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フミオ劇場 7話『荒療治もなんのその』


 フミオがヤク金騒動を起こし

 生まれ育った堺の町から母親に追い出され

 約2年が経とうとしていた。  

【第6話はこちらです】 


 以前のように顔を合わせることが無いから  

 フミオの母、孝江の日常は

 この上なく穏やかだった。

 
「良かったな孝江はん
 思い切って追い出したん、正解やったで」

 

 周囲の誰もがそう口を揃えた。



 フミオが不意に孝江を訪ねて来たのは

 ちょうどそんな頃。

 久しぶりに親子の会話が弾んだ。

 するとフミオが娘のことを話題に出した。


 
「樹里に私立のA中学受験させたいんや。
 あそこは大学まであるし。
 女の子やけどな、ワシはあいつに
 しっかり教育
 受けさせてやりたいねん」

 

ーーなんとっ?
 

 真っ当な親みたいなこと言うので

 孝江は思わず 

 キセルを落としそうになった。



「家庭教師つけてやりたいんやけどな。
 今の俺の給料が安いのん
 お母やんも知ってるやろ?
 どうしたもんか、悩むところや」

 孝江はキセルの火皿に
 刻みタバコを詰めながら
 孫の顔を思い浮かべた。

 フミオみたいな父を持ったばかりに
 子供なりに苦労している。
 不憫だと思っていた。
 

 ところで。

 この日は孝江とフミオ

 争わずに

 スムーズに会話出来てること自体

 奇跡的な日だった。



 静謐なひとときが母と息子を包み込み

 (極限まで美化すれば)

 ふたりはまるで

 イタリアはアッシジの

 聖フランチェスコ教会でフレスコ画を

 見上げる、巡礼者親子のようだった。




 
 しばらく煙を燻らせていた孝江は言った。

 
「ウチが出したる」

 柔らかな春の光が

 後光みたいに孝江を照らした。

ーーフミオはようやく心を入れ替えたのだ。

 夫の雄吉が命と引き換えに

 フミオを更正させてくれたに違いない。



 そう信じた孝江は聖母マリアのように

 慈愛に満ちた微笑を息子に注いだ。


 しかし。だが。BUT。3ヶ月後


 聖・孝江は、憤怒相の明王へと化した。

 百合の花が飾られた花瓶をキセルで割り

 炎のように髪を逆立て

 地団駄を踏むこととなる。






 一方、フミオが孝江を訪ねた日の夜のこと。

 樹里が弟の和彦と人生ゲームで遊んでいると

 紙袋を下げたフミオが入って来て

 
「樹里、明日から友達と遊ぶな。家で勉強するんやで。和彦も明日から人生ゲームはひとりでせぇ」
 

 と言い、参考書やドリルをバサっと出した。


 
「A中学受験して、そこへ行け」

 樹里は驚いた。

 
「みんなと一緒の中学ちゃうの?」 


 
「そや、近所の中学は行かんでええ。大阪まで電車乗って通うんや。とにかく勉強せえ。模擬試験あるぞ」

 急なことを言われたが、電車通学と聞いた途端

 樹里は興味が沸いた。
 

 毎日電車に乗れる?めっちゃ嬉しい。

   
 

「わかった! 勉強する」

 さっそく参考書を手に取った。




 翌週、孝江から
 樹里名義の通帳へ

 家庭教師代、入学金、3年分の学費が
 まるっと一括で振り込まれた。

 

 フミオは通帳を前に

 頬が緩むのを抑えられずにいた。

 勝手に前歯も出てくる。


 
 もともと樹里には

 自分でドリルをやらせて 

 家庭教師代だけくすねるつもりだったが、


 思いがけずまとまった額が入った。

 博打の神様は貪欲である。

【ある金はぜんぶ使え】

 フミオの耳元で囁く。

 
ーーおお、そやな。
  まだ学費は使えへん
  後から返したらええか。
  お?
  倍にして戻せるかも知れんぞ?
  よっしゃ、久しぶりにやったるで。



 やったらんでええのに

 やってくれた。


 
 通帳の金は3か月後
 綺麗さっぱり消滅した。


 
 模擬試験の数日前のことだった。

 
 フミオは、机に向かう樹里の背に


「お、樹里、もう受験せんでええぞ。  
 近くのあの中学行け。 
 友達もいっぱいおるからええやろ」 

 

 サラっと告げて、玄関から出て行った。

 
……?」
 
 樹里は、鉛筆を持ったまま
 脳みそをフル回転させた。 

 
 すぐに答えが出た。


ーー博打で使いやがったな、あのオッさん。

 小6ともなると

 父親がギャンブル狂と知っている。


 フミオは関西のほとんどの遊園地に

 我が子を

 連れて行ったが、

 競馬場、競艇場、パチンコ屋、雀荘といった

 ギャンブル場へも

 こまめに連れて行った。

 「まくれー‼︎   いけー‼︎

 樹里と和彦は、意味も分からず

 声を張り上げていた。



 子供の学費まで使い込むとは


 普通では考えられないが


 フミオならやりかねないと

 樹里は数秒で納得した。

ーーまあええわ。勉強なんかせえへんし。


 
  持っていた鉛筆を放り投げ

 本棚から『マーガレット』を手に取った。


 家業からの追い出し
 生まれ育った町からの追い出し

 荒療治もなんのその。

 暖簾に腕押し
 豆腐に鎹
 焼け石に水
 二階から目薬……

 本人はこの後もけろりしゃあしゃあと
 人生を楽しむのであった。

                つづく

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