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レンタル博士されてみた話

 最近、「レンタル彼女」、「おっさんレンタル」、「レンタルなんもしない人」など、個人をレンタルしてみたという話がインターネット上で話題になっており、私も少し気になっていた。私はマンボウの研究を10年以上続けているポスドクである。最近の専門家・マニアの需要が増えている傾向を考えると、「レンタル博士(ポスドク)」という仕事も意外にありなのではないか?と思っていた。調べてみると、レンタル博士という名称を使って仕事をしているポスドクは既に何人かいた。毎日依頼があって忙しいというほど頻繁には依頼は来ないと思っているが、年に何回か小遣い稼ぎ程度でも依頼があれば嬉しい……そんなことを何となく思っていたある日、「取材ではなく、完全な個人の趣味でマンボウの話を聞きたい」という依頼が舞い込んだ! これは記念すべき初めての「レンタル博士」の依頼になるのでは!と思ったため、今回受けた依頼についてお話ししたいと思う。


【レンタルされた博士の自己紹介】

 マンボウ研究をライフワークとしているポスドク。いろいろあって今年度で現職を辞め、来年からはとりあえず無職になる予定だが、自分に合った仕事を探しつつ、心残りである未発表データの論文化を進めたいと考えている。生活費を稼ぎつつマンボウ研究を続けるにはどんな方法がいいか人生迷走中。詳しいプロフィールは以下にて。


【依頼者の紹介】

 グラフィックデザイン系・都内在中・40代の女性(依頼第1号なので仮称「イチさん」)。今までも興味のある専門家に連絡を取り、直接会って気になることを聞いたりしたことがあるものの、今回の形式(お金を払って話を聞く)は初めて。レンタル博士という依頼形態は特に意識していなかった。マンボウのことは昔から気になっており、今回はマンボウの形態や生態にまつわる逸話やエピソードを知りたいと思って依頼した。
 

【レンタルされるまでの経緯】

 2020年10月10日にAERA.dotから配信された私の記事「今年もギネス世界記録を保持! 千葉県で漁獲された2300kgの「世界一重い硬骨魚」とは?」をイチさんが見て、2020年10月12日に私の運営する『マンボウなんでも博物館』公式ホームページに「有償でマンボウの話を思う存分聞きたい」と問い合わせをする。


 取材ではなく、完全に個人の趣味でマンボウの話を、しかも有償で聞きたいという依頼に私は驚く。「レンタル博士」として需要の可能性を感じ、イチさんの依頼を受ける。



 初めての事例なので、イチさんとよく相談しながら依頼内容を詰める。
・zoomなどオンラインではなく、直接会って話を聞きたいというイチさんの要望 →私承諾。


・依頼(レンタル)費はこれまで私が受けていた取材費と同じ金額(1万円)をとりあえず提示 →イチさん承諾。


・場所はイチさんがマンボウの飼育されている水族館がいいのでは?と提案 →私はマンボウを見ながらだと話に集中できないと思ったので、カフェなどで話すことを提案 →私の家の近くの観光地まで来てくれれば、標本や同人グッズなどを持っていきやすいと考えイチさんに提案 →イチさん承諾。


・日はイチさんの都合の良い日に合わせて2020年10月28日に決定。時間は早く会えたらその分だけいろいろ話をすることができると思い、午前中に来てもらうことを提案 →イチさん承諾。


・特に下準備は不要とのことだったが、先に知りたい内容を聞いていた方が私も話しやすいと思い、どんなことを知りたいかを聞く →「マンボウの生態全般(あまり学術的ではないもの)」「マンボウのエピソード」「質感」「目玉の感じ」「マンボウが早く動く時」「マンボウにつかまって助かった遭難者の話」が知りたいとイチさん →知りたい内容の文献や動画を準備する。



当日初対面。


【レンタル当日の様子】

 レンタル当日、朝10時。予定通りにイチさんが家の近くのバス停に着く。私は資料を持って迎えに行き、そのまま一緒に観光地へと歩いていく。天気予報を確認すると、昼から曇りとの予報だった。せっかく来て頂いたので、晴れているうちに観光を楽しんで頂こうと思い、景観の良い海岸の方へ歩いていく。お互いの話をしながら海岸を歩いていると、イチさんは実はテトラポッドも好きなのだと言い、テトラポッドの魅力を聞きながら、写真を撮ったりした。砂浜にテトラポッドが埋まっている光景は珍しいらしい。

