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【小説】真神奇譚 第十九話

 「二度と結界に近づくんじゃないぞ」
眩次がつららの間を覗き込むと鳥居の結界の中に三つの影がぼんやりと浮かび上がっているのが見えた。
 振り返って何か言っている真ん中の影がこちらに向き直った瞬間眩次は滝壺に飛び込んで一目散に向こう岸まで泳ぎ渡った。
 「旦那、旦那あっしです、眩次です」
 残り二つの影は真っ白と真っ黒の身体、日光と月光だった。
 「ちっ、またあの時の狸か。お前も近づいてはいかんぞ。さあ二人とも早く立ち去るのだ」
 そう言うと日光と月光は結界の中に消えて行った。
 「てやんでい、てめえらに言われなくても行くよ」
 「旦那、本当に旦那ですよね。まさか会えるとは思いやせんでしたよ」
 「よせ、眩次よそんな濡れた身体でまとわりつくんじゃない。しかしこちらは寒いな。隠れ里から出てくるとこの寒さは応えるな。しかしなんでお前がここにいるのだ」
 「いや、あれから一年たちましたし雪さんと最後のお別れをしにきたんでやす。そうかそういえば今夜も満月でしたね」
 「そうか、もう一年かそれにしてもお前とは腐れ縁と言うことだな」
 「それはそうと五郎蔵さんはどうしやした」
 小四郎は少し目を曇らせた。
 「五郎蔵さんか、彼は亡くなったよ」
 「え、そうでしたか。それは残念でした」
 「まあ、積もる話は後だ。ここは寒すぎる。はやく山を下りよう」
 
 「そうかあれから一年か、もっと長かった気もするがな。それにしても眩次よまだ四国に帰ってなかったのか」
 「なに、あっしが旦那をおいていなくなる訳がないでしょうが、あっしは一日も欠かさず旦那の無事を祈っていやした」
 「旦那、だまされちゃいけませよ、殊勝なことを言ってますがこいつはふらふら遊びまわっていましたよ。ついこの前も東京見物だとかで出かけてましたが、日比谷公園や大手町で人間に見つかって大騒ぎだったんです。新聞にまで載ってね」
 「お前も相変わらずだな」呆れ顔の小四郎だったが口元は緩んでいた。
 「姉さんもう勘弁してくださいよ。それで旦那隠れ里では何があったんです」
 そんなやり取りをしているうちに、もうねぐらの祠に着いていた。


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