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デザインリサーチとは? (その2:情報収集編) #196

前回はこちら

前回の「その1:問題設定編」では、リサーチで明らかにしていきたい問題を設定する方法を見ていきました。今回は、「その2:情報収集編」と題して、設定した疑問に答えていくために情報収集をする方法を見ていきましょう。


なぜ情報収集をするのか?

問いを設定したということは、何かがわからないということです。特にリサーチにおける疑問は、インターネットなどで調べても答えがわからない問いを設定します。そのため、デザイナー自身で調査をしなければなりません。

また、問いを設定したということは、自分たちがその問いの答えを知らないことを自覚することでもあります。その問いの答えを見つけるべく情報収集をすることで、デザイナーが持っていた偏見や思い込みを克服し、世界をありのままに見ることを目指します。

質的調査でThick Dataを集める

授業で教わった情報収集の方法は、ProvotypeとSemi-Structured Interviewの2つでした。どちらも質的調査と呼ばれる方法に分類されますが、それぞれの具体的な内容を見ていく前に質的調査とは何かを確認しておきましょう。

情報収集には大きく分けて、量的調査と質的調査の2種類があります。量的調査とは、定量的なデータを集めて得られたデータを統計的に分析する方法です。自然科学の実験などをイメージすれば大丈夫です。流行りのビッグデータなどは量的調査の最先端の方法です。

一方、質的調査ではこうした数値に現れない些細な兆候を拾い上げます。質的調査と言えば、人類学などのフィールドワークなどの手法が代表的です。科学的・客観的であることが重視される環境では質的調査は軽視されますが、デザインリサーチでは質的調査で得られるインサイト(洞察)も活用していきます。

質的データのことを「Thick Data」と呼ぶこともあります。一般的には量的データである「Big Data」を統計処理をすることが、新しいインサイトを生み出す方法と思われています。しかし、Big Dataはどこまでいっても「統計学」の延長線上にしかありません。

一方、エスノグラフィー的なアプローチで得られた「Thick Data」では、デザイナーが肌で感じた感覚を大事にします。それは統計的に言えばサンプル数が足りないと言われるかもしれませんが、問題の本質を捉えたインサイトかもしれないのです。定量化できないことをないがしろにする科学に対するデザインからのアンチテーゼですね。以下の動画が参考になります。


情報収集系のデザインツール

では、どうやって情報収集をすればいいのでしょうか? デザインの世界では、各デザインプロセスにおいて思考を助けてくれる「デザインツール」があります。「デザインリサーチとは?」シリーズでは、私が授業で実際に使ったデザインツールを抜粋して紹介します。今回は情報収集系のデザインツールとして、「Provotype」「Semi-Structured Interview」を紹介します。

Provotype

プロボタイプ(Provotype)とは、provoke(挑発する、刺激する)とprototypeを組み合わせた造語です。以下の図のように、デザインプロセスの序盤(リサーチ)に使われるデザインツールです。プロ'ト'タイプ(Prototype)とは異なるので注意しましょう。

https://medium.com/@thestratosgroup/moving-from-prototyping-to-provotyping-cedf42a48e90

プロ'ト'タイプは、ユーザーのニーズを把握して、どのような製品やサービスを作るかを明確にした後で、現時点で想像しうる完成品に近いものとして作る試作品です。デザイナーとしてはほぼ完成品だという状態の試作品をユーザーに使ってもらい、得られたフィールドバックをもとに修正するというイメージです。その時、多少の機能の変更はありますが、対象とするニーズの変更や、コンセプト自体の見直しはしません。

一方、プロ'ボ'タイプは、ユーザーの隠れたニーズを引き出すことを目的とした試作品(Artifact)を使うリサーチの手法の一種です。この時点では具体的な製品やサービス像はまったく浮かんでいないので、プロ'ボ'タイプ自体の機能や形状は製品やサービスとは関係がありません。とにかくユーザーから何かしらの反応を引きだすことを目的としています。

つまり、プロ'ト'タイプは解決策の妥当性の検証方法であるのにたいして、プロ'ボ'タイプは情報収集の手法です。デザインプロセスを表すダブルダイヤモンド図で言えば、探索段階でプロ'ボ'タイプを使い、提供段階でプロ'ト'タイプを使います。

https://uxdaystokyo.com/articles/glossary/doublediamond/


Semi-Structured Interview(半構造化インタビュー)

Structured Interview(構造化されたインタビュー)の場合はいわゆるアンケート調査で、あらかじめ質問内容を決めておく一問一答形式のインタビューです。一方、Semi-Structured Interviewでは、インタビューでどんな情報を聞きたいかという方針いくつかの質問の候補を準備しておくだけなのが特徴です。

手順としては、まず「Project Object(自分たちの活動の目的)」を設定します。次に、Project Objectを実現するための「Learning Aims(知りたい/知るべきこと)」も設定します。デザインリサーチにおいて、解決策を考えるのはまだまだ先の話で、現状をどれだけ深く理解できるかに注力します。

