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ワレワレハ ウチュウジンダ

暑い。暑すぎる。日本の夏はこんなに暑かったか。

だめだ、これでは原稿なんて書けたもんじゃない。

小説家・渡会圭一は締め切りに追われ必死にキーボードをたたく手を止めて、扇風機の前に行く。

ああ、涼しい。ずっとここでぼーっとしてたいなあ。

そういえば子どもの頃にはこうしてずっと扇風機の前にいたっけ。

「ワレワレハ ウチュウジンダ」なんて言って。懐かしいなあ。

もしも渡会に反抗期の娘なんかがいたら、彼の人生は変わっていたのかもしれない。しかし、独り身の渡会には、彼の行動を抑制する恥もプライドもなかった。

久しぶりにいっちょ、やってみるか。

彼は扇風機の首振りを止め、その正面に回り込んだ。

「ワ、ワレワレハ ウチュウジンダ」

「ワレワレハ ウチュウジンダ~」

「ワレワレハ~ ウチュウジンダ~」

「ワ~レ~ワ~レ~ハ~ ウチュウジンダ~~~」

3日後、締め切りを過ぎてしびれを切らした編集者が渡会の家を訪れると、彼の姿はなく、扇風機の前に見たこともない小さな生物がいるだけだったという。

渡会の消息は未だ不明であり、謎の生物は未だ扇風機の前から動こうとしないらしい。

<おわり>

今ならあなたがよもやまサポーター第1号です!このご恩は忘れません…!