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 イチさんはこれまでにも専門家の方に直接連絡を取り、知りたいことについて話を伺うということを何回かしたことがあるとのことだったが、今回のような有償での依頼は初めてだという。


 海岸の先端にある灯台に着くと、ちょうど11時半頃。折り返して観光地に戻るが、少し道を変え、林の中へ。平日の昼間とあってか、人は他に誰もいなくなっていた。都内から来たイチさんは時間がゆっくり流れているように感じると言い、10月末でも散歩していると過ぎ去った夏を思い出すかのような汗ばむ陽気だった。

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 色々話しながら歩いていると、「ヤリマンボウが川まで遡上して座礁した話」で盛り上がる。この話の元ネタは私の出した2本の論文である。長崎県の江迎川福岡県の樋井川の事例で、世界的にもかなり珍しい事例である。おそらく、過去にもヤリマンボウが川を遡上して座礁した事例は世界のどこかで起こっていたと思うのだが、論文として報告された記録が極めて少ない。どちらも普通に民家の裏にある川に、移動できなくなったヤリマンボウが生きた状態で発見され、地元住人を驚かせた。福岡の事例では警察が出動し、テレビニュースになるほど大きな騒ぎとなった。

 どちらのケースも座礁する前に、川に遡上中のヤリマンボウが地元住人によって目撃されている。何故海の方に引き返さなかったのかはヤリマンボウ本人に聞いてみないと理由はわからない。何故川を遡上したのかは不明であるが、何故座礁したのかは推測ができた。ヤリマンボウが座礁していたのは淡水寄りの汽水域で、潮の満ち引きによって、一日の中でも水位が大きく変わる場所だった。遡上中のヤリマンボウは水位が減っていく中を泳いで遡上していったのだろうが、徐々に水位が減っていき、ついには泳げなくなってしまったのではないかと考えている。またどちらの事例も寒い時期の出来事で、川の水温は海の水温より低かった。これも座礁を導いた大きな要因ではないかと考えている。
 
 おっちょこちょいなヤリマンボウは可愛いと話で盛り上がったが、よく考えたらヤリマンボウは両方とも座礁後には死んでいるので、ヤリマンボウにとっては死活問題だ。


 歩き疲れた頃にちょうど12時をまわり、地物の海鮮料理が食べたいとイチさんから要望があったので、観光地にある海鮮料理屋に入った。おそらく新型コロナの影響で、繁盛期のお昼なのに、店の中はほとんど人がいなかった。地物で食べた方が良いおススメを選び、昼からビールを一緒に飲む。散歩に疲れた体にビールのうまみが染み渡った。

 ようやく腰を落ち着けることができたので、ここで持ってきていた資料を披露する。最初に披露したのは、知りたいとご要望があった「マンボウにつかまって助かった遭難者の話」が収録された1964年当時の雑誌記事のコピーである。これは私も真偽を知りたくて以前調べたことがあった。今ではほぼ入手不可能な記事だが、昭和感あるインパクトのあるイラストと、書かれている内容に、イチさんは興味深々だった。逸話的に語られる事件であるが、「マンボウにつかまって助かった遭難者の話」は実際に起こった出来事である。海に落ちた人がマンボウに捕まって助かった、と聞けばマンボウが人を助けたようなイメージを持たれるが、実際は水面に浮かんだり潜ったりするマンボウに必死にもがき捕まっていただけで、別にマンボウは人を助けようなんて微塵も思っていないことが記事を読めば伝わってくる。

 イチさんはこのような人とマンボウが関係するエピソードをいろいろ知りたかったのだと楽しそうだった。

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 話をしているうちに、料理が到着した。サクラエビのかき揚と黒はんぺんのフライは私のおススメ地物メニューである。美味しい海鮮料理を食べ、昼からビールを飲み、マンボウトークで盛り上がる……最高の至福の一時だった。

