![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/39182432/rectangle_large_type_2_48ea9d12770948c9552b1ff7957f5a17.jpg?width=800)
弱火
お久しぶりです。お元気ですか?
あぁ、身体の方は元気だよ。先生も元気そうで何よりだ。
えぇ、お陰様で。では、早速始めましょう。今日は患者さんが多いんです。
そうだな。先生、困った話なんだけど、聴いてくれるかい?
もちろんです。
現実が非現実的になって、虚構の方が親しげに話しかけてくる。
実際に会ったり話したりししていない人たちは、いないも同じだろ?
現実に住んでいる人たちよりも、YoutubeやNetflixに映る人たちの方が近くに感じる。
僕は僕の隣に住む人より、イギリスのコメディアンについてよく知っている。
画面越しに話す友達が、本当に実在するのかわからなくなる時がある。
僕を何度も困らせてきた、現実と嘘の反転するアレに、また頭痛を引き起こされている。
今この時間、夢の中にいるのか、現実にいるのか、わからなくなる。
昨日はメールを送ったり絵を描いたりしていても、次の日には全てどうでもよくなる。
それなら、と、嘘の世界の住人と話していると、次の日には現実に引き戻される。
今日は精神を何かに集中させていても、明日には自己破壊的な温もりに閉じこもる。
もうどっちもどうでもよくなる。
あらゆるものが認識を通り過ぎて、遥か遠くに過ぎ去ってしまう。
あらゆるものが意識の中で作られて、次々と破壊されていく。
その無意味な繰り返しについていくのに疲れた。
メッセージが返ってくるまでの間、ずっとそんなことを考えている。
本当にバカバカしい。
こんなことしてても成長しないよな、と言いながらパソコンでゲームを開いている。
なんで23にもなって、やることは山ほどあんのに、ゲームなんかやってんだ?
街に行って、前みたいに目の前の人に心を傾けてみてはどうかな?
少し前まであったその気力は、すっかり無くなってしまった。
“誰かの人生を揺さぶりたい”ってあの情熱は、すっかり弱火になっている。
人間を愛することよりも、無駄な時間に愛を割いている。
なぁ、愛だって石油と同じで有限なんだぞ!
ごめんな、叫んでしまったよ。
無駄を愛する、愛は有限、すごく面白いですね。
そう、でも人生ってその無駄の繰り返しでできてるんだよな。
僕が作ってるものだって、その無駄の一つに過ぎない。
去年、旅先で本屋に行ったとき、友達はアーティストの画集を手に取って見ていた。
ペラペラペラペラぺラ...
その人が何時間かけて描いた絵も、君にとっては0.2秒に満たないんだな。
誰かが魅力的だと思って本にしたその絵も、君にとっては0.2秒に満たないんだな。
ちょっと残酷だけど、まぁ、そんなもんだよな。
ゲームで思い出したけどさ、去年VRを買ったんだよ。
下着姿でライトセーバーを振り回してたらさ、下の住人に"うるせぇ!"って怒鳴られたよ。
結構楽しかったんだけど、目が疲れて、2時間もやってられない。
夢の世界に閉じこもっていられるのは、もう少し先の話になりそうだね。
それなら、僕も現実に執着して、続けなきゃいけないよな。
だからさ、まだ消え切ってはいないよ、先生。
執着するのは得意だからさ。
しつこいってよく言われるよ。
それでもやっぱり、寂しい時間が多くてさ。
例えばさ、いつもウィスキーを買いに行く店の小柄なおじさん。
遠い誰かに対して持っている愛情の、100分の1すら彼に与えることはない。
毎週顔を合わせているのに、僕は彼のことを何も知らないし、あぁ、興味すらない。
それってすごく、悲しいことだよな。
"隣人を愛せよ"、か。
思っている以上に難しい。
もともと、人と触れ合うってのはそういうものだけど、やっぱりしんどいよ。
少し違う角度の話だけど、僕はジョンレノンがいたと感じたことがない。
ジョンレノンに会ったこともないし、ジョンレノンに直接影響を受けた訳でもない。
だから、僕にとってのジョンレノンは、複数の情報に共通して登場するモチーフでしかない。
いたのかもしれないし、いなかったのかもしれない。
少し前に、地球平面説を信じる人たちがいたけど、まさしくそれに近い。
知覚できない何かを、感じることなんてできない。
あれ、何の話だっけ?
そう、メッセージが返ってこないんだよ!
残念ながらお時間です。次の予約はいつにしますか?
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?