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大学授業一歩前(第144講)

はじめに

 今回は書評家の渡辺祐真様に記事を寄稿して頂きました。大変お忙しい中記事を作成して頂きありがとうございました。是非、今回もご一読下さいませ。

プロフィール

Q:ご自身のプロフィールを教えて下さい。
A:渡辺祐真(スケザネ)と申します。
 1992年生まれ。東京のゲーム会社でシナリオライターとして働くかたわら、2021年から書評系YouTuber・書評家として、文学を中心に本の紹介をしている者です。
 YouTubeチャンネル「スケザネ図書館」では、本の発信や作家さんなどへのインタビューの配信をしており、書評家としては、書評や各種雑誌等への寄稿、文庫の解説等を執筆。2022年4月からは毎日新聞の文芸時評を担当しています。

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  7月末に初の単著『物語のカギ』(笠間書院)を刊行しました。

オススメの過ごし方

Q:大学生のオススメの過ごし方を教えて下さい。

A:大学に入る前、そして大学に入ってから、大人たちから将来の夢を聞かれることはありませんか?夢が決まっていればそれを答えるだけですが、決まっていない場合は曖昧な返事をするしかないですよね。(僕もそうでした。)
 そんなぼんやりとした回答をすると、早く夢を決めてそれに向けて努力すべきだなどと怒られます。
 確かに大学生活とは、将来の夢や就職活動に向けて、きっちり準備をして過ごすべき期間だと言われることも多いでしょう。
 でも、僕は声を大にして言いたい。無理に準備をしなくてもいい!
 ……。いや、準備が悪いんじゃないんです。正確に言うと、準備だけじゃ足りないんです。準備以前の「一歩手前の準備」がないと、準備すらさせてもらえなくなるんです。
 どういうことか?社会に出ると、定期試験や受験のように、「〇〇という目標があるから、それに向けて××までに然るべき準備をしなさい」と言ってもらえる機会は極端に減ります。それどころか、準備ができている人のもとに、目標を達成するチャンスがやってくるようになるんです。
 私が以前にいた会社に、中国語を学んでいた女性がいました。別に明確な目標があったわけではなく、趣味だったそうです。ところがある日、突然に会社が中国進出を果たすことになり、その支部長補佐に彼女が抜擢されました。大栄転です。これは、中国に行ってほしいから期日までに中国語を勉強してください、という発想ではなく、既に中国語がある程度できる彼女に行ってもらおう、という考え方です。(中国語ができるからだけではないと思いますが、大きな要因になったことは間違いありません。)もちろん、転勤が決まってから、彼女は集中的に中国語や中国文化を勉強していました。これが「準備」です。でも、彼女がその準備をできたのは、普段から中国語を学んでいたという「一歩手前の準備」があればこそでした。
 私の場合も、本が好きで、わき目もふらずに本を読み漁っていましたところ、「スケザネはこういう本を読んでいるらしいから、その本の書評を書いてもらおう」と、依頼を頂けるようになりました。これも一歩手前の準備のおかげです。
 こうした一歩手前の準備をたくさんしておけば、たくさんのチャンスがめぐってきます。
 だから、大学では「準備」ではなく、「一歩手前の準備」をたくさんしてほしいのです。

必須の能力

Q:大学生に必須の能力を教えて下さい。

A:さきほどの話の続きになりますが、「一歩手前の準備」をできるような能力を身につけてほしいです。
 では、そもそも「一歩手前の準備」とは、具体的になんでしょうか? それは、特定の試験や目標を達するために行う準備ではなく、目的なんか気にしないで、好きなことをめいいっぱい、誰にも負けないほど打ち込むことです。好きなことで良い。ただ、やるからにはそれを極めるつもりで、徹底的にやる。
 私の知り合いには、架空の町の地図を作り続けている地図職人、競技かるたの名人、宇宙物理学者がいますが、彼らに共通しているのは対象が好きで好きでたまらないことです。
 好きだから時間をたっぷりかけているし、様々な工夫も労力も惜しまない。つまり、大学生に必須の能力は、自分の好きな対象に注ぎこめるだけの愛情。それを極める時に、いかにアプローチすればいいかを試行錯誤し続けられる粘り強さです。
 とはいえ、その肝心なやりたいことが見つからないという方もいると思うので、勝手に二つ薦めてみます。それは「外国語を学ぶこと」と「全集を読むこと」です。
 まずは外国語。何でも良いので、四年間一つの外国語をやり続けてみてください。例えば、イタリア語を選んだら、イタリア語の文法書を毎日読み続ける。トイレやスマホに活用表や単語を貼っておく。
 日本語以外にもう一つわかる言葉があるのは、それだけで開ける扉(アクセスできる情報、コミュニケーションできる人間、鑑賞できる芸術など)が増えます。しかも、一長一短には身に着かない、素晴らしい能力です。
 次に「全集」です。全集というものを知っているでしょうか?基本的にはある作家の作品が全て収録されたシリーズです。例えば、「夏目漱石全集」なら、漱石の小説や評論、書簡などが網羅的に収められています。ある作家の全集を決めて、それを全部読んでみてください。
 一人の作家の作品を読み通すということは、一人の人間が一生を賭けて成し遂げた仕事の大部分を知ることができます。一人の人間を知ると、その人がずっと持ち続けていた関心や問題意識、あるいはそれらの変化、人生の節目(大病や家族や大切なものの喪失、子どもの誕生など)に何を感じたのかなど。
 これから自分が人生を送るとき、大きなモノサシを一つ持つことができるようになります。

