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レジリエンス ④ポリヴェーガル理論

人は誰でも、自分の存在や身体に危険が迫った時には強い恐怖感に襲われる。
それでも、すぐに誰かの助けがあればトラウマとはならない、あるいは軽度で済む。

強い恐怖を感じても、誰の助けもなく、安全を確保できない。時には、さらに非難されて、無力感や絶望感を味わう。

私の半生は、こんなことの繰り返しだったのだと言える。

トラウマとなるのは何も、大きな事故や災害だけではない。幼少期の不適切な養育環境や、集団生活でのいじめ、対人関係のトラブルなど、何がきっかけになってもおかしくはない。

トラウマ症状は、起きた出来事の重篤さだけではなく、成育歴や人生経験、体質などによっても、その深刻さが大きく異なるそうだ。


そんなトラウマ症状を神経生理学的に説明し、治療、回復に画期的な効果をもたらしたのが、ステファン・W・ポージェス博士が提唱する「ポリヴェーガル理論(多重迷走神経理論)」である。

人間の自律神経系には3つの神経枝がある。
太古の魚類の時代から備わっていたとされる、進化的に最も古い「背側迷走神経複合体」。
さらに硬骨魚の時代に現れたとされる「交感神経系」。
そして哺乳類のみに見られる「腹側迷走神経複合体」である。

「腹側迷走神経複合体」は、表情や声のトーンを調整して自分の気持ちを伝えたり、相手から友好の合図を受け取ったりと、人と人とが穏やかに交流するための働きを担っている。

「交感神経系」は、主に活動するときに使われ、危機に瀕すると「逃げる(逃走)か、闘う(闘争)か」を選択する。

「背側迷走神経複合体」は、消化吸収や睡眠などを司っているが、生命の危機に瀕すると「凍りつき(硬直・不動)反応」を引き起こす。

野生動物が生命の危機に瀕すると、まず逃げる、または闘う準備のために、手足の筋肉と心臓に力と血液が素早く巡る。
しかしそれが不可能な場合には、「死んだふり」と言われる凍りつき反応が起こる。

身体を超省エネモードにして硬直させると、殺される時の痛みを感じないという利点がある。また野生動物は、生きている獲物にだけ興味を持つという習性があるため、凍りついて動かなければ見逃されるかもしれない。

どの場合も、生死を賭けた本能の防衛反応なので、そのエネルギーは莫大なものだ。
逃げ切れたり、闘って追い払えた場合には、この莫大なエネルギーは消費され、防衛反応は完了する。
運よく助かった時などは、本能的にブルブルッと身体を震わせることで、そのエネルギーを放出して日常に戻る。


ところが人間社会では、逃げる闘うという本能的な防衛行動は抑制されがちである。

そこで凍りつきがよく起こるのだが、人間の身体は、野生動物ほどの超省エネモード(血圧や心拍などが低下した不動状態)では死に至るので、行動できる程度に凍りつく。

この、戦うことも逃げることもできず、凍りついている状態にあるのが、トラウマを抱える人とされる。

凍りつきの時には、理由づけ意味づけをして、起きた出来事をなかったことにしたり、感情を、抑圧したり無視したりする。

無意識にしていることが多いので、自分で気付かないこともあるし、気付いていても記憶が断片的だったり、まったくないこともある。


その後、危機が去って凍りつきから回復する時、人は、動物としての本能に任せて身体をブルブルッと震わせて日常に戻ったりはしない。

凍りついたまま「社会的に正しい行動」をしようとしてしまう。

例えば交通事故の場合、意識があって動けることがわかると、自分の身体へのショックや怪我の程度は無視して、まず相手のことを心配し、被害状況を確認し、警察や保険会社に連絡を取る行動をしはじめる。

これは社会的には正しい行動だが、身体には最悪だ。瞬時に反応した逃走、闘争のためのエネルギーが、未完了のまま放出されずに身体に蓄積されてしまうからだ。

この、無駄に蓄積されてしまったエネルギーが、自律神経のバランスを崩して、様々な身体症状、精神症状として表れてくる。

つまり自律神経のバランスが崩れることによって、不安が強くなったり、パニック症状が出たり、うつ状態になったりするのだ。


「あなたはこれまで、ご自分の体や心より、思考すること、考えることを優先して生きてこられたのでしょう」
と、カウンセラーは言った。

それは幼少期を、ネグレクトから生き延びるための必然でもあった。

たとえば転んだ時、痛い、じんじんする、ひりひりする、辛い、悲しいなどの、感覚と感情を隅に追いやって、どうして転んだのか、もう転ばないようにするにはどうすればいいのか、と考えることを優先する。

ほんの幼い頃から私は、そうやって生きてきた。

「痛い」という感覚も、「悲しい」という感情も、一人で抱えるには重過ぎたし、理由や対策を考える作業のほうが、ずっと簡単で即効性があった。

思考(頭)を優先させ続けると、人はどんどん感覚(身体)や感情(心)を置き去りにしてしまう。

思考と感覚、簡単に言えば「頭」と「身体」が統合されていない状態が続くと人は、様々な不具合や不調、苦痛を感じることがあるそうだ。

私は、これまで自分に起こっていた、たくさんの不具合の謎が解けたように思った。

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