背中(短編小説)

今、俺は、無機質な部屋にいる。
目の前には、テーブルを挟んで、2人の男が座っている。

なんだか知らねぇが、こいつら、今から俺の話を聞きたいという。
俺が発明したシステムのこと、そんなに聞きたいかい?

仕方ねぇ。説明してやるよ。
どうせ、オマエらには理解できねぇだろうから、説明は適当に済ませるつもりだけどな。

それにしても汚ねぇテーブルだ。陳腐な椅子に俺を座らせやがって。
人を呼びつけておきながら、気が利かねぇ奴らだ。

コーヒーの1杯でも出したらどうなんだ。

*****

ドライブレコーダーってあるだろ?
車に装着したカメラで、前方、後方、車内の映像が録画できる、あれだ。

たいした発明だと思わないか?
あおり運転するようなクソみたいな連中を、この世からあぶり出した。

たしか、警察さんも本気なんだろ?
法改正したって言うし、あんな奴らどんどん捕まえてくれよ。

素晴らしいじゃないか。

*****

俺が発明したのは、まあ、言ってみれば、人間版のドライブレコーダーのようなものだ。

いまや街中、監視カメラだらけだ。
俺のシステムは、この監視カメラをチョイと使わせてもらう。

街中の監視カメラにアクセスして、俺自身が映った映像だけを切り出す。
それらの映像を時系列につなぎ合わせれば、1日の俺の動きを俯瞰した動画ができあがる。

どうやるかって?人工知能を使えば簡単だ。
俺自身の特徴量。例えば、顔、髪型、服装、歩き方。
そういったものをAIの画像解析ソフトにぶち込んで機械学習させればよい。

あとは勝手にAIが判断して、俺の映った映像だけを切り出してくれる。

もちろん、切り出した映像を時系列に組み合わせるには、ちょっとした工夫が必要だ。
俺は、位置情報と時刻を組み合わせたアルゴリズムを構築したが、まあ、オマエらに説明しても無駄だな。

これを使えば、俺にぶつかってくる歩きスマホの奴、絡んでくる酔っ払い、スリや置き引きをする輩など、クソみたいな連中をこの世からあぶり出すことができる。

素晴らしいじゃないか。

*****

わかった、わかった。そう、焦るな。デモ映像が見たいんだろ。
このスマホに3ヶ月分の俺の行動データがすべて入っている。

例えばこれは1ヶ月前の映像だ。

3番線ホームで、7:53発の上り快速列車を待っているところだ。
8号車3番ドアの乗車口。この行列に俺がいるのがわかるか?

俺が快速列車に乗り込むと、ほら、カメラの映像が切り替わった。
車内の映像だ。ここに、俺がいるのがわかるか?

俺の近くに女がいるだろう。こういう女は危ない。
酔っ払いや、クソみたいな男に狙われる。
この女のことをよく覚えていてくれ。

*****

これは、10日前の映像だ。

先ほどと、同じ時刻、同じ場所だ。
3番線ホームで、7:53発の上り快速列車を待っている。
8号車3番ドアの乗車口。俺の前には、さっきの女がいるだろう。

よく見てくれ、俺のすぐ後ろには、男がいる。
この男、さっきの女を見ているだろ。今度は、この男を覚えていてくれ。

これは、9日前の映像だ。
やっぱり、俺の後ろに、あの男がいるだろう。
俺の前にいる女を見ているだろう。

8日前も、7日前も、・・・昨日も。
毎日だ。

こういう男・・・。
こういうクソみたいな奴をあぶり出すことができるんだ。

なあ、素晴らしいだろ。

*****

なるほど、ここに映っている男がオマエさんだったんだな。
毎日、俺の後ろにいて、俺の前にいる女を見ていた男はオマエさんだったんだな。

なるほど、オマエさんは警察なんだな。
そうか、ここは取調室なんだな。

しかし、どうして俺のことがわかった?

なるほど、女が通報したのか。
それなら、たしかにわかるかもしれねぇな。

*****

そうさ、オマエさんの言うとおりだ。
オマエさんの仮説は概ね正しい。

俺は女に近づき、女のデータを収集した。
女の顔、髪型、服装、歩き方。これらをAIに学習させた。

俺の構築したアルゴリズムは優秀だ。
一度、AIが学習したからには、街中のカメラが女をずっと追い続ける。
これで、俺は女を四六時中スマホで監視できたってわけだ。

*****

「ストーカー規制法違反」と「不正アクセス禁止法違反」?
は?

そんなのお前らの都合で勝手にルールを作っただけだろ?
俺はそんなルールは聞いていない。

俺はあの女をクソみたいな男から守るために監視していたんだ。
俺は正義の味方だ。
俺こそが正義だ。違うか?

*****

なあ、あんた。
あんたは、自分で自分の背中が見えるかい?
見えるとしたら、立派だよ。

大抵の人間は、自分の背中なんか見えやしねぇ。
自分で自分の背中が見えりゃ、自分がどんなに愚かだってことはわかるもんだ。

俺は自分の背中を見ようともしない愚かな連中が蔓延(はびこ)っている世の中が嫌いでね。
そういう奴らのために、自分の背中が見えるシステムをつくりあげたんだけどな。

もっとも、途中からあの女が現れて、俺は、女の背中を見るために、このシステムを使っちまった。

それでブタ箱行きだ。皮肉なもんよ。
女の背中に夢中で、自分の背中を見るのを忘れちまったよ。

欲望に負けるなんて。
愚かなもんだ。

*****

まあいい、俺は大人しく白状したから、実刑食らったって、執行猶予がつく。

たいしたことはない。もともと社会からはみ出した人間だ。
保釈金さえ積んでおけばシャバに出れる。

金?心配いらない。
この発明のクラウドファンディングで十分に稼いだ。

そういや、もう何人かにこのシステムを売っちまったなあ。
そうさ。そうだとも、あんたは賢いな。

俺を捕まえたところで、もう、手遅れってことだ。
すべてはこのシステムを使う人間の道徳心にかかっている。
だけど、そんなのは俺には信用できねぇし、俺の知ったことじゃねぇ。



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