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一番かっこ悪い音楽の聴き方~jazzバーのマスターが教えてくれたこと~

◎『Vale tudo』6月のテーマ「良い音楽ってなんだ?」


こんばんは!『Vale tudo』編集長の暮石引です。
今回は音楽に関わるエッセイを書かせていただきました。

地元にある、小さなjazzバーで体験したことを皆様にお伝え出来たらと思います。

私がjazzというものに興味を示し、様々な曲を聴いて、実際にJazzバーを転々としていた頃のお話です。

◆流れるビートルズ、語る客。

地元に小さなJazzバーがあるなんて知らなかった。
いや、Jazzバーと言うよりも、ミュージックバーと言うべきか。

こじんまりとした薄暗い店内には、カウンターと小さなテーブル席があり、店の端には大きめのオーディオが置かれてある。

そして、マスターが集めたCDやレコードが、棚の中に並んでいる。

私が入店した時、店内にはビートルズの曲が流れていた。

知らない曲。でも、そのメロディや歌声から、ビートルズの曲だろうと想像が出来た。

カウンターには客が座っている。大きな声で話す小太りの中年男性は、マスターにビートルズの話を熱く語っていた。

内容は申し訳ないが全く覚えていない。あの曲がいいだとか、あのアルバムがどうだとか、そんな話。

マスターはお客の話に対して、きちんと会話を成り立たせていた。やはり、こういったバーを経営するということは、それなりに音楽を聴いてきたのだろう。

ビートルズというネームがあまりに大きすぎることもあり、私よりも上の年代の人々は自然に話が出来るのかもしれない。

しかし、こうして熱狂的なファンと会話を成り立たせることは、それなりに知識がないと出来ないと思う。

2人の会話は30分ほど続き、そしてその客は気持ちよく帰っていった。

喋る人がいなくなった店内。ビートルズの「HELP」が流れていた。

「ビートルズ。マスターは好きなんですか?」

お客が誰もいない、音楽がただ流れ続ける環境に耐えきれず、私は自然とマスターに声をかけていた。

「話は出来る程度ですよ」

ビートルズファンのお客が飲んだグラスを片付けながら、そういった。

◆他人を意識した聞き方。

何度か入ったことがある店だったが、こうしてマスターと話をするのは初めてだった。

自分がJazzという音楽が気になっているが、何を聴けばいいかわからない。その思いを素直に伝えると、多くのコレクションの中からマイルス・デイヴィスのアルバム「Kind of Blue」を取り出し、流してくれた。

「これ、めちゃくちゃ売れたアルバム」といいながら、マスターはCDをセットする。

流れてきたピアノの音に、私はただ耳を傾けていた。

迷惑な客だったろう。しかし、マスターは「好きだと思う音楽を聴いてほしい」と、何もわからない私に音楽のことを優しく教えてくれた。ん

そんな会話をしている中で、私はマスターが一言、ぽつりと言った。

「このアーティストを聴いていればかっこいいと思われるとか、他人を意識して音楽を聴くのはダサいかな」

その言葉に、ぎゅっと胸が締め付けられる気持ちになる。

Jazzを聴きたい、と思ったその気持ちの奥底に、他人を意識した気持ちがあったからだろう。

◆自分の好きを他人に教わるのは辞めよう。

若い頃、誰かに評価されたいという思いから、何かを好きになろうと必死になろうとしたことが誰にでもあるんじゃないか。

ふと思い出した作品がある。

浅井リョウの小説『桐島、部活辞めるってよ』

そ映画の中での、ワンシーン。

校庭でバスケをやっていた、学校のスクールカースト上位の奴が、ふと「なぁ、俺たちなんでここでバスケやってんだ?」みたいなシーンがある。

もう随分前に見たから曖昧だが。

バスケを人が見ている所でやってると、いろんな女の子からキャーキャー言われる。

つまり、別にバスケじゃなくたっていい。目的は成り立つ。

そのグループの目的は「他人から評価されること」

私がJazzを聴きたいと思ったのは、ブラックミュージックに興味があるということもあったけれど、マスターのいう「他人からの目」を意識して好きになろうとしている節があった。

