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【小説】弥勒奇譚 第二十話

仕事場に戻った弥勒はすぐにでも彩色に取り掛かりたかったがなかなか筆を手に取ることが出来ないでいた。
「やらせてくれ」と言ってはみたもののさほど経験があるわけでもなく思い悩んでいた。「そうだ、あれから室生寺造仏も進んだろうから一度見せてもらいに行こう。何か参考になるかも知れない」
ここに来る時は気後れしていた弥勒だったが薬師如来を彫り上げたと言う自信も手伝って室生寺を訪ねる気になった。
事前に不動を通して頼んでもらっていたので直接作業場を訪れた。
「仏師の弥勒と申します。仏像を拝見したいのですが」
蝉しぐれにかき消されてか、なかなか返事が返ってこない。
二三度声を掛けると男が顔を出した。
「ああ、聞いておりますどうぞ中で見て頂いて結構です」
棟梁と思しきその男が弥勒を招き入れてくれ説明してくれた。
まさに、薬師如来立像、地蔵菩薩立像が完成間近と
なっていてこれから彩色に取り掛かるところであった。
弥勒の眼を引いたのは仏像ではなく見事な板絵の光背であった。最近、増えていると噂には聞いていたが見るのは初めてで、光背と言えば彫刻と思っていた弥勒にとっては全く新鮮だった。
光背に色付けをしている男の手の空いた頃合いを見計らって声を掛けてみた。
「この光背の艶やかなそれでいて柔らかい色使いは
何か特別な方法があるのでしょうか」男は一瞬
驚いたような顔をして弥勒の顔を見たががすぐに話をしてくれた。「これはちょっとした工夫があります。
目的の色と色の間にぼかしを入れるのです、
こうするととても柔らかな印象になります」
「なるほど、そう言えば色の境界がはっきりしませんね。こういう手法があるのですね」

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