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仕事の心得~全体像ヲ把握セヨ

その昔、初めて本格的にカフェダイニングで働き始めたころ、毎日ひたすらあわあわしていたことをたまに懐かしく思い出す。その後いくつかの飲食店を渡り歩き、最終的には自分でカフェをやるまでになったのだが(残念ながら経営には向いてなかったのでわりとすぐに閉めました)当時そこでお世話になった店長から、大切なことを沢山教えてもらった。

そのお店でのわたしはホール係で、店長からぴっちり横について手取り足取り調理を指導してもらったとかいうわけではなく、関わった時間も延べ1年間ほど。調理に関してはその後別のお店で働きながら身につけていったことがほとんどだし、そこを辞めて後年たまたま自分のカフェを開いた場所から徒歩3分の距離にその元店長のビストロがあって偶然再会するまではまったく交流もなかったのだけど、あの時教わったことが深い実感を伴って光り輝く瞬間が幾度もあった。

再会した当時、感謝とともにそのことを告げると、ご本人は「俺そんなこと言ったっけ?たぶん早く成長してもらって自分がラクしたかっただけやで」と謙遜されていたが、背景がどうであれわたしのなかには今も数々の教えが息づいている。ある意味心の師匠なのである。

あらためて振り返っても、単に飲食店員としてのみならずサービス業全般、ひいては『働く・仕事をする』ということにおいて役立つ心得ばかりだった。もしも現在仕事ができないとか覚えられないとかで悩んでいる人がいたら、何かの参考になるかもしれないとふと思い立ったので、この機会にまとめてみることにした。ここには、元店長に言われていたことに、実践で得たわたしの解釈も加わっている。

*つねに気配を読め*

たとえば、もうすぐ食事が終わりそうなお客様がいたとして、その後ゆっくりお酒を飲みたいのか、それともコーヒーを注文したいのか、デザートに突入するのかでホールの動き方も変わる。空いているお皿をなるべく早く下げて欲しい人もいれば、あまりバンバン片付けられると「食べ終わったらすぐ帰れ」と言われているようで嫌だ、という人もいる。

ホールは客席全体を観察し、それぞれのお客様のニーズに合わせて先回りできるのが理想的だ。グループやカップルで食事していると、実は注文したいものがあっても話の途中でなかなか言い出せず、店員がお冷を注いだりお皿を下げに来るのを待っていることもある。そういう時は必ずちょっとしたサインが発信されているので、しっかりアンテナを張っていれば気づけるはずなのだ。

『いかに遠くから「すいませーん!」と呼ばれないように動けるか』が勝負。お客様の「こうして欲しいな」のタイミングに完璧にはまると、それだけで満足度が上がる。もし混雑していてお待たせしてしまう時でも、ひと言の声かけがあるかないかで体感時間が変わるのだ。キッチンの様子を見てさりげないフォローを入れるのも、ホールの大切な役割。

*指示をされてからの動きは仕事ではない*

「これやっといて」と言われてからやることは『言われたことをやっている』のであって仕事をしているのではない。そんなのは極端な話、小学生にでもできる。自分で考えて能動的に動いてこそようやく『仕事』になる。誰にも指示される隙を与えないくらい、すべてに気を配れ。

『指示を受けない』ということは、すなわち店で行われることを全体的に把握して前もって1歩も2歩も先を行き、またそれが的確でなければならない。自分が経営している自分の店だと思って、何から何まで覚えろ。「本来自分がやるべき作業をほかのスタッフに振り分けている」くらいの目線で、他人の仕事をどんどん奪っていけ。

どこかの店で「これ美味しいですね、何が入ってるの?」と尋ねた時に「ただのホールスタッフのひとりなので、どうやって作ってるのかわかりません」と返答されたら自分はどう感じるか?作る作らないに関わらず、最低限でもすべてのメニューの食材と調理工程は頭に入れておくべき。

*常連さんはスタッフにつく*

世の中、おいしいものなんていくらでもある。たとえ「あのお店でしか食べられない、とっておきの逸品」の看板メニューがあったとしても、そこで接客するスタッフの態度が良くないとかいつもなんとなく不愉快な思いをするとかが重なると、自然と足が遠のいてしまう。

