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弱火

お久しぶりです。お元気ですか?

あぁ、身体の方は元気だよ。先生も元気そうで何よりだ。

えぇ、お陰様で。では、早速始めましょう。今日は患者さんが多いんです。

そうだな。先生、困った話なんだけど、聴いてくれるかい?

もちろんです。

現実が非現実的になって、虚構の方が親しげに話しかけてくる。

実際に会ったり話したりししていない人たちは、いないも同じだろ?

現実に住んでいる人たちよりも、YoutubeやNetflixに映る人たちの方が近くに感じる。

僕は僕の隣に住む人より、イギリスのコメディアンについてよく知っている。

画面越しに話す友達が、本当に実在するのかわからなくなる時がある。

僕を何度も困らせてきた、現実と嘘の反転するアレに、また頭痛を引き起こされている。

今この時間、夢の中にいるのか、現実にいるのか、わからなくなる。

昨日はメールを送ったり絵を描いたりしていても、次の日には全てどうでもよくなる。

それなら、と、嘘の世界の住人と話していると、次の日には現実に引き戻される。

今日は精神を何かに集中させていても、明日には自己破壊的な温もりに閉じこもる。

もうどっちもどうでもよくなる。

あらゆるものが認識を通り過ぎて、遥か遠くに過ぎ去ってしまう。

あらゆるものが意識の中で作られて、次々と破壊されていく。

その無意味な繰り返しについていくのに疲れた。

メッセージが返ってくるまでの間、ずっとそんなことを考えている。

本当にバカバカしい。

こんなことしてても成長しないよな、と言いながらパソコンでゲームを開いている。

なんで23にもなって、やることは山ほどあんのに、ゲームなんかやってんだ?

街に行って、前みたいに目の前の人に心を傾けてみてはどうかな?

少し前まであったその気力は、すっかり無くなってしまった。

“誰かの人生を揺さぶりたい”ってあの情熱は、すっかり弱火になっている。

人間を愛することよりも、無駄な時間に愛を割いている。

なぁ、愛だって石油と同じで有限なんだぞ!

ごめんな、叫んでしまったよ。

無駄を愛する、愛は有限、すごく面白いですね。

そう、でも人生ってその無駄の繰り返しでできてるんだよな。

僕が作ってるものだって、その無駄の一つに過ぎない。

去年、旅先で本屋に行ったとき、友達はアーティストの画集を手に取って見ていた。

ペラペラペラペラぺラ...

その人が何時間かけて描いた絵も、君にとっては0.2秒に満たないんだな。

誰かが魅力的だと思って本にしたその絵も、君にとっては0.2秒に満たないんだな。

ちょっと残酷だけど、まぁ、そんなもんだよな。

ゲームで思い出したけどさ、去年VRを買ったんだよ。

下着姿でライトセーバーを振り回してたらさ、下の住人に"うるせぇ!"って怒鳴られたよ。

結構楽しかったんだけど、目が疲れて、2時間もやってられない。

夢の世界に閉じこもっていられるのは、もう少し先の話になりそうだね。

それなら、僕も現実に執着して、続けなきゃいけないよな。

だからさ、まだ消え切ってはいないよ、先生。

執着するのは得意だからさ。

しつこいってよく言われるよ。

それでもやっぱり、寂しい時間が多くてさ。

例えばさ、いつもウィスキーを買いに行く店の小柄なおじさん。

遠い誰かに対して持っている愛情の、100分の1すら彼に与えることはない。

毎週顔を合わせているのに、僕は彼のことを何も知らないし、あぁ、興味すらない。

それってすごく、悲しいことだよな。

"隣人を愛せよ"、か。

思っている以上に難しい。

もともと、人と触れ合うってのはそういうものだけど、やっぱりしんどいよ。

少し違う角度の話だけど、僕はジョンレノンがいたと感じたことがない。

ジョンレノンに会ったこともないし、ジョンレノンに直接影響を受けた訳でもない。

だから、僕にとってのジョンレノンは、複数の情報に共通して登場するモチーフでしかない。

いたのかもしれないし、いなかったのかもしれない。

少し前に、地球平面説を信じる人たちがいたけど、まさしくそれに近い。

知覚できない何かを、感じることなんてできない。

あれ、何の話だっけ?

そう、メッセージが返ってこないんだよ!

残念ながらお時間です。次の予約はいつにしますか?

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