えてくれるんやろか。そしたら手とか繋ぐんかな。恥ずかしいな。
 
 だがフミオの行動は、そんな乙女臭い夢想を破壊し、想像の斜め上、いやS字カーブ上をいくものだった。

 スケート場に着くと、フミオは何も言わず、リンクへ降りてひとりで滑り始めたのだ。

 残された三枝子は、どうしていいか分からず、近くのベンチに座った。そのうち来てくれるかなと待ったが、フミオは一心不乱に滑っているだけだ。

 身体が冷えて寒かった。
 2時間ほど経ったか、気付いたらフミオが目の前にいた。
 
「ボウリング行こ」
「へ……はい」
 
ーー今日はボウリング行くんやったんかな?
 寒すぎて三枝子の思考回路もおかしくなっていた。
 
 ボウリング場でもフミオは異様だった。自分がストライクを出しても三枝子がガーターを出しても、リアクションゼロなのだ。

 2ゲームが終わって三枝子は「お家に帰りたいです」となんとか声を振り絞った。

「どうやった?フミオさん」
 玄関で母が待ち構えていた。
 
「喋ってないから分からん、断ってくるんちゃう?私も嫌やしあんな人」
 三枝子はぶっきら棒に答えた。

 母の顔が急激に曇ったのを感じたが、三枝子はスッキリしていた。会話しないのだから、フミオから断ってくるんだろう。それでいい。これで当分の間は、母もうるさく言って来ないだろう。

 しかしその夜、電話が鳴った。

「はい、ええ! まああ! ありがとうございます!」
 どこまであがるのかと思うほど高い声を出した母が、受話器を置くなり立ち上がった。
 
「三枝子、決まったで!」

 仲人からだった。フミオが三枝子と結婚するという。
 
ーー嘘や……。
 
 迂闊にも2人で出掛けてたことを後悔したが、もう遅かった。

 裕福なフミオの家に嫁がせたい母からは、向こうさへ気に入ってくれたら決定だからと、見合い前から言われていた。
 
「はい〜! 結婚が決まったんです」
「うちの長女ね、決まったんよ」

 次々と誰かに電話する母の声が背中を追いかけてくる。
 
 三枝子は狭い階段をあがった。薄暗い廊下が急な川に見えて押し流されるような気がした。
 
「長女がいかんと、妹らも遅れるんやからね」
 
 逆らえない日は、いつかやってくると覚悟していたけど、急展開過ぎる。初めての見合いで、しかもあんな変な人と。

 式の前日も、ひと晩じゅう涙が止まらなかった。

 しかし結婚してみると、フミオはお喋りさんだった。冗談を言ったり、三枝子の知らないことがあると延々と説明をしてくれる。スケート場やボウリング場で喋らなかったのは、フミオなりに照れていたのかと思うと、ちょっと笑えた。

 ただ、フミオは数秒で激しく怒りだす。初めて怒鳴られた時、三枝子はその剣幕に一歩も動けなくなった。

 フミオが雀荘へ出入りしていると知った。
 姑の孝江は「行かせたらあかんよ!」と、怖い顔で言う。でも三枝子は少しくらい良いのでは?と軽く受け止めていた。後々、姑が正しかったと思い知ることとなるのだが。

 子供が生まれると、フミオはカメラ片手にでんでん太鼓やガラガラであやし、毎日飽きずにシャッターを押していた。おもちゃや絵本を買うのもフミオだった。子煩悩で驚いた。

 子供らが遊具で遊べる年頃になると、みさき公園、さやま遊園地、宝塚ファミリーランド、奈良ドリームランド、天王寺動物園など、関西のありとあらゆる遊園地に連れて行ってくれた。
 
 万博会場では、ゲートで入場待ちの群衆に巻き込まれ「子供おんねんぞ! つぶれるやないかボケ!」と、ギャンギャン怒鳴っていた。
 
「お前は、ここでゆっくり買いもんでもしとけ」
 三枝子を難波高島屋前で降ろす時は、子供たちを公園でなく、競馬か競艇に連れて行くのを知っていた。でも独身気分で過ごせる時間が嬉しかったから、三枝子は姑の孝江に告げ口しなかった。
 
 フミオの好きなおかずを作ると、子供たちの前で「ママのおでんは美味しいよな」と、褒めてくれる。
 ただ、そのあとの会話で何かが気に触ると「なんじゃその言い方は!」
 おでんの器が容赦なく三枝子の顔面に飛んできた。

 喜怒哀楽のベクトルが一瞬にして変わる。こんな人の側にいると過敏になりそうだが、三枝子は反対に鈍感になっている気がする。
 
 『8時だよ全員集合』を観ながら子供らとゲラゲラ笑うフミオを見ていると、さっき投げつけられたおでんの記憶が薄れていく。

 これが結婚生活なのか。
 これが普通なのか。
 誰に聞いたらいいのかも分からない。

 今日も微かに疑問が過ぎったが、ふと時計を見たらお風呂を湧かす時間だった。

 三枝子は風呂場へ向かった。
 
                  つづく

 
 

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