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ヨーロッパ回顧録—パリvol.1

先日久々に2週間のお休みでパリとイタリアを旅行した。短期間の出張を除けば、旅行としてヨーロッパの地に降り立ったのは、南仏を車で巡って最後にミラノまで走った2015年以来。それより前は学生時代に遡る。

カナダに引越したりコロナがあったりしてあっという間に8年が経っていた。

パリ行き航空券を買った最初のきっかけは、あるコンサートの開催を知ったことと、普段はない直行便が期間限定で飛ぶと聞いたことで、半ば勢いだった(そのミュージシャンの歌は聴いたこともなく結局本番で初めて聴いた)。

私は長らくどんな旅も機内持ち込みできるスーツケース一つでしてきた。ただ、今回はパリ⇔イタリアの移動に格安航空会社を使ったこともあり、私のスーツケースは小型機の機内持ち込みサイズの規定に合わないため(現地では超小型スーツケースをたくさん売っていてお店の人が人気だと言っていた)、どうせ預け入れるならと思い切って中型のスーツケースを買った。

私の住む西部カナダから行きは8時間弱で、思っていたよりかなり近かった。話は逸れるが、東京までも10時間くらいなので、ヨーロッパと日本に良く行く(行きたい)私には今の場所が実は最高の立地なのでは?と気づいてしまった。

寝る暇もなくパリの空港に着いて、タラップを降り空港の建物に入った瞬間、何より最初にその”匂い”にあぁパリに来たんだなと思った。それは紛れもなく私の記憶のどこかにあったパリの匂いだった。因みに私が最初に海外に行ったのは6歳の時だった。その時のヒースロー空港の匂いは強烈で今でも鮮明に覚えている。それは初めてのもので、決していいとは言えないものだった。お腹が空いて食べた硬い味のないサンドイッチと薄暗い空港のオレンジの光と共に脳裏に焼きついている。大人になってから行っても全てがそのままだった。なぜ空港にはそれぞれに独特な匂いがあるのだろう。その国の人の食べているものなどを総合したものなのだろうか。

パリの空港

ホテルまではタクシーで行くことも考えたが、体力も十分残っていたので電車とメトロを乗り継ぐことにした。

お昼過ぎの車内は至って平和で、爽やかな快晴だったこともあり、私の中でのパリの印象とは異なるゆったりとした空気が流れていた。私には光が眩しくて、カナダではみんな日常的にサングラスをしているけれどこちらではサングラスをかけている人は稀だった。

電車で隣に座っていた女性は携帯でご家族と思しき人と話をしていた。あぁそういえばパリではみんな車内でよく電話していたなと思い出した。それから滞在期間中、この光景に日常的に出くわした。カナダでは公共交通機関に乗らないので分からないのだが、少なくとも私の周りではテキストのやり取りが多く電話で話すことは滅多にない。フランス人は直接話すことを大事にしているのだろうか。そうだとするとそれは素晴らしいことだと思う。

メトロに乗り継ぐのに、また独特な匂いがする階段をスーツケースを持って上り下りした。そういえばエスカレーターというものはこの街に殆どなかった。昔、学生時代に、当時もっと大きな白いスーツケースを持ってオペラ座の前のメトロの階段から外に出たことを急に思い出した。それ以来、私は自分の身の丈にあった小さなスーツケースで移動することを心に決めてずっとそうしてきたのだった。

階段の多いメトロ

私の中の記憶と変わっていたのは、パリのバイブス。なぜか分からないが、パリの空気はとても軽かった。私が知っていたパリでは電車に乗ると、いつも人々の間に見えない緊張感があり、みんな自分を守って閉じていた。それが初日には全く感じられず気張っていた私は少し拍子抜けした。

ホテルに着いて荷物を下ろし、歩いてエッフェル塔まで行った。エッフェル塔には学生時代の思い出がいくつかある。

エッフェル塔は夜になると毎時光が点滅してとても美しいのだが、学生時代のあれはいつだったか、なぜか私はセーヌ川に浮かぶボートのパーティ会場に向かっていた。一人だった。場所はうろ覚えで(何せ川の上)地図も持っていなかった。時間にギリギリで、辺りは暗くなりかけていた。心細く早歩きでほぼ走っていたと思う。その時、遠くでエッフェル塔が点滅し始めた。それが待ち合わせの時刻だったと思うが、時間に遅れていることより、あぁあっちの方だと分かったことがすごく心強くて、それからどうしたのか分からないけれど船に辿り着けたのだった。何のパーティだったかその後どうなったかも覚えていない。ただその時私を救ってくれたエッフェル塔の灯りだけ良く覚えている。

夕刻のエッフェル塔とセーヌ川

この日はホテル近くで軽めにと思い、牡蠣とガレットを頂きロゼを飲んだ。もちろんどれも美味しかったのだが、一番驚いたのはパンだった。バゲットでもなくフォカッチャでもないその中間くらいのもの。外側に色々な種がまぶしてあって、香りといい食感といいやはりバターがいいからだろうか、カナダのパンも美味しいと思っていたけれど全く比べものにならなかった。こんなに美味しいパンを食べたのはいつぶりだろうと思った。それから毎日毎食、どこで食べたパンも全てが美味しかった。(こんなに感動したのに旅行中の写真にパンがない…最初に出てきてすぐに食べてしまっていたし脇役だったから…それなのに心に占めている割合高し)

もう一つ驚いたのは、特別なレストランに行かずともビオ(有機)のお野菜など使っているお店が増えていたこと。確かに以前からビオのスーパーはあった。でも普通のレストランでビオをお見かけすることはあまりなかったように思う。これも私の中の記憶を塗り替えるものだった。

小さくても濃厚な牡蠣にロゼがマッチ
鴨肉とキノコのガレット(山の香りのするキノコが最高)
有機バナナとマダガスカル産バニラビーンズ入りアイスクリーム

翌朝は時差のせいもあり日の出前に目が覚めた。窓を開けるとパンを焼くいい香りがした。そして鳥が鳴いていた。聴き覚えのある声。昔、学生時代にパリで夜通し遊んで、朝帰りした時にも同じ鳥が鳴いていた。知らない人にTu viens avec moi?と聞かれたり。太陽が出てきた頃には、彼らの声はピタリと止んだ。あの鳥は夜明けにしか鳴かないのか。

変わりゆくものと変わらないもの。色々な思い出と共にそれらが頭の中で交錯していた。

朝の窓からの眺め

(続く)


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