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「品格」を求めて〜学生時代をどう過ごすか〜


この小説を読み終えてずいぶん経ちますが、今もたびたび日常のふとした中で「品格」について考えてしまいます。そのくらい後引く作品でとても強く印象に残っています。


先月カズオ・イシグロ著の小説「日の名残り」を読みました。

文庫だと365ページありますが、ハマりにハマって5日ほどで読み切ってしまい、読後感もすっきりと本当に気持ちのいい作品でした。


少しあらすじをご紹介します。

主人公はイギリスのある屋敷に仕える執事です。彼が旅行中に綴る日記によってストーリーが展開されていきます。伝統あるイギリスの誇りを胸に、執事としての職務を全うしようと日々邁進する彼ですが、最近あることに頭を悩ませています。

このほどアメリカからやってきた屋敷の新しい主人に対して、自分は執事として本当に最高のサービスを提供できているのだろうか?


イギリス的な慎ましやかな文化を楽しんでいただきつつ、アメリカ的なジョークで軽やかに場を和ませるスキルが必要だ、と考えた彼は、ジョークを学ぶために空いた時間を使ってコメディラジオを聴きまくります。その中でこれは良いというものは覚えておいて、主人に冗談を振られた際には時折勇気を出して覚えたてのジョークで返すのです。

「その時のご主人様の反応は微妙だった」

「やはりジョークは難しい。もっと勉強せねば」

的なことが綴られています。初老のイケオジがそんなことまで正直に日記に書いていると思うと笑えちゃいますよね。

真面目すぎるのは執事という仕事ゆえか、イギリスというお国柄ゆえか…少しクスっとしてしまいました。笑


少し話題がそれました。

さて、屋敷の新しい主人に最高のサービスを提供しようと彼は試行錯誤を重ねます。そんな彼の執事人生での最大の課題はこちらです。

「偉大なる執事に必要なものは何か」

ある出来事がきっかけで、彼の中でこの問いの答えが1つ見つかりました。それがまさに「品格」なのです。偉大なる執事はみな総じて品格を有していると。


次に彼は「では品格とは何たるものか」ということについて考え始めます。

●品格の有無を決定するものは、みずからの職業的あり方を貫き、それに堪える能力だと言えるのではありますまいか。
●偉大な執事は、紳士がスーツを着るように執事職を身にまといます。公衆の面前でそれを脱ぎ捨てるような真似は、たとえごろつき相手でも、どんな苦境に陥ったときでも、絶対にいたしません。それを脱ぐのは、みずから脱ごうと思ったとき以外にはなく、それは自分が完全に一人だけのときにかぎられます。まさに「品格」の問題なのです。

他の何にも決して靡(なび)くことなく、職務に専念し、そしてそれを当然のようにただ遂行し続ける。少なくとも人目に触れる間はずっと。

それができる人間にこそ品格は宿ると彼は言います。


「そんなのつまらない人生じゃないか!人はもっと色々なことを見聞きして学んでいくべきだ。」


もっともな意見だと思います。たしかに知識や経験を増やすことが有意義なことであるのは間違いない。

ですがその"あっちゃこっちゃから掻き集めた知識や経験"を「自己主張のために」ひけらかす行動に、はたして品格は存在するのでしょうか?


ある時彼は主人の知り合いの来訪者に、イギリスのいくつかの政治的問題についての意見を問われました。それらの質問に対して彼はそのたび同じ返答を繰り返します。

「申し訳ございません。この問題につきましては、お役に立つことはかなわぬかと存じます。」


彼はここで、執事が「イギリスの政治問題」に対して「強い意見」を持つことは、執事という職業の領分を超えることに他ならない、と考えます。だから一つとして問いかけに答えることはありませんでした。


旅行先の田舎町で、彼はある男に出会いました。そのスミスという男は、辺鄙でごく小さな村に住む自分もまた「政治に対して強い意見を持つ1人である」と示し、世に自らの爪痕を残すことこそが自らの品格に関わるのだ、という人間でした。

彼は政治に関するスミスの姿勢に理解を示しつつも、実際彼の言い分はきわめて理想主義的すぎていて、こと品格に対してこれを持ち出すことについてはナンセンスだと言い切っています。

政治の歯車は中枢の人々によって回されていて、我々はその動力にあやかって周縁部で一緒になって回っているにすぎない。自分に関係のあることだけを知り、理解したように思い込み、中枢に首を突っ込むことに果たして品位は存在するだろうか?

彼は、スミスのような意見を持つ執事が主人の政治的関心に対して懐疑的な姿勢を繰り返せば、挙げ句の果てに執事に不可欠な「忠誠心」をも失いかねない、と警鐘を鳴らします。

だから我々執事は、なによりもまず執事であることを決して忘れず、眼下の職務を全うすべく日々主人に仕えるべきであると。

●大問題を理解できない私どもが、それでもこの世に自分の足跡を残そうとしたらどうすればよいか……?自分の領分に属する事柄に全力を集中することです。


いかがでしょうか。

この「品格」の考え方は執事だけにとどまらず、我々全般についても共通してきますよね。

あっちこっちに手を出して、自分の本来の立場をあやふやなものにしていないだろうか?

目の前のことにしっかりと目を向けられているだろうか?


まだ仕事を始めていない私には「執事の領分」のようなものがあるわけではありません。では何において私は品格者たりえるのだろうか?何に忠実であるべきなのか?

他ならぬ「自分」だと思います。職に縛られることのない今だからこそ、仕事についた時「何にも動じることのない自分」を作り上げていく、それが学生という数年間の時間の使い方なのではないか、と思うのです。


主人公の執事の丁寧で静かな語り口のせいか、読みながらたびたび物思いにふけってしまいます。それは読み終わった今も変わりません。


自分は品格を持つ人間になれているのだろうか?


自問して、改めて、また自問する。



数年ぶりにちゃんと小説を読みましたが、これは誰にでもお薦めできる本だと思います。気になった方は是非読んでみてください。

『日の名残り (ハヤカワepi文庫)』カズオ・イシグロ, 土屋 政雄著


では。

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