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恋わずらい

堪忍袋の緒が切れた。
まさか自分が怒りに支配されるなんて、まじで夢にも思いませんでしたが、
あの時の自分はまさに堪忍袋の緒が切れた状態だったのだと思います。

きっかけは中学生の自分の振る舞いにさかのぼります。
彼女と自分は似た者同士であるとお互いに感じていたので、違う学校に通っているご近所さんという関係性にしては仲が良かったと思います。

お互いになんだか世の中を斜めに見ているというか、期待していないあるいは諦めたような考えを持っている。
そんな思春期あるあるの特に変哲のない個性ですが、しかし確かに彼女と自分の関係性を促進させる要素でした。

二人の近所には大きな川が流れており、沿岸部はアスファルトで舗装されているその道を歩きながら、いつも学校の人間関係の話をしていました。
彼女はとても聞き上手で、話を盛り上げるような深堀りをしてくれる、芯を食った質問や意見を投げかけてくれました。
当時の自分はその時間がたまらなく充実したものだったと思います。

彼女は中高一貫の学校に通っており、自分は普通の公立中学校に通っていました。そこで自分は彼女と同じ学校へ行こうと受験勉強にやる気を燃やしましたが、今まで勉強してこなかった負債に負け、早々に諦めてしまいました。
今思い返すと、これが初めて彼女を大きく失望させた出来事だったのかもしれません。



自分は実家から一番近い高校へ進学しました。
そこでの学校生活はとても楽しく、放課後は友人と教室に残ってゲームをしたり、帰り道はいつもフリースペースのあるスーパーとカフェが合体したようなところへ寄り道をしていました。
それは同時に彼女と過ごす時間が以前よりも少なくなっていくことを意味します。彼女と高校へ入学するまでは三日に一度は顔を合わせていたけれど、気づけば一週間に一度に、そして二週間に一度にといった具合でした。

当時の自分はそれほど、友人と一緒にいることが充実したものだったのだと思います。

一年生の終わり頃、中学の同級生から彼女が高校を退学したと聞きました。
とても驚いたのを覚えています。成績は良い方で、毎日学校へ通っていた彼女が急に退学するなんて。
彼女と疎遠になっていた時期に何かがあったのでしょうが、当時の自分はそれを聞くことはしませんでした。

二年生の夏休み、彼女から久しぶりに電話が来ました。
当時、動揺したことを覚えています。もうてっきり彼女とは特に関係がなくなったものだと考えていました。しかし同時に彼女のことを気にかけていたので、すぐに電話を取りました。

電話をしていく中で、どうして退学をしたのかという話が進んでいくたびに、彼女の声が震えていくのがわかりました。
彼女に会いに行きました。居てもたってもいられなくなったのです。

彼女の家は明かりが灯っておらず真っ暗でした。
ピンポンも音が鳴る気配がなく、ドアをドンドンと叩いたことを覚えています。家に入ると彼女がいました。髪がとても長く伸びていました。
自分は彼女とひさしぶりに会って、会話をしました。

無視されたこと。物を壊されて隠されたこと。髪を切られそうになったこと。

とくとくと彼女が話すさまを見て、あの頃とは立場が変わったなと妙に俯瞰して状況を整理していました。

この出来事は彼女とまた親交を深めていくきっかけになりました。
週に二回くらいは彼女の家へ行って、そのうちの一回は夜ご飯を食べるようになりました。



自分は高校卒業後、大学へ進学しました。
特に勉強ができるわけもないのですが、就職するのは気が引けて、とりあえず自分でも入れる大学を探しました。
彼女は大学へは進学せずに、大検を取って家業を手伝う事になりました。

自分は大学へ入学したと同時にアルバイトを始めました。
そこでのアルバイトの上司がとても変わった人で、自分へ起業するように勧めてきました。
そんなことできるわけないだろうと思っていたのですが、仕事はやる。今やってることをそのままやりゃあいいと言われ、半ば強引にその形態をとることになりました。

彼女にそのことを相談すると、起業するための手続きとかそういうのは全部私がやる。だから自分のやりたいことだけをやっていいと話しました。
事実彼女は司法書士の資格をおおよそ二か月程度で取得し、会社の設立にまつわるすべてを一手に引き受けてくれました。

会社は元バイト先の上司やその周りにも恵まれ、ある程度軌道に乗ることができました。そうして自分は彼女に煩雑な手続きや調整作業をすべて任せるようになっていきました。



彼女とは仕事に関する話ばかりをするようになりました。
いつまでになにを確認しなければならない。
お願いしていたあれはどうなっているのか。

直接会うこともなくなり、チャットと画面共有するときのオンライン会議くらいしか彼女と関わることがなくなっていきました。

今思い返すと、もう彼女は自分を心底失望しきっていたのかもしれません。



会社が自分のものではありませんでした。

事務作業や税法関係はすべて任せていたといっても、会社を経営していくにつれて知識は否応なしに増えていきました。

僕は彼女に対して初めて怒りを向けました。
声を荒げました。
なぜ。どうしてなのか。いったい何のためなのか。



彼女はひどく冷静でした。
まるでいつか気づくであろうとあらかじめ理解していたようでした。

彼女はとくとくと語りました。

あなたの自分勝手なところが大嫌い。
人を勝手に期待させて、自分だけはいつも満足げにしてて。

私はあなたのためを考えて、自分ができることをしてきた。
あなたはあなたのためだけに自分ができることをしてきた。

高校生の頃、あなたが付き合っていた交際相手と行為に及んだ後、汗拭きシートのにおいを付けたまま私に会いに来るのがとても嫌だった。

中学生の頃、私と二人きりでいるとき、クラスの女の子の順位をつけて面白がってることがたまらなく嫌だった。



その後、彼女からは二つのことが課されました。

一つ、株式を渡してほしければ、私へ一生をかけて償うこと。
二つ、このことはお互いの親に知られないようにすること。



自分は彼女をどれだけ失望させてしまったのでしょうか。
彼女をそこまで駆り立ててしまったのは、自分のせいなのでしょうか。

今でも怒りがふつふつと湧いてきます。
自分のこれまでを振り返るのはこれが最初ではありません。
そのたびに自分が悪いと、自分のせいであると言い聞かせています。

しかしなんど過去を振り返っても、なんど自責しても、今自分を突き動かしているのは、彼女への罪悪感であると自分を説得できないのです。

今自分を突き動かしているのは、彼女への怒り、羞恥心、失望が織り交ざったものかもしれません。

この整理ができなく、理解もしたくない、向き合いたくない逃げ出したい。
彼女を突き動かした何か、そして自分のこの感情を恋わずらいとして片づけたいのです。


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