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【ダイヤルアップ探偵団】第4回 人間捨てちゃう感覚!? テレホーダイで引きこもり

90年代末から今世紀初頭にかけて、ブロードバンドインターネットが普及する前夜の「ネット文化」に注目する連載。第4回のテーマは、ナローバンド時代に、多くのネットユーザーを夜型人間に変えたNTTのサービス「テレホーダイ」について。

●本稿は、2018年7月に刊行された「懐かしパーフェクトガイド Vol.4」(ダイアプレス) https://www.amazon.co.jp/dp/B07P9P3J13/ 掲載するため製作したものです。noteへの掲載にあたり、改稿・再編集を行っています。

 「常時接続」という言葉が、すっかり死語になってしまった。

 というのも、パソコンやスマートフォンからIoT家電に至るまで、インターネットに常時接続していることは、もはや常識だからである。SNSの通知をスマートフォンでリアルタイム受信できるなんて、当たり前すぎて、ありがたくもなんともないものになってしまった。

 さて、「ブロードバンド前夜」をテーマにしている本稿だが、個人的にはあの頃は「ブロードバンド前夜」というよりも「常時接続前夜」だったと言ったほうが実感に近い。〝使い放題〟になる前のインターネットは、楽しかったけど、全然便利なんかじゃなかったのだ。

 そこで今回は、「健康と引き換えにインターネットが楽しめる」という、アノ悪しきサービスを振り返ってみたい。

NTTからの請求で家族会議に

 2000年より前からインターネットやパソコン通信を楽しんでいた人におそらく共通の経験が、NTTからの高額請求である。

 フォーラムのチェックや友人とのチャットというのは、一度味を覚えてしまうと、離れがたいものがある。しかし、その楽しさのぶんだけかかるのが電話代だ。筆者にもその経験がある。

 もっとも、本稿を読む年長の読者諸兄には申し訳ないのだが、これは小僧の思い出話なので、身銭を切った話ではない。今からちょうど19年前、当時中学1年生だった筆者の放蕩の被害にあったのは、昭和一桁生まれで倹約家の祖母である。

 小学生の頃から、長い休みや週末のたびに一人暮らしの祖母宅に遊びに行くのが恒例だったのだが、1999年の春に、独居老人の書斎にNECバリュースターが設置された。これを借りて、BBSで出会った同世代の友人とのチャットやゲームに興じていたところ、アクセスポイントへの電話代とプロバイダの超過料金とで、5万円を越えるような請求書が来てしまった

 当然に家族会議が開かれ、5万円分とは言わないまでも、メタメタに叱責を受けた。今でも祖母には申し訳なく思っているし、現代の子どもたちがどれだけスマホ中毒でも、同情してしまって責める気にならない。

 ネット仲間からも「テレホじゃなけりゃ、そりゃそうなるよ」というアドバイスを受けたため、激アマな祖母をそそのかしてテレホーダイに加入した。2000年5月に常時接続の「フレッツISDN」がサービスインするまでは、テレホーダイは、インターネットユーザーの常識だったのである。

ネットへのアクセスは健康と引き換えだった

 定額制の「フレッツ」以降にインターネットを始めた読者の方も当然いらっしゃると思うので解説すると、「テレホーダイ」とは、特定の通話先に限り定額料金で通話できるというNTTのサービスである。ただし、通話できるのは23時から翌8時までの深夜帯に限られる。

 このテレホーダイに申し込んで、プロバイダのアクセスポイントを通話先に指定すると、毎日9時間もインターネットを楽しむことができる。時間単位の費用で言えば他の追随を許さない安さだったのだが、おかげでヘビーなネットユーザーは、深夜に活動する不健康なフクロウ生活を営んでいた。

 というのも、当時のインターネットでの遊びには、テレホーダイを使わないとできないものが多かった。たとえばICQ(メッセンジャーソフト)を使えば、ログインするだけで登録済みの仲間とチャットができるが、数メガバイトもあるICQのインストーラーをダウンロードするためには数時間を要する。

 また、23時からの9時間は「テレホタイム」と呼ばれ、テレホ契約者が一斉にプロバイダに接続するため、回線が大渋滞していた。

 サイトの閲覧はおろか、ネットワークに接続するだけでも一苦労という状況だったが、それが社会問題として取り上げられることもなかった。当時のインターネットはまだ、多くの一般市民にとって「なくても別に困らない」ものだったのかもしれない。

 このテレホーダイのおかげで、育ち盛りの中学生ながら、すっかり夜型になってしまった。当時流行していたカードゲーム(マジック・ザ・ギャザリング)をシミュレートしたオンラインゲーム(アプレンティス)や、麻雀の「東風荘」に夢中になっていると、翌朝の8時はすぐに来てしまう。もちろん各種の喜ばしい画像も、朝までダウンロードし放題である。

 IRCやICQの常連になってしまったのもよくなかった。「フェイス・トゥ・フェイスではないコミュニケーション」の新鮮さに魅せられた。深夜のテンションも相まって、架空の自分を使った会話に、すっかり没入してしまったのだ。

 中学1年の夏休みの間は、自分という人間が完全に「インターネット上の存在」に変わり果てていて、そんな生活が、祖母宅の電話が通じないことに業を煮やした父親に殴られるまで続いていたように思う。

テレホタイムに変身する、気味の悪いシンデレラ

 結局、この年の夏休みに〝リア友〟と会ったのは、わずかに2回か3回だけだった。野球少年やテニス少年が真っ黒に日焼けして来た2学期最初の日には、テレホ仕込みの青白い肌で登校して恥をかいた。それ以降も祖母宅でインターネットをすることはあったが、仮想空間とは、もう少し距離を置いて付き合うようになっていたと思う。

 2001年になり、「ヤフーBB」など廉価な常時接続が現れると、テレホーダイを使ったネット接続は全国的にも過去の遺物となった(サービス自体は現在も継続中)。32時に1日が終わるようないびつな時計に対応できる人間自体が、社会全体では圧倒的少数派だったことは論をまたない。

 ところで2018年現在、「インターネットに接続している」という状態は日常そのものであり、緊張感はまったくない。

 NTTの請求書に怯えることもない。

 そしてテレホ時代の、あの奇妙な没入感を感じることも、もう二度とないのだろう。オンラインで出会うのは、身近なものの写真を撮ってアップロードするような、生身の人間ばかりになってしまった。

 それでも、肉体を捨て去ってしまうようなテレホタイムのサイバー感覚を思い出してしまうことがたまにある。動きっぱなしのバリュースターが熱を持って、ファンから吸い込んだホコリを焦がす独特の匂いと、亡くなった祖母の不安げな声も、同時によみがえる。

 やっぱり夜は寝るものです。

★その他の…… テレホーダイあるある

1. 契約する前に一度は電話代での爆死を経験している
2. アクセスポイントが隣の市にしかなくて料金が高くなる
3. フリーソフトを使い、朝8時に自動的に回線を切断する
4. エロ画像は「Iria」でまとめてダウンロードする

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著者■ジャンヤー宇都
テレホタイムってワケじゃないけど、真夜中に、サッカーW杯のグループステージの中継を見ながら本稿を執筆中。本誌が書店に並ぶ頃にはセカンドステージも大詰めのハズ。

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