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【小説】弥勒奇譚 第二十二話

本地仏は寺の仏像と違い一度厨子に納められると
よほどのことが無い限り厨子の扉が開かれることは無い。
開眼供養の後はおそらく再び見ることは無いのだろう。
そう思うと完成した喜びとは裏腹に寂寥感にも似た感慨がこみ上げてくるのだった。
「弥勒殿疲れた顔をされておるの。御用ですかな」
背後で相変わらず元気な不動の声がした。
「これは失礼しました。薬師如来が完成しましたのでこれからの事を相談に参りました」
「それはめでたい。厨子もあのように数日後には完成しよう。
開眼供養の日取りはお伺いを立てるのでお待ちくだされ」
「それより是非、薬師様を拝見したいものですな」
「明日にはここまで下ろしても構いませんが」
「それでは明日、里の衆に頼んでお運びいたそう」

翌日、朝から里人が六名ほど仕事場にきて薬師如来像を運ぶ準備をしていた。里人たちは作業場の薬師如来に手を合わせては口々に「見事なもんだ」「ありがたいことだ」と驚きとも感嘆とも取れぬ声を上げるのだった。
里人たちはいとも簡単に木組みの御輿を造り、再び手を合わせたのち慎重に像を載せて龍穴社へと下って行った。そして、社務所の一室に安置された。
不動は待ち兼ねたように薬師如来像に対するとひとしきり祝詞をあげしばらくの間見入っていた。
「まさに瑠璃光浄土の主に相応しいお姿ですな。
彫りあがった時のお姿も見事でしたがこのように
色付けが済んだお姿は一段と美しいですな」
「しかしこの色付けは今まで見た仏様とは
だいぶ違うようですが」
「先日、室生寺に行った折に絵師から新しい手法を
聞きましたもので見様見まねでこのように色付けしてみました」
「さようか。何かこうお姿が浮かび上がるように見えますな。何とも美しい」
「正直、本格的な彩色ははじめてなもので自信はありませんが不動殿にそう言ってもらって安心しました」

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