反対に『料理の味はそこそこでトータル75点くらい』だったとしても、いつも笑顔で元気に挨拶してくれるスタッフがいるとか、活気があって居心地がよく落ち着ける店だという理由で「あそこに行きたいな」と選んでもらえる。『食後のコーヒーはブラック』だとか『キュウリが苦手』という些細なことを覚えていて、何も言わなくても自分用にしてくれるというだけでその店に通う人もいる。お客様ひとりひとりの好みを掴んで、自分のファンになってもらえるような接客を心がけろ。

*手ぶらで歩くな*

お客様に呼ばれた時はすぐに返事をする。そしてそこへ向かう時は必ず何か別の仕事も同時にこなせ。お冷や灰皿(当時は店内で普通に喫煙可だった)、取皿の交換など、やることはいくらでもある。片道を手ぶらで歩くだけでそれはロスタイムだと思って、1往復する間に最低3つは何かできることを探せ。

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いかがだろうか。印象に残っているのはおおまかに上記のような具合なのだが、とにかく結構スパルタ気味で、新人のうちは毎日無言状態から急にボソッと来るダメ出しが恐ろしく、正直なところ事あるごとにもう無理だと思っていたし、精一杯頑張っているのに無茶ばかり言われ、いつ辞めようかと毎日悩んで何度も泣いた。

実際にそういう形態の飲食店で働いた経験がない人には想像がつかないかもしれないが、ランチからディナーまで営業していてアラカルトが基本のカフェダイニングの1日は、相当ハードなのである。せっかくなので、飲食店未経験の方もぜひ一緒に思い描いてみていただきたい。

正式なメニュー名とそれを略したオーダーの通し方を覚えて使い分け、ドリンクはなるべく自分で入れる。デザートの盛りつけもしつつ(フレッシュフルーツを飾り切りし、ホイップクリームやフルーツソースとココアパウダー・粉糖やミントなどを使ってデコレーションする)客席全体を見渡しながら気を配り、料理が上がればすぐに間違えないように持っていき、お客様に呼ばれたらすぐに駆けつける。

熱いお皿を何枚も同時に運び、洗い物も率先して手伝いながら、新規のお客様が入店されたら笑顔でお出迎えして席までご案内。ランチタイムに小さいお子さん連れのママさんがご来店されたらできるだけ座敷をあけ、キッズ用の食器も用意する。生ビールの樽が空になったら交換、ひと晩かけて抽出する水出しコーヒーのセットも忘れちゃいけない。注文が重なり、キッチンの手が回っていなければヘルプにも入る。

デシャップ(キッチンとホールの窓口)担当ならば、料理の出方を随時確認し、提供の順番を管理する。飲み放題の宴会グループなどはガンガン料理がなくなる場合とお酒ばっかり飲んでいて料理が手つかずの場合があるので、時間制限に合わせて調整なども必要になる。主にレジを担当する時は、お帰りの気配を感じたらすばやく移動して会計を済ませ、出口の外までお見送り。

合間におしぼりを巻いたりシルバー(スプーンやフォークなど)を揃えたり、各テーブルの紙ナフキンを補充したり割り箸の紙袋にスタンプを押したり、コーヒー用のシロップやフレッシュの容器を洗浄して交換したり、倉庫に食材を取りに行ったり、予約の電話を受けたり。それらがすべてオンタイムで進行していく。

開店から閉店までのレギュラー勤務ならば、オープン準備の掃除に始まりその日の黒板メニュー書きやレジ金準備などもある。怒涛のランチタイムが終われば一旦レジを締めてから銀行へ釣り銭用の両替や前日分の売上入金に行き、まかないを食べて束の間の休憩(お昼寝は必須)をはさみ、ディナータイムに向けてのセッティング。

団体のパーティがあればその料理の仕込みも手伝い、ケーキを焼いたりピザ生地をストックしたり、飲み放題用の瓶ビールを冷やしたり。お誕生日ケーキのオーダーが入っていれば、お皿にチョコレートで文字を書いて冷やしておき、サプライズの演出でろうそくを灯して運びハッピーバースデーを歌うこともある。週間のランチメニューをまとめて印刷し、店内に貼る作業などもアイドルタイム(ランチとディナーの間)に済ませる。

