緋色のヒーローインタビュー

○登場人物



教師

初夏の陽気を感じられる日の放課後。とある高校の校舎の屋上。
差してくる西陽はまぶしく、そよいでいく風が涼しい。
飛び降り防止用に設けられた、身の丈程もある柵の数本が削られており、ちょうど人が一人分くらいは通り抜けられるようになっている。
柵の外側には後ろ手に柵を掴みながら男が逡巡している。柵の内側には男のローファーと、その中に四つ折りにされた紙が丸めて突っ込まれてある。また、男がカメラに映るようにしてスマートフォンが設置された三脚がある。
下の校庭からは、野球部の掛け声と、金属バットの打球音が聞こえてくる。

男、スマホのカメラの方を振り向いては、地面の方を見て、さらにまた目を逸らすを繰り返している。
屋上の入り口のドアが開き、女が現れる。

女  あーーーーっ! やっぱり!

男、驚いて飛び降りようとするが、怖くて腕に力が入り動けない。

女  ちょっとすみませーん! お話伺いたいのですがー!

男、諦めて柵の内側に戻り、その場に座る。
女、三脚を指さし、

女  これ、ライブですよねー!?

男、立ち上がるとスマホと三脚のもとに向かおうとする。

女  (遮るように)あ、あ、ちょっと待ってください!

男、無言でスマホと三脚を回収しようとする。
女、その間に割って入り、

女  あの、私、放送部の2年3組の赤井緋色と申します!
   ちょっとご協力いただきたいことが、

男  邪魔。

女、食い下がる。

女  ちょっと! ちょっとだけでも!

男、急に止まって、

男  もしかして、止めに来てくれたの……?

女  はい?

男  ここ、どうやって分かったの?

女  ああ! それはですね……。

女、鞄からスマホを取り出し、

女  ニンスタライブを見ていたら、
   この自殺配信のライブがたまたま流れてきまして!
   見てみたら、四ノ宮高校のハッシュタグがついていたので、
   この校舎の屋上かと思いましてね!

男  見てくれたんだ……。

女  ……泣いてるんですか?

男  いや……。

女  あの、それでお願いというのがですね。

男  ……はい?

女  私の練習にお付き合いいただけないかと。

男  練習?

女  はい、インタビューの練習です。

男  ……インタビュー?

女  ヒーローインタビューです。

男  ……は?

女  あのですね! 私! 今度テレビに映るかもしれないんですよ!

女は男を無視して喋り続ける。

女  もうすぐ野球部が、
   夏の甲子園大会に向けた県予選に臨むんですけれども!
   うちの放送部が取材させてもらえるんですよ! テレビ埼京と一緒に!

男  はあ。

女  テレビ埼京が、地域密着型の取材をしたいってことで、
   うちの放送部と校内新聞部を、
   試合と野球部員の取材に帯同させてくれるんです!
   そしたら、もしかしたら、私のインタビューの映像がニュースに
   流れるわけで!

男  だから、何で俺なの?

女  いや~、私ってその、とても優秀じゃないですか。

男  知らないよ。

女  中間テストだってちゃんと平均点は取れてるし、
   補修も数学Ⅱと数学Bと科学だけだったんですよ。

男  文系のバカだ……。

女  いつ! どのようにインタビューする時が来ても!
   万全の準備で臨みたいんですよ!

男、再び三脚を回収し立ち去ろうとする。

女  あー! なので、なので!
   カメラも実際にあった状態で練習したいんです!

男  ……別に俺じゃなくても良いだろ。

女  (行く手を遮り)そうじゃないんです! いや、そうなんですけど!

男  また失敗した。

女  また?

男  お前のせいで死ねないんだからな!

女  死のうとしてたんですか?

男  見りゃわかるだろ! 逆に何だと思ってたんだよ!

女  え、自殺配信ってドッキリじゃなかったんですか!?

男  (頭をかきむしって)……お前、俺のこと心配で来たんじゃないのか。

女  生中継で視聴者が見ている方が練習になるじゃないですか!
   しかも偶然同じ学校の校舎なんですよ!
   これは屋上に行くしかないと思って!

男、顔を隠してうずくまる。

女  え、もしかしてかまって欲しかったんですか?
   かまって欲しかったんですか!?

男  うるさい! ……やっぱ死ぬ。

男、再び柵に向かって早歩きする。

女  わー! ちょっと待ってください!

男  もう帰ってくれよ!

女  練習させてください!

男  しつこいな!

女  今の、あなたの気持ちを、叫びたい想いを!

女、鞄から有線マイクを取り出す。
鞄の中の何かしらの機器に繋がっているようだ。

女  聞かせてください。

男、じっと女を見つめる。

間。

男、女に向かって歩き出す。
途中、ローファーに入れていた一枚の紙を握りしめる。
女、鞄の中に手を入れて機器のスイッチを押す。

女  (エコーがかかって)放送席、放送席ー!!