 あれこれ話をしていると、「ヤリマンボウが川まで遡上して座礁した話」とか、「マンボウにつかまって助かった遭難者の話」とか、マンボウに関する興味深いエピソードを題材にして、絵本にしたら面白いのではないかとイチさんから提案があった。何でもイチさんの知り合いに絵本作家がいるそうで、やろうと思えば絵本を出版できるのではないかとのこと。まさか依頼者の方からコラボ企画のフラグが立つとは思ってもみなかった。人生何があるかわからないものだなぁと感じつつ、フラグを折ることなく、マンボウの絵本を世に出版したいと思った。


 昼食はご厚意に甘えておごって頂き、昼からは持ってきた資料をカフェで広げてあれこれより深いマンボウの世界を語ろうかと思っていたのだが……あいにく目当てのカフェは閉まっていたので、近くの観光施設にある、椅子と机のあるスペースを借りることにした。まずお見せしたのは、タモリ倶楽部にも出演したマンボウの干物である。水族館でマンボウを見ることはできても、触ることができるのは水産関係者くらいだろう。イチさんは実物のマンボウの干物を見て触って、驚いていた。

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 外部形態でマンボウ類を見分けるポイントや形態的特徴を、実物のマンボウの干物を使って解説した。干物に関する一通り話を終えたところで、次は稚魚の標本を取り出す。マンボウ類の稚魚は水族館や博物館ではほとんど展示されていない。稚魚でも属レベルでは識別できること、成魚と全然形が違ってトゲトゲした形態であることなど、実際に標本を見て体感してもらった。イチさんは稚魚の標本を見た時が一番テンションが上がり、いろんな角度から見たり、写真と撮ったり、メモを取ったり忙しそうだが楽しそうだった。

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 続いて、マンボウグッズや同人誌、著書、論文を机にダダ―っと展開する。それぞれ見どころやこだわりポイント、どういう思いで作ったのかなど創作・研究エピソードも交えて一つ一つ解説していった。解説する私も創作時の思い出を思い出しながら語るので、それぞれの作品に込めた思いがよみがえってきておしゃべりが楽しかった。著書「マンボウのひみつ」と「マンボウは上を向いてねむるのか」を購入して頂けることになったので、私はその場でサインを書かせて頂いた。

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 マンボウに関連する仕事をした時は、その時の思い出を記録するために、私は関係者に一筆描きでササッとマンボウの絵を描いてもらうようにしている。マンボウは特徴的な形態だが、意外に正確なマンボウの形を描けない人は少ない。また、同じマンボウを見ていても人によって絵柄が異なり、描いてもらった絵が増えていくと、個性の光る味わい深いイラスト集ができていく。将来的にマンボウの店を作った時は、いろんな人に描いてもらったマンボウの絵を壁に展示したいと考えている。早速、イチさんにもマンボウの絵を描いてもらう。描いてもらった絵は私の宝物だ。

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 探偵ナイトスクープに出演した際のマンボウの軟骨ボール実験の比較として使用したスーパーボールと同じ種類のボールも見せて、その時の話もした。探偵ナイトスクープから「昔の漁村の子供達がマンボウの軟骨をボール状に切り出し、スーパーボールのように弾ませて遊んでいたという情報を得たがこれが本当か検証して欲しい」と依頼が来て、実際に検証したところ、スーパーボールの約70%の跳ね返りが出ることを確認した。知らなかった伝承だったので、番組放映後、民俗学的な論文としても出版した。実物のマンボウの軟骨ボールは体験して頂くことはできなかったが、代わりのスーパーボールで、想像を膨らませて頂いた。

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 机に展開したものを一旦片付けて、今度はパソコンで秘蔵のマンボウ動画やこれまで講演したスライドを見てもらい、私が行ってきたマンボウ研究のエピソードをお話しした(話したことが多岐にわたるのでここで省略する)。プレゼンに合わせて、マンボウ類の鱗も見てもらい、種の見分け方を映像と実物とを見て覚えてもらった。パソコンを使っての解説は、論文として未発表の話もこっそり見て頂けるので、誰かに話をしたいウズウズした私の気持ちを解消する意味でも効果的だった。