学ぶ意義

Q:ご自身にとっての学ぶことの意義を教えて下さい。

A:大きな話からになりますが、人生に必要なのは「人生観」だと思っています。ここで言う人生観とは、人生上で遭遇する事物、事象、人間に対して、どう感じ、どう考え、どう行動するか、そうした時の基礎になる価値観です。
 例えば、ある美術品を美しいと感じるか無価値と感じるか、それをめぐってどのような思索を展開できるか。恋人と別れたときに、自分をどう納得させられるか。大切な人が亡くなった友人に、どんな言葉をかけてあげられるか。仕事の課題をどうこなせるか。ある社会的事件をどう受け止められるか。そうした問いに答えを出すための回路が人生観です。
 では、人生観を磨くためにはどうすればいいと思いますか?
 少なくない方が、色々な体験をすること、という答えを思い浮かべた気がします。
 それは確かに正解の一つですが、唯一絶対の正解ではないと思います。なぜなら一人の人間が経験できることなんて限られているからです。「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」と言いますが、自分の経験を信じすぎると独りよがりになる恐れがあるのです。
 そうした自分という限定から解き放たれ、より広く、より大きな視座から人生観を磨く方法が、他ならぬ「学び」です。ある対象にじっくりと向き合い、それを極めようとすると、必然的に色々なことを学ぶ必要が出てきます。
 例えば、文学について極めようと思ったら、その作家のこと、彼が生きた時代のこと、彼が持っていた社会的関心、その作品を解釈するための思想や理論、作品に描かれた人間の感情、先人がその作品に下した評価など。すると、おのずと自分という狭い人生観を開いていかなければなりません。
 どんな対象でも真剣に、誰にも負けないくらいに学ぼうとすれば、そうした深い人生観を求められるはずです。そして、深い人生観に辿り着くことができれば、そこからほかの対象にもしっかりと向き合えることは難しくないはずです。
 慎みと覚悟と愛を持って学び、それらをもっと磨くために更に学んでください。

オススメの一冊

Q:今だからこそ大学生に読んでおいてほしい一冊を教えて下さい。

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A:『須賀敦子全集 第1巻』(河出書房新社)。
 必須の能力に関する回答で、全集を読んでほしいと書いたので、難解ではなく、安価で手に入り、多くの人に読んでほしく、人生観を磨くのにぴったりな一冊を推薦します。
著者は、日本とイタリアと軸とした比較文学者として教鞭をとりながら、エッセイストとしても活躍した人物です。その深い人生観によって見据えられる文学作品や町並みのなんと色鮮やかなことか。
 イタリアの町並み、イタリアでの生活が、丹精な日本語で綴られます。
激しい起承転結で揺さぶられるような面白さではなく、滋味深く、淡い水の奥に隠れている甘みのような、そんな魅力を湛えている作品です。ゆっくりと、少しずつ、時に飽きて一年くらい忘れてもいいので、でも読み続けてください。

メッセージ

Q:最後に学生に向けてのメッセージをお願いします。

A:好きなことを、とことん極める。それは易しいことでも、楽しいことばかりでもありません。極めるには、責任も困難も伴います。でも、だからこそもっと好きになれるし、楽しいはずです。そして、オマケに色々なことがわかるようになる。
 私が予備校の頃、最もお世話になった方に、駿台予備学校の大島保彦先生という方がいらっしゃいます。大島先生は、将来あなた方に助けを求める人が現れるはずです、その人を助けられるように今しっかり勉強してください、とよく仰いました。勉強していくことは自分を磨き、その結果、自分が助けられるかもしれない人を増やす行為だと思います。
 今はまだ、家族や教員、バイト先の先輩など、様々な年長者に守られ、助けてもらうことが多い立場です。でも、それがやがて助ける立場になるはずです。まだ見ぬその人を助けるために、学んでみましょう。

おわりに

 今回は書評家の渡辺祐真様に記事を寄稿して頂きました。大変お忙しい中記事を作成して頂きありがとうございました。実は今までの中で最高ボリュームの記事となっておりますが、短縮したヴァージョンも渡辺様に送って頂いておりました。ですが、こちらの方が生き生きとした文章でとても読んでいて私自身が楽しく、あえてこちらの方を今回掲載させて頂きました。

 では、「一歩手前の準備」とは、具体的になんでしょうか?
 それは、特定の試験や目標を達するために行う準備ではなく、目的なんか気にしないで、好きなことをめいいっぱい、誰にも負けないほど打ち込むことです。好きなことで良い。ただ、やるからにはそれを極めるつもりで、徹底的にやる。

 大学での勉強が何の役に立つのか。このようなことを言う人も確かにいます。ですが、目的なんか気にせず、好きな分野が見つかったらそれをとことん突き詰めれば良いと思います。だって、学ぶことは辛いけど楽しいから。



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