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ゴムの切れたスクール水着

夏が来れば思い出す。

私が小学校5年生の時のプールの時間。

その日は、水泳のターンと蹴伸びのテスト。

プールサイドから5メートル程離れた場所から壁に向かって泳ぎ、

到着した壁を蹴ってターンをし、

そのまま蹴伸びで、勢いのまま少しの間進むという内容。

ターンと蹴伸びがちゃんとできるかのテスト。

テストは、

順番に2人ずつの生徒がターンと蹴伸びをし、それを先生がチェックする形。

そのターンをして蹴伸びで進むエリアの周辺を、みんなが囲んで順番を待っている。

その日はとても緊張していた。

みんなの前でテストを受ける緊張と、

もう一つの緊張。

それはプールの時間に突入する前に生まれた緊張。

そんな大事な日に、

仕掛けられたかのように、

自分のスクール水着のパンツのゴムが切れていた。

男性にとっての、守りの要が失われた状況。

気を抜くと、割とすぐにストンとずれ落ちてしまう。

思ったより、ゴムの存在が大きかったことに気づいた。

自分はもしかしていじめに遭っているのかとも思ったが、

誰がしたのか、友達か、母親か、神様か、

全く見当がつかなかった。

それよりも今をなんとかしようと、

ゴムを引っ張り出して、結んで応急処置をしようと考えたが、

片方のゴムが奥の方にだいぶ入り込んでいて、

集合時間に間に合わない焦りもあり、

結局、そんな状態のまま、とにかくプールサイドに走った。

まだ、そんな失敗談をオイシイと感じられることが出来なかった私は、

誰にも相談ができずに、

さりげなく片手を腰にあて、

ただ腰に手を当てているかのような振る舞いで、

パンツが下がらないようにグッと掴んで引っ張っていた。


テスト前にターンや蹴伸びを自由練習する時間があったが、

私の練習は、

水泳パンツが脱げない泳法をなんとか編み出すための練習だった。

短い時間で出した結論は、

足はできるだけ使わず、できるだけパンツを揺さぶることを避け、

ゆっくりそ〜っとクロールして水をかく。

手で水をかく動作の途中、かいだ手を後ろから前に戻す時に、

さりげなくズボンも引っ張り上げる。

( ※その場でゆっくりとクロールの動作をしてみてください )

クロールの手と腕の動作の、

1(前から水をかいて後方に送る)、2(肘と肩を回してまた手を前に伸ばす)のリズムが、

1(前から水をかいて後方に送る)、2(肘と肩を回しきる前にズボンを掴み、引っ張る)

3(そして手を前に伸ばす) のリズムに変わる。

編み出した泳法は、ズボンを引っ張る動作がどうしても増えるのだ。

( ※その場で交互にクロールの動作をしながら、間にズボンを引っ張る動作を
    入れてみてください    )

一瞬、1・2・3の2の動作の時に、

腕が止まったかのように見えるかもしれないが、

それをいかに、止まってないかのようにみせられるか。

課題は大きい。

しかも交互に。

でも、やるしかなかった。

もう自分の中では、その開発した動作がうまくできるかのテストに変わっていた。

緊張した。


そして自分の番がきた。

想像できるオチ(その時はオチとは思っていない)にはなりたくない。

緊張した。

練習の成果を発揮できればなんとか乗り切れる。

そう信じてゆっくりクロールを始めた。

5メートル程だったので、

なんとかパンツがずれることを防ぎながら壁まで来ることができた。

「 よしっ 」。

そしてターン。

ターンは力強くできたのだが、

予想していたように、

ターンの勢いでズボンが勢いよく下がっていくのを感じた。

蹴伸びの見栄えが少し悪くなってもいいので、

片腕は前に伸ばしたまま、もう一方の手でパンツを押さえ、

少しの間、蹴伸びの勢いが止まってくるまでは片手でパンツを引き上げることに努めた。

「 よしっ 」。

周りにはどんな風に写っていたのかはわからない。

でもこうするしかなかった。

蹴伸びの勢いがおさまってくるのを感じたので、

さりげなくパンツを持っていた手をゆっくり放し、

何もなかったかのように、

ゆっくりと両腕を前に伸ばす最終形態に進化した。

体と心の力が抜け、

おそらく美しい蹴伸びとなっていただろう。

「 よしっ 」。

「 ・・・・・ 」。

次の瞬間、

水面で蹴伸びの綺麗な最終形で浮かんでいる自分の耳に、

かすかに笑い声が聞こえ始めた。


そう。

最終形で浮かんでいる数秒の間に、

ゆっくりと、

水の抵抗を穏やかに受けながら、

私のパンツが、

私に気づかれないように、

ゆっくりと足首の辺りまで、

下がっていっていたのだ。

自分の想像以上に、

進化を遂げてしまっていたのだ。


後で友達が教えてくれたのだが、

「 波打つ水面に、浮いては沈む白いお尻が、まるで新鮮な桃のように見えた 」と。

それから2週間程、

私はクラスで、

「 桃太郎 」と呼ばれることになった。


親になって、

子供たちが学校のプールの授業の日には、

必ず伝えていたことがある。


「 もし水着のゴムが切れていたとしても、オイシイと思うんやで! 」 と。


子供たちが不思議そうな顔をして出かけていく姿を見ながら、


「 今はわからなくてもいい。でもきっとわかる時がくるはず。 」


と心の中でつぶやき、頷いていた。

この後、その時はやってきた

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