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 13時頃から16時頃まで、ほぼぶっ続けでマンボウトークを話し続けていると少し暗くなってきた。まだいくらでもマンボウの話はできるが、私も少し喉が痛くなってきたので、今回はこの辺で終了しましょうとイチさんに提案。イチさんも私の提案に同意した。一度に大量のマンボウ情報を得たイチさんはやや放心状態になって、お腹いっぱいと笑っていた。ありがたくレンタル博士料をいただく。私も久々に思う存分マンボウの話を人にできたので、満足度はかなり高い。

 パソコンをしまって、帰りの準備を始める。イチさんにこの後どうするのかを聞いたところ、泊まらずにそのまま家に帰るとのことだった。イチさんは地元のスーパーのローカル品を見るのが好きだというので、私のよく通っているスーパーに案内した。スーパーを2件はしごした後、これだけは食べておいた方がいいというおススメのサクラエビのかき揚が食べられるお店があったので、その店に入り、少し早めの夕食を食べ、またビールも飲んだ。今日はとても贅沢な一日だ。

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 夕食はおごってもらうと悪いと思ったので、それぞれ別で支払った。マンボウの絵本を是非一緒に作りましょうと未来の可能性を確かめ、バス停で満足気なイチさんを見送った。今回、時間は特に決めていなかったが、10時~17時半の7時間半、マンボウのことやらこれからのことやら、いろいろ話ができて、私もお腹いっぱいになっていた。

【感想】

 今回、私的にも依頼者のイチさん的にも初めてとなる個人的なレンタル博士を実行してみた訳だが、一言で言うとすごく楽しかった。一対一なので気軽に話ができるし、普通に友達と観光して回っているような感覚だった。既にレンタル活動している人はこういう感覚なのか~と私も実感できた。何より今回私が一番嬉しかったのが、私の知識を買ってくれたことである。10年以上マンボウの研究を続けてきて、ネットでは簡単に調べることのできない知識や経験をたくさん蓄積してきた。しかし、深く狭いマンボウの知識だけでは生活費を稼いで生きていくのは非常に難しいのが現代である。そんな中、個人的でもお金を払ってでも私の話を聞きたいという方がいらっしゃったのが、大きな希望に繋がるような気がした。有償で依頼されたからには私のできる限りの知識を披露して、満足して帰って頂きたかった。今回、イチさんにいろいろお話して、充実した一日を過ごして頂けたのが私の一番の喜びである。レンタル博士は全然アリだと実感した!

 レンタル博士のメリットとしては、「論文や創作物を目の前で解説してもらえ、いつでも何でも聞きたいことを聞くことができる」、「グッズなどをその場で買え、作者のサインもその場でもらうことができ、記念写真も撮れる」、「秘蔵のエピソードや映像を教えてもらえる」などが私の中で考えられた。


 今後、「レンタル博士」の依頼を受けるなら、やはり依頼者の参考となる事前の条件を提示した方がいいと感じたので、他のレンタル事業されている方も参照して私の考えた条件を提示したいと思う。

【利用料金】往復交通費(かかれば)、飲食代(かかれば)、レンタル料1万円(上乗せ大歓迎)。特に時間は相談にて。
【できること】マンボウ研究の経験・文献や知識、マンボウ類の小型標本、これまでの講演内容、同人グッズなどを見せたり話したりできます。事前にこういうことが知りたいということを教えて頂ければ調べます。著書をお持ち頂ければサインします!
【できないこと】暴力・アダルト系の依頼、車の運転など。
【依頼後】どういう依頼があったのか、当日の様子がどうだったのかを記録して他の方とも情報を共有したいので、当日写真を何枚か撮影し(顔出しNGの場合はぼかします)、依頼後、感想を簡単な記事にしてnoteにあげさせて頂きます。noteにあげる前に記事の内容を確認して頂きます。


 こんな感じで、個人レンタルしてみたいという方がいれば、ご依頼お待ちしていまーす

~追加情報 2020年11月6日~

議論が白熱してきたので、togetter加えます。

~追加情報 2020年11月9日~

ネットニュース「ABEMA Prime」に取材されました。(水族館をめぐると楽しそう!若手研究者のサバイバル術? マンボウレンタル博士"とは? 広がるレンタルの意外なジャンルとは)

~追加情報 2020年11月16日~

AERA dot.に寄稿しました。


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