炎の桜
うなじに焼き付いた魔法陣を、きみは髪をかきあげて太陽に晒す。
きみを呪う、小さな魔法陣。
きみは首もとを隠す服を決して着ない。髪をおろすことも滅多にない。
きみはきみの身体に刻み付けられた魔法陣を、隠すつもりがないからだ。
魔法陣はきみを苦しめる。魔法陣とはすべて呪いのためにぼくたちに焼き付けられるものだからだ。それは生まれ落ちた時からそこにあったり、いつの間にかぼんやりと浮かび上がってくる。色も、形も、刻まれる場所も千差万別。たぶん滅多にいないけど、刻まれることのない人もどこかには在るのかもしれない。
ぼくには魔法陣の痛みに眉をしかめるきみの姿は見えない。きっと苦しいだろうと思うけど、ぼくにはどうしても見えない。ぼくに見えるのは、きみがぼくに示した魔法陣の在処だけ。
あの子の秘密基地を滅茶苦茶に壊したのは、きみだね。あの秘密基地が羨ましかったのか、きみが秘密基地を作るために邪魔だったのか、たまたま目についたのか、ぼくにはわからないけど。
闇の中でもなお、黒く燃え上がるきみの魔法陣。
ねえ、秘密基地を壊したのは、魔法陣なの?
違うよ。
秘密基地を壊したのは、きみだ。
でも、きみは、こんな時のためにいつも髪を上げて、首もとを見せる服を着ているんだ。
魔法陣の呪いよりも呪われたきみ自身を救うために。
それこそが魔法陣の呪いなんだろうか?
きみを苦しめて支配する、魔法陣の。
ぼくには、ぼくにはわからない。
髪をおろせば、首の詰まった服を着れば、きみはきみの魔法陣を、簡単になかったことにできる。
ねえ、知ってる?
きみが壊したあの秘密基地はね、あの子が半年もかけて、あの子のとっておきの石やガラスや木切れを集めて、やっと作ったものだったんだよ。
粉々になった基地を見て、あの子は声を出さずに泣いていた。
「魔法陣が壊したんだ」と言われたら、あの子は謝ってももらえない。もちろん秘密基地だって元に戻らない。
頬を伝っては落ちる涙が、あの子の手の甲に魔方陣を刻み付けた。
まがまがしい色の魔法陣の痛みに、もしかすると命が尽きるまで、あの子は苦しむんだ。
あの子の魔法陣を見ても、きみはうなじの魔法陣をわざとあの子に見せながら、そんなものは魔法陣じゃないと、そう笑うんだ。
きみは風に煽られて見えたぼくのくるぶしを見て、痣があるんだねと呟いた。痣がどうやったら消えるのか、とくとくとぼくに聞かせた。
きみに見えたのは痣じゃない。くっきりと、そして無数にぼくの左足に焼き付けられた、魔法陣だ。
ぼくが滅多に肌を見せる服を着ないのは、ぼくの背中にも、腕にも、魔法陣が刻みつけられているからだ。
ぼくの身体の魔法陣は、ぼくが歩いていくたびに増えていった。本当はもう、左足が痛くてとても歩けない。ぼくはもちろん、歩くことを諦めたくない。魔法陣を消したくて消したくて、どれほどもがいてきただろう。
きみが魔法陣の知識もなく、ただきみの心を慰めるために呟いた「魔法陣の消し方」が、どれだけぼくの魔法陣に痛みを与えたか、わかるかい?今もその傷は、思い出したようにときどき疼く。
自分の魔法陣の消し方も知らない者に、痣だと思い込んだ誰かの魔法陣の消し方なんて、わかるはずがない。
黙ってしまったぼくに、「助けて欲しがってばかりでつまらない人間だ」ときみは背を向ける。きみのうなじの魔法陣がきみを燃やし尽くしてしまわないようにぼくたちが黙っていることを、きみは一生気付かないんだろう。きみはきみを助けて欲しくてその魔法陣を見せているのだということにも。きみが燃やし尽くされて失われてしまってもいいなんて、ぼくたちは誰も思ってないよ。秘密基地を壊されたあの子だって。
ねえ、ぼくだって助けて欲しいんだ、きみと同じように。
魔法陣の呪いが燃え上がるたびに、あまりの痛みに耐えられなくて涙を流す。
助けて欲しいと袖をめくって魔法陣を見せると、きみと同じように痣だと笑ったり、きみと同じように「自分の魔法陣の方が痛い」と苦しがってみせる。ぼくの見たことのない魔法陣もたくさんあるけれど、あの魔法陣は簡単に消せると、そう知っているときにはぼくはやっぱり黙って目を伏せる。小さな魔法陣が、またぼくの左足に浮かび上がる。
ぼくにもきみの魔法陣の消し方はわからない。でもきっときみは、その魔法陣と一緒に歩いていけるんだ。うなじの魔法陣を受け入れたきみは、もしかしたらとても狡くて、とても強いのかもしれない。魔法陣のあるきみを受け止めてくれる人だってきっといるし、いつかその魔法陣は消えていくかもしれない。きみの痛みは消えていくかもしれない。
ごめんね、ぼくはぼくの魔法陣があまりにも痛くて、きみを助けてあげられそうにない。
ぼくの魔法陣が消えても、その消し方を知っても、その方法ではきみの魔法陣を消すことはできないから。魔法陣の種類は無限にあって、きみとぼくのそれはたぶん、全然違うから。
魔法陣から解放されたきみは、魔法陣の焼けつく痛みなんかきっと忘れてしまう。呪いの炎がぼくの肩に燃えても、きみは手品だと思うだろう。そしてぼくはまた、黙って目を伏せる。
魔法陣が蒼白く燃え上がる。
ひらりと舞い落ちる桜が、白い炎に絡めとられて跡形もなく消える。
ぼくはこの春も、次の春も、魔法陣に焼き尽くされて炎が踊る闇夜を、満開の桜だと呼ばなければいけないのだろうか。
花さえも咲かない、ぼくの立つ無限の闇。
ぼくは本物の、夜桜を見たいんだ。
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