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セーラームーンが好きというはなし
私は、恋愛もの(漫画も、ドラマも、アニメも、小説も)が本当は好きじゃない。好きじゃないというか、得意じゃない。
じゃあ、「セーラームーン」ダメじゃん。
確かに。キスシーンや、恋だの愛だのの話が多いセーラームーンは、好みかそうでないかといわれたら、そういう点では好みではないのかもしれない。
得意ではない理由は、恋愛というものを私が理解できないから。
人類愛みたいなものはよく分かっているつもりだし、人の優しさや、愛情というものも分かっているつもりだ。
でも、こと恋愛になってしまうと、お手上げだ。
私が「セーラームーン」を好きな理由は、きっと苦手な「恋愛もの」を超越しているからだと思う。
90年代のアニメは、タキシード仮面の登場や励ましで、苦境に立たされたセーラームーンが、再び元気なって頑張るというシーンが多い。
また、タキシード仮面(地場衛)との恋愛シーンも多い。見つめあって、名前を呼び合う的な。
90年代アニメは、毎回出てくるおかしなザコキャラに紛らわされてしまうけど、アニメも原作漫画も、本当のところは、過酷な運命や戦いを通して、仲間を集めたり、仲間を守ったり、思いあったり、未来を信じる力を持ち続けたり、母親(ちびうさに関しては)との葛藤だったり、強すぎる光は強すぎる闇を引き寄せる関係だったり、正義って何? だったり、未来の可能性を信じたり。諦めない強さだったり。
どちらでも、そういうものが、真摯に描かれている。
別に少女漫画でなくて、少年漫画でも通用しそうな激しさ、苛烈さがある。でも「セーラームーン」は、少女漫画で、その繊細で、華やかで、しなやかな絵柄や、色遣いや、表現があって、それがとても魅力的だと思う。
単なる「恋愛もの」でなく、私が惹かれる何かというのは、そういう所かもしれない。
戦いの最後には、幻の銀水晶だけを胸に、敵のただ中に一人飛び込んでいくセーラームーン。
クイーンとか、プリンセスとか、ドレスとかそういう華やかな感じも、幼心に好きだったのかもしれないけど、いつも泣きながら立ち上がって、敵に向かっていくセーラームーンが、私は好きだ。格好いいと思う。素敵だと思う。憧れなんだろうなと思う。そして、敵を倒すだけじゃない優しい強さも。
私にとっては、おまけの存在の恋愛要素。でも、人というのは、好きになったり、なってもらえたり、愛したり、愛されたり。その関係性は、きっととても大事なものなんだろうと思うので、「セーラームーン」からなくなればいいとは思わない。
セーラームーンが笑えば嬉しいし、泣けば悲しい。
物語のラストを、セーラームーンが笑顔で飾る姿はほっとして、良かったと思うし、いちファンとして感無量。
セーラームーンが好きでよかったと思って、物語を終えられる。それは、幸せ以外の何物でもない。
【今日の英作文】
「とても悲しい映画の展開が、私を鬱々とさせています。」
"The very sad development of the movie makes me so deptressed.''
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