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万歳、就職活動

東京駅、やたらでかいオフィスビルの一階。
受付のトリコロール的な帽子を被った女に、先方からもらった書類を渡す。

「はい。右から二番目のレーンをお通りください。」

やたら巻きで来るエレベーターに面喰いながら、面接のシミュレーションをする。
ガクチカ、自己PR、志望動機、逆質問、どれをとっても精緻で堅固だ。
もう手の付けようがない。
何度も何度もリピートした。
選挙の街頭演説もこんな感覚になるのだろうか。

エレベータから降り、受付の電話を取る。

「ああ!ようこそいらっしゃいました!すぐお迎えにあがりますね。ソファに座ってお待ちください。」

カーペットみたいな床を革靴で干渉する音が聞こえてくる。
俺は、確かに前を向いて進んでいる。

無気力さで漂って

東京の大学に進学した。
外国語学部英語学科、偏差値は 40.0 ~ 42.5 。

親、家族は全員大学へ行った。
だから俺も進学した。それ以下でもそれ以上でもなかった。

目的意識もなく、ただただ授業を欠席する。
もしかしたら罪悪感があったかもしれない。
しかし、そういつのまにか、授業に出ることが自己肯定感を促進するようになっていった。

サークルには入っていた。
英語スピーチ、テニサー、アウトドア。
まじめそう、普通そう、チャラそう。
一旦全部入っといて、馴染めるのだけ続けよう。
今はとりあえずいい、後で考えよう。
まあなんとも俺らしい。

結局、テニサーだけたまに顔を出す程度。
あとは入会の紙を書いたのかも忘れた。

別に何もしてない。
週に一回くらいラケットを握って、週に二回くらい飲み会をした。
考えることなんてなにもない。
ぬるくなった湯船に惰性で浸かっていた。

気づいてないふりをして

  父親が会社を辞めた。

家はそこそこ裕福だった。世帯年収2000万くらいか。
弟が二人いた。
全員、私立の中高一貫に通わせた。
奨学金も別に借りなかった。

  父親が会社を辞めた。

「俺は夢があるんだ!会社員で終わりたくない。一度は挑戦してみたい!」
好きにしたらいい。別に俺らになにか関係あるわけじゃないんだろ?

  父親が会社を辞めた。

母親に言われた。
「あの、ちょっと、これから奨学金借りてくれない?お父さん会社辞めて独立したじゃない?」
「ああ、わかった。」

  父親が会社を辞めた。

父親と母親の、言い争う音が聞こえる。
弟のすすり泣く音がかすかに聞こえる。

  父親が会社を辞めた。

母親が憔悴した様子で、ソファに腰かけていた。
なぜだか貯金が底を尽きたらしい。

  父親が会社を辞めた。

一寸の糸を辿って

金が必要だった。
払わなければならない金がたくさんあった。
生活を人質に取られた。

せどりを見つけた。
有名なテニス選手の使ったプレミアのついたラケットがどうやら高く売れるらしい。

大学のテニサーの伝手を辿った。
必死だった。
気づけば周りから距離を置かれていたらしい。
『金目的で近づいた。なんかマルチっぽくて怪しい。』
黙ってろ。

人間、追い詰められたら意外と結果を出せる。

私立大学の系列高校、テニス部。
どうやら有名らしいテニス選手が所属していた。

そこの監督にアポを取り付けた。

「僕らはスポーツで日本を良くしたいんです!使ってないラケットを販売して、それを部活の経費や慈善財団へ寄付します!僕らは売買プラットフォームを作って、スポーツを広めて、日本を変えたいんです!!」

しょうもねえ。
よく口が回る。我ながら感嘆すらする。

結果、調達は成功した。
手に入れたゴミをオークションサイトに出品することから始めた。
手数料が馬鹿馬鹿しくなった。
約束もしたし自分で売買のサイトを作った。

気づけば、数千万の利益が出ていた。

生活は明らかに好転した。
家族は全員、俺の稼ぎをあてにした。

平穏を取り戻せた。

幸せに生きて

人間、足るをしれば幸せになるらしい。
心から思う。

家に金を入れるのが当たり前になった。

感謝され続けるのも気持ちが悪い。
だが当然のようにされるのも反発心が沸く。

今まで育てたのは誰。
この手の常套句だろう。
効果は絶大。
だが確実に、俺を縛る枷になっている。

俺はこの先も金を入れ続けるのか。
毎日同じことを考えていた。

最悪に最高で切り返して

せどりに陰りが見えてきた。

プレミアとは、手に入らない、希少性から成るものだ。
簡単なことだ。それをわかってなかった。

流通させすぎたのだろう。
気づけば、プレミアラケット売買市場の8割を占めていた。
みるみる購買数が減っていった。
それに応じて価格を下げざるを得なかった。
余計に購買数が減っていった。

口座から金がなくなった。
家に金を送れなくなった。

  家族から激高された。

家電を売り払った。
弟たちは奨学金を借り始めた。

  家族から激高された。

アパートに引っ越した。
家を売った。

  家族から激高された。

家族と縁を切った。
どうやら清々しかった。

  足枷から解放された。

これからの進退を考えていた。
自分で、自分自身について。
はじめてなのか。久しぶりなのか。

自分で選んだ服。
自分で買ったスマホ。
自分で決めた。

これだけは言える。
俺は、確かに前を向いている。

希望に包まれて

大学三年になった。

就活をする。
ほかの誰でもない。自分のためだ。
金は欲しい。自由になりたい。

どうやら俺は日本の就活と相性がいいらしい。
履歴書、面接、思った通りに事が進む。
俺は、追い詰められなくても結果が出るのかもしれない。

俺は、確かに前を向いている。

希望感に裏打ちされた選択、前向きさからの行動。
就活は俺がとった最善の選択なんだ。

東京駅、やたらでかいオフィスビルの一階。
受付のトリコロール的な帽子を被った女に、先方からもらった書類を渡す。

「はい。右から二番目のレーンをお通りください。」

やたら巻きで来るエレベーターに面喰いながら、面接のシミュレーションをする。
ガクチカ、自己PR、志望動機、逆質問、どれをとっても精緻で堅固だ。
もう手の付けようがない。
何度も何度もリピートした。
選挙の街頭演説もこんな感覚になるのだろうか。

エレベータから降り、受付の電話を取る。

「ああ!ようこそいらっしゃいました!すぐお迎えにあがりますね。ソファに座ってお待ちください。」

カーペットみたいな床を革靴で干渉する音が聞こえてくる。
俺は、確かに前を向いて進んでいる。







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