ワレワレハ ウチュウジンダ
暑い。暑すぎる。日本の夏はこんなに暑かったか。
だめだ、これでは原稿なんて書けたもんじゃない。
小説家・渡会圭一は締め切りに追われ必死にキーボードをたたく手を止めて、扇風機の前に行く。
ああ、涼しい。ずっとここでぼーっとしてたいなあ。
そういえば子どもの頃にはこうしてずっと扇風機の前にいたっけ。
「ワレワレハ ウチュウジンダ」なんて言って。懐かしいなあ。
もしも渡会に反抗期の娘なんかがいたら、彼の人生は変わっていたのかもしれない。しかし、独り身の渡会には、彼の行動を抑制する恥もプライドもなかった。
久しぶりにいっちょ、やってみるか。
彼は扇風機の首振りを止め、その正面に回り込んだ。
「ワ、ワレワレハ ウチュウジンダ」
「ワレワレハ ウチュウジンダ~」
「ワレワレハ~ ウチュウジンダ~」
「ワ~レ~ワ~レ~ハ~ ウチュウジンダ~~~」
*
3日後、締め切りを過ぎてしびれを切らした編集者が渡会の家を訪れると、彼の姿はなく、扇風機の前に見たこともない小さな生物がいるだけだったという。
渡会の消息は未だ不明であり、謎の生物は未だ扇風機の前から動こうとしないらしい。
<おわり>
今ならあなたがよもやまサポーター第1号です!このご恩は忘れません…!