ここまでの「Semi-Structure Interview」の下準備が済んだら、どのような質問をすれば「Learnig Aims」に叶う回答を引き出せるのかを考えていきます。ここでは、知りたいことを相手に直接聞くような質問は用意しません。何気ない日常会話を装って、いつの間にか相手の価値観に迫るという方法を取ります。

そして、実際にインタビューをする時についてですが、一番の注意点は「機械的に質問をしないようにする」ということです。いわゆる「アンケート」とは違います。作成した質問リストを読み上げていって、箇条書きのQAを手に入れることが目的ではありません。インタビューで得られたデータを統計的な処理をしたいわけでもないからです。

相手の答えから気になる部分や、自分が想定していた質問に関係する部分を抜き出して、自然な会話を続けることを優先します。この事前準備した質問事項に囚われない方法が「Semi-Structure Interview」の真髄です。友達と話しているような気になってインタビューであることを忘れるような対話をすることが、その人の深層心理や価値観を理解するために繋がります

他にも「こちらの解釈を言わない」「インタビュアーから自己紹介をする」「プライベートな質問は仲良くなってから」「クローズドクエスチョンよりオープンクエスチョン」など、細かなコツ(Tips&Tricks)はあるようです。ただ、そんなテクニック論よりも、「相手のことを知りたい」という好奇心が大切な気がします。

このようにSemi-Structured Interviewでは、機械的に一問一答形式でインタビューをするのではなく、相手と雑談をするように自然な会話をしながら、リサーチしたい内容のヒントになりそうな話を聞きだすというデザインツールです。


ケース・スタディ

パーソンズ美術大学・Transdisciplinary DesignのDesign-Led Researchという授業での体験から、今回の方法論が実際にどのように使われるのかを見ていく「ケース・スタディ」のコーナーです。「Provotype」と「Semi-Structured Interview」をどのように使っていくのかの具体的な実践例を紹介します。

前回は、「How might we…?」というデザインツールで、"How might we reduce the burden on caregivers to support their own mental health?"(どうすればケアをする人のメンタルヘルスをサポートするために彼らの負担を軽減できるか?)についてリサーチしていくと決めました。この問題設定においてまず、Careをする-されるの関係性がどうなっているのかを知るためにプロボタイプを使うことにしました。

Provotype

考案したのは「ケア絵馬」です。片面に「I take care of…」と書かれ、反対側に「… takes care of me.」と書かれていて、自分が誰をケアしていて、誰が自分をケアしているのかを書いてもらうというものです。書いたら紐に吊るしてもらうことで、ケアをしてもらっていることに感謝する気持ちを引き出せたら(Provoke)いいなという意図も込められたプロボタイプです。

色紙でプロボタイプを即席でつくる
絵馬のように吊るすスタイル

実際に、学校内に設置して他の学部の学生にも参加してもらおうと企画していましたが、某感染症の影響で実施できなくなってしまいました。そこで、急遽Google フォームで同様の質問をつくって対応することに。結果50人ほどが回答してくれました。

Google フォーム バージョン

家族や友人、ペットや植物と答える人が多数ですが、私たちが注目したのは「I take care of myself.」 という回答でした。プロボタイプをするまでは、Careは二人以上の関係性に発生する現象だと思っていました。しかし、自分が自分をCareするという言い方もできるように、Careは一人の時でも発生すること、つまりセルフケアもケアの一種であることに気づきました。

Semi-Structured Interview

そこからグループの問いは、「現代人はどのようなセルフケアをしているのか?」に移りました。Semi-Structured Interviewでこの問いを調べることになり、私は仕事から帰ってきた韓国系アメリカ人のルームメイトに30分ほどインタビューをしました。

「仕事は何をしているの?」
「映像関係の仕事で、フリーランスだよ。」
「今日の仕事はどうだった?」
「会社支給のパソコンが遅くて、最悪だった。」
「イライラした時、どうしてたの?」←セルフケアの話題にさりげなく移る
「スマホで韓国ドラマ観てた。」

などと雑談をしながら、セルフケアについての話をしていきます。インタビューで分かったのは、彼はセルフケアは意図的にはしていないということでした。ただ、モヤモヤする時はSNSに愚痴を書いたり、友達とオンラインゲームをしたりするそうで、無意識にセルフケアをしていたことも分かりました。

こうしたインタビューを他のグループメンバーも友人や家族にして、セルフケアの実態をリサーチしました。その結果、私がインタビューしたルームメイトと同じく、セルフケアを意識的にしていると答える人はいないということが分かりました。また、セルフケアをしない理由として仕事の忙しさがあると答えるという情報が得られました。

今回の進捗

情報収集の前は「Careをする-されるの関係性はどうなっているのか?」という問いだったのが、情報収集のデザインツールを使うことで、「どうしてセルフケアをしないのか? どうすればセルフケアをするようになるのか?」という問いへと変わりました。


まとめ

デザインリサーチにおける情報収集では質的調査を重視すること、情報収集のデザインツールとしてProvotypeやSemi-Structured Interviewなどがあることを紹介しました。

次回は「その3:センスメイキング編」と題して、集めた情報から問題の本質を捉える方法を見ていきます。


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