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【小説】弥勒奇譚 第七話

山田寺を辞すと来た道を戻り松阪方面に曲がり初瀬街道に入る。
このまま行けば夜遅くには室生に着けそうだが不案内な山道を夜中に一人歩くのは気が進まなかった。まだ日暮れまでには少しあったが初瀬で一泊する事にした。
明日の今頃は室生の里にいるのかと思うとなかなか
寝付けなかった。
あの夢の景色を見ることになるのだろうかそれとも全く関係の無い話なのだろうか。
翌朝は山道もあるので足ごしらえを十分にして出発した。
まずは長谷寺に参拝することにして街道を挟んで南側の山に向かった。
さすがに観音霊場として多くの参拝者を集めるだけあって活気で溢れていた。椿の花が両脇を埋める長い回廊を巡礼者達が登って行く。弥勒もその人達に混ざって登っていくと大きな本堂の屋根が見えてきた。
長谷寺の本尊は十一面観音だが巨像であり地蔵菩薩のように錫杖と数珠を持つその独特のお姿で知られている。
弥勒は仏像としてはここの本尊にそれほど興味があった訳ではなかった。ただ観音様のご利益にあやかろうと本堂に上がった。巡礼者の焚く香に咽かえりながら本尊を拝観し造仏の成就を祈念した。
仏像と言うより本堂の柱や壁の一部と化したような
十一面観音像の巨大さには驚かされたが、思っていたような違和感もなく三十尺に余る巨像を造り上げた仏師の力量に感心するのだった。

初瀬街道を下り大野の集落で右に入り山道に差し掛かるころには、折悪く小雪も舞出した。殺風景な谷川沿いの道を足元を気にしながらゆっくりと登って行く。あまり人通りもないのか笹の葉が覆いかぶさって人一人がようやく通れそうな道を掻き分けながら進む。寒さも一段と増してきたように感じる。
この先に本当に人が住んでいるのかと疑いたくなるようなほど心細い道であった。

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