女の話す声がエコーになって屋上のスピーカーから流れている。
それだけでなく、校舎内や校庭など、校内放送で使われる
全てのスピーカーから声が出ている。
男、これを聞き一瞬怯んで、そして狼狽えながらも、
全校内に放送されていることが分かり、慌ててスマホの配信を停止する。

女  今日のヒーローはもちろんこの人!
   3安打猛打賞、5打点の大活躍!
   ……えーと、えー……

女、マイクから外し、

女  お名前なんでしたっけ?

男  何でしたかじゃねえよ! 切れ! 電源切れ!!

女、鞄に手を入れ電源を切る。

男  何なんだ今のは!

女  あ、これすごいですよねー!
   最近放送部に導入されたものでして、
   このリモート用マイクでどこからでも校内放送ができるんですよ!

男  違う! だから何で校内放送にした!

女  選手のヒーローインタビューは全校生徒が聞きたいじゃないですか!

男  だからそもそも俺は選手でもヒーローでもないって!
   ていうかなんだ! さっきのインタビューは!

女  あ、野球のヒーローインタビューは
   いつもあんな感じで聞くんですよ。
   選手の今日の成績と、喜びの声を聞くんです。

男  最悪だ……。

女  私も、聞きたいことと、もっと聞きたいことがあります。

男  アメリカのドラマみたいな言い方すんな!

女  なんで配信切っちゃったんですか。
   視聴者の前で練習したいんです!

男  お前が俺の想いを聞くって言ったから乗ったの!
   校内で晒されると思ってない!

女  もう一つ、もっと大事なことを聞きたいです!

男  なんだよ!?

女  ……科学の補修って明日でしたっけ?

男  俺の名前じゃないのかよ!!

男、大きな溜息をついて脱力する。今にも泣きそうである。
女、覗き込んで、

女  あのー……お名前……。

男  ……鴨田。

女  インタビューを……。

男  ……何の。

女  その、さっき、言いたいことがありそうでしたので。

男  ……今里。

女  イマザト?

男  倉田、藤本、三木。

女  ……どなたですか?

男  本当は殺してやりたかった。……でももう疲れた。
   考えるのもしんどかった。

女  何か、されたんですか?

男  ……思い出したくもない。辛くて、惨めで、
   誰にも言えなくて……。

男、泣き始める。

男  苦しい……。

女  話せる人とか……。

男、首を横に振る。

女  ご両親とか……。

男、首を横に振る。
少しの間があって、

男  知られたくない……。心配かけたくない……。

女  でも、死んだらもっと悲しむんじゃないでしょうか!

男  あいつらへの復讐は別だ! 俺が死ねば、
   あいつらに一生消えない罪を負わせることができる!
   お母さんが悲しんだって、死んだ俺はもう何も感じない!
   楽になれるのがこれしかないんだよ!

間。

男  ……知ってますか。俺の動画が今バズってるの。

女  あの、もしかして、
   ニンスタで炎上してるいじめ動画ですか?
   うちの学校で撮影されてるんじゃないかって……。

男  見ました?

女  はい、一応……。

男  あえてさ、さっきの自殺配信に
   四ノ宮高校ってハッシュタグつけてさ。
   どのくらい注目されるのかなって。
   四ノ宮高校にはやっぱりいじめがあって、
   その被害者が自殺した、なんて
   最後に全員の大注目を浴びて死ねる。
   あいつらに一生の記憶を持たせて死ねる……。

女  ……。

男  でも実際に来たのはあなたくらいでした。
   やっぱり炎上動画なんて俺には向いてなかったのかな。
   ひっそりと、静かに死ぬ方が似合ってんのかな。

女  本当に、そう思ってますか?

男  ……え?

女  インタビュアーは、その人の気持ちと、言葉を引き出して、
   多くの人に届けるのが目的なんです。
   あなたはまだ、本当の言葉で話してないと思いまして。

女は、手元のマイクを自分が喋る時は自分の方に、男が喋る時は男の方に向けるようになる。
女、野球の試合のインタビュアーのような、溌剌として明るい口調になる。

女  放送席、放送席ー! 校内の、そして全国の鴨居さんファンの皆さん
   お待たせしました! ヒーローインタビューです!

男、呆気に取られている。

女  今日のヒーローはもちろんこの人!
   辛い日々を耐え、誰にも迷惑をかけず、
   それでも生きようとしています、鴨居さんでーす!

男  あの、何を。

女  鴨居さん。自分の動画が拡散されて話題になり、
   それでも学校に通わなければなりませんでした。
   毎日、どんな気持ちで登校していましたか?

男  ……。

女  鴨居さんは、誰かに自分の気持ちを聞いてもらいたいから、
   必死に注目を浴びたいようにも見えました。
   この点はいかがでしょう?