閉店後は、酔っ払っていい気分でなかなか帰ろうとしないお客様にお引取り願ってから、レジ精算を済ませて日報を書き、翌日分の発注をFAX。洗い物が済んだシンクや食洗機もきれいに清掃して、まな板とふきんは漂白剤に朝までつけ置きする。コンロ周りも毎日掃除。さすがにそのあたりは主にキッチンの役割だったけれども、鍋を磨いたり換気扇やレンジフードの掃除もし、床も流して翌日に備える。(ちなみにキッチンの場合は、営業中に翌日のランチの仕込みも進行させる)

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ざっと思い出せるだけでもこんな感じで、毎日朝9時半から深夜1時くらいまで週6日、ずっと店に居た。もちろん完全に上記を完全にひとりでこなすわけではなく分担作業だけれど、短時間バイトやお昼だけのパートさんに指示を出して滞りなく1日の任務を遂行させるのはレギュラースタッフの役割だし、し忘れがあって困るのは結局自分なのだ。

今でこそ労働基準法に基づく監視などが厳しくなって、もうこんな働き方はできなくなったと思うけど、基本的に定休日以外に休むなんて考えられない。ピーク時はキッチン2人+ホール3人の5人体制なのだが(ランチ時は6人の日もあった)もしホールが誰か1人体調不良で休んだとしたら、戦力的には20%どころか下手すると50%ダウンくらいの影響がある。キッチン担当である店長や料理長などはどんなに体調不良でも休めなかったし、休まなかった。

*他動か能動か*

これを『雇用されている労働者』として見れば、ありえないだろうと思う。やるべき仕事の範囲が定まらずなんでもかんでもやらされるし、常に気を張っていなくちゃならない。できる以上のことを求められ、できてなければ自分のせい。自分が悪くない時でもお客様に謝らなければならないし、理不尽に責められることもある。休憩が取れないこともあるし、店全体の業務が終わらなければ帰れない。終電の時間にはとうてい上がれないので、通勤は約30分かけて自転車で。帰りが雨の日は、クタクタの身体でカッパを羽織って夜道を疾走し、ようやく家に辿り着く。

しかも、時給は当時の最低賃金だったし、その頃は8時間を越えたら残業代発生とか22時以降は深夜手当、なんて概念も浸透していなかった。雇用保険はともかく飲食店アルバイトで健康保険に加入させてくれるところは珍しく(私はそこでレギュラーになった時に入れてもらいました)代わりの人員がいなければ何かあっても休めない。(これに関しては、定休日がなくなるかわりに人員が増え、シフトが組めるようになってだんだん改善されていきましたが)雇われ人の働き方としては、まさにブラックとしかいいようがない。

でも、これを『修業』として考えるならば、どうだろう?自分が将来お店をやる時に必要なことが目の前に揃っている。キッチンとホールどちらの流れも、表と裏のすべてを経験し、把握できる。予想外のアクシデントが起きた時の対処法も学べるし、何かあった時は店長やオーナーがちゃんと対応してくれる。お給料を頂きながら、確実にスキルアップし未来の計画を立ててシミュレーションができるのだ。実際、その後数年を経て自分のカフェを開いた際も、業務的なことで困ったことはほとんどなかった。

見方によっては『低賃金でいいようにコキ使われて見返りもなく、それを良しとする思想に洗脳されている』と気の毒がられるかもしれない。だけども、できる範囲のことをほどほどにこなしてそれなりの対価を得る生活よりもはるかに経験値が高まったと思うし、自分の器も広がった。何よりも「仕事」に対する捉え方が大きく変わったのである。

指示を待ち、与えられた範囲でできることだけをやっている時、それは他人軸で動かされているということだ。他人の考えが基準になり、いいも悪いも判断がつかないので、仮に遠回りだったりムダなことをさせられていてもとりあえず従うしかなく、いとも簡単に振り回されてしまう。

反対に、主体的に全体を見通せるようになった時、その中心軸は自分にある。何かが起きても「これはこういうことだな」と冷静に眺め、ならばどう対応すればいいのかを即座に考えられるし、他人に左右されず自分の責任において行動できる。仮に間違った指示を受けても、要点を確認したり修正したり、それが必要なのかや効率などを判断し指摘することもできる。

*ミクロとマクロ*

最初のほうで書いたように、もし今仕事が覚えられなくて困っている人がいたら、それはおそらく自分が受け持っているわずかな範囲しか見えていないからではないかと思う。もちろん個人事業主が経営している小さな飲食店と、中小もしくは一流企業を問わず細かく分類された会社の業務では規模も仕事の内容も違うので、まったく同じに考えるわけにはいかないのは承知の上だ。仮に社長であっても全体を把握することはできないし(社長だからこそでもある)経理や総務と営業ではまったく見えている世界が異なるだろう。立場が変われば視界も変わる。

