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もしも腹の子に障害があったら?【あと50日】

あっという間に出産まであと50日。
計画無痛分娩を希望しているので、腹の子の成長次第ではもしかしたら50日も無いかもしれない。
相変わらず自宅安静中なので本を読んだり映画やYouTubeを観たりして目を酷使する生活を送っている。

1日中横になっているので切迫早産前の生活よりも胎動は感じやすいはずなのだが、昼間の腹の子はおとなしい。夜22時以降になると俺のターン!ばりに動き出す。昨夜は1時間ほど腹の中でしゃっくりしていた。キックゲームも気まぐれに返してくれる。たまに腹の子の足(もしくは手)を強めに押し返してしまって、骨折れてないよね…?と不安になることもある。


横になっていることが仕事の今、いろんなことを考えてしまう。特に繰り返し考えてしまうのは、もしも腹の子が障害や難病を持って生まれた場合のことだ。私(夫も含めて)は子をかわいい、大切だと思えるのだろうか。


私たちは出生前診断を受けなかった。
妊娠する前は絶対に受けてから産みたいと思っていたが、調べるうちに考えが変わってやめたのだ。

診断方法にも何種類かあるが、どれも自費診療なのでまあまあ高額だ。調べられる障害も、基本的にダウン症をはじめとした染色体異常数種類のみで、知的障害の有無や視力・聴力の異常までは分からない。医療の進歩は凄まじいと思っていたので、出生前に調べられる項目がこんなに少ないなんて当事者になるまで知らなかった。

夫は「数種類しか分からないとしても、検査した方がいいんじゃない?」と終始慎重な姿勢だったが、話し合いを重ね以下の結論に落ち着いた。

  1. 検査に高額な費用をかけるんだったらその額を無痛分娩費に回して夫と2人の里帰らない育児に備えたい

  2. 世の中には私たちが聞いたこともない障害や難病がたくさんあるし、それを生まれる前から心配していたらキリがない

  3. もしも異常が認められた場合、産むのか諦めるのか話し合っても決めきれなかった(主に私が)

  4. ちょうど悪阻が落ち着き始めた時期の話だったので、もし諦めた場合また1から頑張る気力が持てない

  5. 20代後半で診断を受ける必要性が本当にあるのか、障害有無の確率論的には微妙だと感じた


夫はもしかしたらそれでも受けた方が…と思っていたかも知れない。私も未だに急に不安になって「あのとき受けとけばよかったかな」と思うこともある。でもその不安は『異常がないということ前提として、一応確認して安心したいだけ』ということも分かっている。そんなどうしようもない不安に駆られたとき、思い返すようにしていることがある。
私は仕事柄、障害者手帳を持っている方やその家族と接する機会が多くあった。その人たちの多くは手帳を見せてもらって初めて分かるくらい本当に普通で、支えている家族の方々もいたって普通の人ばかりだった。私が接するのは生活のほんの一瞬だけだし、当事者や家族にしか分からない苦労がたくさんあるということもわかっているつもりだ。でも、その人たちと接していると、どんな障害や病気を持っていても結局は本人次第で有意義に生活できるんだなと思える。だから腹の子大丈夫だよ、とりあえず無事に生まれてきてくれればいいよ、と自分を落ち着かせるまでをセットにしている。


正直、ここまで心の整理をしていても、いざ生まれて何かあったときに子をかわいい・大切だと思えるのかは未だに分からない。よく「自分の子どもはどんな姿でもかわいいよ」と言うけど、本当にそう思えるのかも分からない。もう妊娠9ヶ月。どんな出産になったとしても、今後どれだけ時間がかかったとしても、最終的には全て受け入れるしか選択肢はない。それだけは分かっている。だったら残りの50日ご機嫌に過ごした方が得じゃんね〜という気持ちで今日も自宅安静生活を満喫している。



追記
妊娠・出産・育児に関するサイトを見ていると、障害や難病に備える保険の広告とか、発達障害児を育てる人のVlogが関連付けされてくるとか、死産の体験談を綴ったブログとか、不安を煽るものがアルゴリズムで引っかかりやすくなるのどうにかならないんかな(noteもそう)。精神衛生上良くないよね😞


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