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秋に晴れた日の車内で

朝の通勤電車は、混雑と逆方向だから空いている。

立っている人もちらほらいるが、皆、座ろうと思えば座れる。いつも、そのくらいの混み具合だ。

今日も空いていた。僕は、ドア付近の端っこの席に座った。

最近は、せかせかと時間を惜しんで、ある本に夢中になっている。

でも、今朝は、「随分と晴れているなあ」と思って、その本は開かずに手に持ったまま、正面の大きな窓の外を見た。

*****

しばらくぼんやりと眺めた。

数日ぶりの青い空だった。

電車は、鉄橋に差し掛かると、

ガタン ゴトン ガタン、、、ガタン ゴトン ガタン、、、

とリズム良く音を立て、一級河川を渡って行く。

鉄橋を渡り終えると、電車はスピードを上げる。並行する県道を走る車を、追い抜いていく。

そして、ここからは、緑の多い、のどかな風景が広がる。遠くにみえる山が、ゆっくりと流れていく。

電車のモータ音だけが響く。心地よい揺れと、車内のあたたかさが、眠気を誘う。

*****

途中駅に着いた。

僕と反対側の正面のドアが開き、ベビーカーに子どもを乗せて、1人の母親が乗ってきた。

すると、真向かいに座っていた女性がぶっきらぼうに席を立った。

そして、無言のまま、つっけんどんに、スタスタと隣の車両に移っていってしまった。

母親に席を譲ったのだろう。不器用で、親切な人だと思った。

母親は、立ったまま、ベビーカーをUターンさせて、乗ってきたドアの前に構えた。

「次の駅ですぐ降りますから、お気遣い不要ですよ」という無言のメッセージを放っていた。車内の僕らへの心配りだ。

*****

子どもが泣いた。車内がにぎやかになった。

たぶん、この子は、さっきまで、母親に抱かれて寝ていたのではなかろうか。自分はお母さんに抱かれて寝ていると信じていたのに、目が覚めたら、ベビーカーの上で、視界に電車のドアが迫っている。もし、そうだとしたら、そりゃ、泣くだろうと思った。

母親は、「もうちょっとで着くからね。」という感じで、優しく子どもをあやした。

*****

車内の空気はいたっておだやかに感じた。

それは、たぶん、乗客の皆も、心の中でこの子をあやしているからではないかと思った。

左向かいにいて、分厚い本で勉強しているサラリーマンのおじさんは、
「どうしたんでちゅか~。お腹すいたんでちゅか~」
って、心の中であやしている。きっと。
今、おじさんの口元が緩んだように見えた。

僕の左側にいて、PCで作業している、おしゃれ学生は、
「子ども 泣き止む、方法」
って、PCで検索している。きっと。
ちょうど、PCのキーボードをカタカタと打ちはじめた。

右向かいにいて、1人でスマホいじっている女子高生は、
「カバンにつけたぬいぐるみで遊んであげたい!」
と思っている。きっと。
スマホをいじる姿に変化はないけど、心の中でそう思っているに違いない。

なんてことを妄想していたら、次の駅に着いた。

*****

親子は予想通り、その駅で降りた。

車内は再び静かになった。

左向かいのおじさんは本で勉強し、左側の学生はPCで作業し、右向かいの女子高生はスマホをいじっている。

僕の真向かいの席。女性が母親に譲った席。

その席は、まだ誰も座らずに空席のままだった。

なんとなく、朝の光に包まれて、やわらかく見えた。

こういう晴れた日は、たまにはのんびりと外の景色でも眺めて、ぼーっとするのも、いいかもしれないと思った。




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