そもそも、ブラックミュージックに興味があるということも「それが好きな自分がかっこいい」という思いから来ているのかもしれない。

他人を意識して聴いている。

まさしく、それは私自身のことだった。

遠回しに私に伝えようとしていたのか、それとも何の気もなくなのかはわからないが、あの一言に、はっとさせられたのを覚えている。

思えば、そもそも音楽をどう聴けばいいかなんて聴くこと自体野暮なことだったのかもしれない。

自己啓発セミナーやインターネットサロンに行って「僕のやりたいことを教えてください!」と言っているようなもの。

そういう人間にはなりたくないと思っていたが、自分もその一人だった。

自分の好きなことは、自分で決めるべき。他人から教えられるようなことじゃない。

他人からどう思われるかで、何かを好きになるべきではない。

音楽を聴きに来たのに、それ以外のことを、あの小さなバーで教えてもらったのだ。

なんだか、この場所にいることが恥ずかしくなってしまった。と、私は逃げるように店内を後にするのであった。

◆この店がふさわしくなるために

帰り際、あのビートルズファンの男性の話してみた。

自分も、あんな風に熱狂出来るアーティストに出会いたい、と。

するとマスターはニッコリと笑って私にこう言ったのだった。

「あの人、多分そんなにビートルズ聴いてないと思うなぁ」

マスターが、何故そう思ったかはわからない。

しかし、きっと長く音楽を聴いてきたからこそ、あのお客が「ビートルズを好きな自分が好き」だということを、見抜いたのだろう。

恐るべき音楽の知識、恐れ入った。

帰り道。ほろ酔いのまま家路を歩く中、私は改めて、他人からどう思われるかで何かを始めることや、何かを好きになることをやめようと思った。

ただそこにあるだけで、他人からどうのこうの言われなくたって、それさえあればいいという好きを、見つける。

それまで、あの店に行くのは控えようかなと思う。

だが、またあそこで美味しいウィスキーを飲みたいとも思う。

また、ウィスキーを飲むということも、もしかしたら他人を意識している事なのかも…そんなことを考えていたら、何も出来ないなぁと、葛藤は尽きない。


<記事に出て来たアーティスト>

○ビートルズ

1960年代から1970年にかけて活動したイギリス・リヴァプール出身のロックバンド。20世紀を代表する音楽グループ。

「最も成功したグループアーティスト」としてギネスにも載っている。暮石も何度かアルバムを借りて聴いてみたが、知識は皆無。店内で流れていた「HELP」はテレビ番組でも使用されている有名な曲。

ライブをしても観客は喚いて、自分たちの音楽を聴いてくれないということ、自己を失いかけていたジョンレノンが、本当に助けを求めていたことから作られた曲。

暮石も、結婚式の準備と仕事でこの曲の気持ちである。


○マイルス・デイビス

アメリカのジャズトランペット奏者。「モダン・ジャズの帝王」と呼ばれている。

1959年に発売された「Kind of Blue」は全世界で1000万を突破。

名曲「So what」の由来は彼の口癖からとられたとのこと。「だから、何?」という口癖から、彼の理屈っぽさが伺える。

余談だが、Jazzを好きになろうとしたいた時に良くこの曲を聴いていたが、どうやら調べてみるとJazz初心者には不向きな曲とのこと。

また、どこかで読んだ自己啓発書(タイトルを覚えていないのですが、知っている方がいたら教えてください)に「俺は酒を飲みながら、マイルス・デイビスのSo whatを聴いてこの本を書いている。成功者はこういう仕事の仕方が出来る」みたいなことが書かれてあり、虫唾が走ったのを覚えている。

まさに「So waht」である。

<記事に出て来た作品>

朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』

2010年に発行された朝井リョウの青春小説。

バレー部のキャプテンであり、スクールカーストの頂点のような男・桐島が部活を辞めることによって、彼の周りにいた人々の生活が一変していく話。

まるで神のような存在の桐島がいなくなって、信者達(彼の取り巻き)はうろたえる。しかし、桐島の存在など全く気にせず、自分の好きなことをやっていた所謂スクールカースト下位の存在こそ、平凡に自分達の変わらぬ毎日を生きていける。といった内容だった。


朝井リョウの作品は、どうしてこうも心をえぐられるというか、誰も言葉に出来なかった苦しみや悩みを物語に出来るのだろうと感心する。

就職活動の話『何者』や、作家人生10年目の記念作『正欲』も読んでみたい。もちろん、上記した作品もじっくりと味わいたいものだ。

◆まとめ

いかがでしたか?

思えばあらゆる自分の好きなものは、誰かを意識して好きになったものかもしれない…と思うのです。

「じゃあ、誰も見ていなくても、世界に一人になっても、好きって言えるものってなんだろう?」と考えると、うーんと考えてしまう暮石でした。

次の更新は6/19(土)です。

それでは皆さん、良い土曜日をお過ごしください。

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