だが、ジグソーパズルのピースが嵌まっていくように、自分以外の他の人がどんなことをしているのかを知れば知るほど、だんだんと大きな流れを理解していけるようになる。過去の記事でも幾度となく書いてきたが、『俯瞰で見る』視点が身につき物事の筋道がわかれば、その作業にどんな意味があるのかも、それについて必要なことは何なのかも捉えられるはずなのである。

経験上、新しい環境に入って何もわからない状態の時に、新人に対して必要な全体的な情報を教えたり的確に指導したりしてくれる先輩は少なく、むしろその人自身もよくわかっていないことがほとんどだ。組織の規模が大きければ大きいほどそうなる。たいていは「とりあえずこれをこうしてくれればいいから!」と手元の作業のことだけを指示され、言われるがままにやっていき、良ければほめられ色々と任されるようになるし、最悪の場合は説明もされてないところを怒られ「あの新人使えない」と文句を言われたりする。

そりゃそうだろう、教えられてもないのにわかるわけがない。そういう場合は指導する側が問題なのだが、そういう人は本人の教え方が悪いなんてこれっぽっちも思い至らないので、どうにかしようとしても時間のムダである。自分の理解力が足りないのかと悩んだりその人に認めてもらおうと努力するより、さっさと見切りをつけて視点を切り替え、その部署の中で必要なことや求められていることを見極めて、そこに合わせて自分にできることを考えていくほうがよっぽど建設的だと思う。トータルで捉えられるようになれば、次に何をすべきか先を読んで前もって準備ができるし、作業や情報の取捨選択が可能になる。

ただ、忘れてはいけないのは、どんなに自分が客観的な広い視点を持っているつもりでも、それはあくまでも自分が知り得る・把握できる範囲内に限られているということだ。盲点や死角は必ずあるし、自分に見えている世界と、他人から見た世界では、色合いも角度も違う。すべてわかったつもりになり思い上がった時点で、そこが限界。それ以上の成長は望めなくなってしまう。他人の意見を尊重し、自分にはない発想を取り入れて融合していくことで、さらに複眼的な視点を獲得し、より良い形に発展させることができる。人と協力し合うことの大切さは、そこにあると思う。

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当初に考えていたよりも随分と長くなってしまった。途中のお仕事内容エピソードをもうちょっと推敲してコンパクトにまとめたほうがいいかしら?とも思うけど、飲食店で働いてる若い人に自分の環境と比較して共感したり、励みにしてもらえたらいいなと思うので(こんなのまだ生ぬるいぜ!って人もいるかもね)あえてこのまま載せておく。

最初は辛くてしんどかったけど、後から振り返れば、叱られていた頃は確かに自分のことだけに必死で周りは全然見えていなかった。言われたことをこなすのにいっぱいいっぱいで、常に次は何を注意されるのかとビクビクしていたように思う。それが、だんだん仕事を覚えて言われる前に動けるようになり、接客にも気を回せるようになる頃には、信頼関係もできて大変ながらも毎日楽しく働けるようになった。体力的にはきつくても、仲間がいるからがんばれる。少年漫画のセリフみたいだけど、結局仕事の充実感や達成感には人間関係の良さも大きく影響するんじゃないかな。

働き方改革で労働に対する意識もだいぶ変化したし、昔と今では世の中もかなり変わった。もともと競争の激しい個人飲食店は現在ますます苦境に陥っていて、大手のチェーンですら淘汰されている。それでも、おいしいものを提供して食べる幸せを感じてもらいたいとか、一人暮らしでなかなか料理ができない人に温かい手料理を食べてもらいたいという想いで誠実にがんばっている方々が報われるように願いつつ。

飲食店で働く人もそうでない人も、自分の能力を最大限に発揮して誰かのために活かしていける、そんな循環がたくさん生まれれば、きっと世界が動く。みんなが全体を見て自分にできることを考える利他の精神を大切にしていけば、世の中は素晴らしいものになるはず。そう信じて、空と同時に自分の足元を見つめる日々なのである。

お福分けのひとしずくをありがとうございます!この波紋を大きく広げていきたいと思います。