男  ……は?

女  本心は、両親を悲しませるようなことはしたくないーー。
   そんな思いが、あなたの言葉から伝わって来ます!
   どんな思いで、自殺をするという判断に至ったんでしょうか?

男  あのさ、ふざけないで、

女  ここまで、辛い、苦しい日々だったと思います!
   支えてくれたお母さんに、今、どんな言葉をかけたいですか?

男  いい加減にしろよ!!

男、女の襟元を掴み、頬を殴る。
女、「痛い!」 と反射的に言葉が出、その場に崩れてしまう。
男、我に返るが、自分がしたあまりのことに立ち尽くしてしまう。
女、泣き出してしまう。が、実はそれは不敵に笑っていたのであり、
徐々に、明るく朗らかな、高い笑いに変わっていく。
男、何がなんだか分からない。

女  鴨居さん!!

男  はいっ!!

女  女を殴るなんて最低です!!

男  (反射的に)ごめんなさい!!

女  でも、私の本当の言葉は引き出してもらいました!

男  え?

女  私は、殴られたから痛いと言いました!
   鴨居さんは、殴られたときに痛いと言いましたでしょうか!?

男  ……。

女  クラスメイトに、先生に、親に、
   誰かに知ってほしいと言いましたでしょうか!

男  いや……。

女  私は、そんな人の声を聞くのが好きなんです。

男、堪えきれず泣き出してしまう。

女  だから、鴨居さんも聞かせてください。

女、鞄の中の機器のスイッチを入れる。
マイクにエコーがかかる。

女  鴨居さん!
   今日はこれだけ多くのファンがこの球場に詰めかけてます!
   ファンの皆さんに向けて、最後に一言お願いします!

男、マイクを取って、

男  俺の人生クソじゃねえか!!!!!
   バカヤローーーーーーー!!!!!!!!!!!

言い終わるや否や、屋上のドアが乱暴に開かれる。
教師が入ってくる。

教師 赤井てめぇコラ~~~~~~!!!!

女  ぎゃーーーー!! 西田先生ーっ!!

教師 それ非常用だから持ち出すなっつてんだろ!!
   今すぐ電源切れ!! 返して来い!!

女  すみませ~~ん!!

女、猛ダッシュで屋上から去っていく。
教師、深い溜息。男に向き直って、

教師 鴨居。

男  はい。

教師、深々と頭を下げる。

教師 すまなかった!

男  え?

教師 俺は、もっとクラスの奴らに聞かなきゃいけなかった。
   お前の出すヘルプサインにさぁ、
   気づいてあげなきゃいけなかったんだよなあ。
   担任失格だよ。

男  ……。

教師 例の動画の件で、うちらもさぁ、慎重に動いてんだよ。
   今里のバカのせいで、うちの高校の生徒だって特定されてる。
   PTAとか、マスコミとかしてたら、
   お前のことがおざなりになってた。
   ここまで思い詰めてるなんて、分からなかった。
   (また頭を下げて)申し訳ない……!

男  もう、いいです。

教師 今里たちには、もう動画は消させてる。
   今、親御さんと一緒に事実確認中だ。
   お前も、親御さんを呼んで、その……
   (口ごもって)親御さんにいじめに合っていたことを伝えて、
   一緒に経緯の確認をしたいんだけど、……いいか?

男  ……はい。

教師 すまんな。

教師、壊された柵を見て、

教師 あれ、お前がやったの?

男  すみません。

教師 どうやって。

男  錆びてた柵だけを、鋸で切って……。

教師 へえ……。いや、いいよ、校長にはうまく言っとく。

男  すみません。……あの、僕からも一つ。

教師 なに?

男  あの女の人って……。

教師 ああ、赤井か。

男  何なんですか、あの人。

教師 いや、ただの部員なんだが……。
   あれ、知らなかったか、俺放送部の顧問なんだよ。

男  ああ……。

教師 迷惑かけたな。

男  いえ、お礼言っといてください。

教師 ……そうか。

少しの間。

教師 落ち着いたか?

男  はい。

教師 もう大丈夫だな?

男  はい、でも……。

男、夕陽を見て、

男  もう少しここにいます。

教師 ……そうか。

教師、屋上の入り口に踵を返そうとして、

教師 もう屋上の開放時間終わってるから、早めに降りろよ。

男  はい。

教師 早く帰ってな。親御さん心配してるから。
   もうそんな年じゃねえか。

男  ……はい。

教師 じゃあ、また明日な。

教師、屋上から降りていく。男が取り残される。
男。スマホを取りに行く。

男  配信って消せるんだっけな……。

男、スマホの画面を横にして、配信アプリを確認している。

男  誰も見てなかった……。

男、屋上に大の字になって寝る。

風の音。
陽が暮れていく。
溶暗。


(了)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?