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【小説】弥勒奇譚 第二十六話

それにしてもすごい人の数だな。麓の村でもおまえの造った薬師如来の噂で持ちきりだったからな」
不空はまるで自分の事のように嬉しそうに言うのだった。
弥勒もそんな師匠の様子を見て今まで感じなかった
達成感がじわじわと湧いてくるのだった。
「師匠、そろそろ始まりますのでこちらへどうぞ
お越しください」
弥勒に促されて不空が席に着くのと同時に虚空上人の読経が始まった。隣には不動が、その向こうには文殊も参列していた。
大寺での開眼供養とは違い導師の読経と参列者の
祈念だけの簡単なもので粛々と進んで行った。
弥勒も手を合わせ最後に願主である不動が祈りを終えると虚空上人が筆をとり薬師如来に眼を書き入れた。
眼を入れられた薬師如来は文字通り命を吹き込まれた如く生気を発したように弥勒には感じられた。
弥勒は普通の仏像には感じられないような何か命を持つもののような生々しいものを感じ、戸惑いを覚えながらも作者である自分の手を離れ仏としてまさに成仏したのだと確信した。

朝から快晴だった空模様は開眼供養が始まるころから次第に怪しくなり雨も降りだしてきた。
終わるころには昼間とは思えないほど暗くなり
猛烈な雷鳴と共に稲光が空を走った。
雷鳴と稲光は次第に近づき遂には境内の杉の木に
ものすごい音とともに雷が落ちた。参列者たちは悲鳴とも取れない叫び声とともに逃げまどい、中には
「龍神様のお怒りに触れたのでは」などと言い出す
ものまでいて騒然とした有様となった。
そんななか不動は落ち着いた様子で参列者を御堂に導き入れた。
「皆の衆よこの良き日に龍神様がお怒りになるはずがないではないか。これは逆に喜ばれておるのじゃ。薬師如来が龍穴社をお守りくださるために成仏なされたのを喜んでおられるのじゃ」
人々が不動の話を聞き落ち着きを取り戻した頃には
先程までの雷雨が嘘のように雨は止み雲は晴れ陽の光が戻った。東の空には見事な虹が現れた。

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