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障害のある生徒たちの「働く」を考える(4)-企業との本物の連携によるキャリア教育のすすめ-

植草学園大学 発達教育学部  准教授  髙瀬 浩司

「働く」学びにおける企業とのパートナーシップ関係

 特別支援学校生徒達の「働く」学びやキャリア教育には、企業との連携が欠かせません。特別支援学校高等部学習指導要領には、キャリア教育等に関する配慮事項として、以下のように記述されています。

第1章総則 第2節教育課程の編成 第2款教育課程の編成 3教育課程の
編成における共通的事項
(6)キャリア教育及び職業教育に関して配慮すべき事項
 ア 学校においては,第5款の1(3)に示すキャリア教育及び職業教育  
  を推進するために,生徒の障害の状態や特性及び心身の発達の段階等,
  学校や地域の実態等を考慮し,地域及び産業界や労働等の業務を行う関
  係機関との連携を図り,産業現場等における長期間の実習を取り入れる
  などの就業体験活動の機会を積極的に設けるとともに,地域や産業界や
  労働等の業務を行う関係機関の人々の協力を積極的に得るよう配慮する
  ものとする。

 
 前述した、千葉県立特別支援学校市川大野高等学園のデュアルシステムでは、当初13事業所と連携した取り組みを始めました。ここで目指したことは、企業との「パートナーシップ」という関係性です。これまでの進路指導の一環としての産業現場等における実習では、どちらかというと企業の雇用ニーズや採用可能性にいかに生徒が適応できるかといった、ジョブマッチングやプレースメント中心の取り組みでした。企業と学校・生徒の関係性は、雇用する側と雇用される側といった関係性の中で、進路指導が進められていく場合が多くあります。企業との「パートナーシップ」関係を築いていくにあたり、対等な関係性の中で、生徒達のキャリア形成に向けた企業側から生徒の「学び」の場と指導・支援のエッセンスを提供していただくことにこだわりをもってきました。
 そのパートナーシップ関係にある事業所に、一つの飲食サービス業の店舗があります。この取り組みを始めるにあたり、当時の社長や店長とは生徒達のキャリア教育のためにどのようなことができるか、何度も打ち合わせを重ねてきました。ここで大切にしてきたことは、店舗を学びの場、いわば校外の教室のような環境にすること、年間を通した「働く」学びの中で、楽しさや好奇心を育みながら、生徒達の自己効力感やキャリア発達を促していくことでした。中でも、店長が最も大切にしたことは、飲食サービス業の醍醐味、つまりお客様から直接喜びや感謝を感じること。全員がホール業務に取り組む経験をすることでした。

事業所の店長が作成したキャリア教育計画

 ある生徒は、この店舗での1年間の取り組みから、様々な学びを深めていきます。実際の店舗で仕事を覚えていく中で、「働く」学びへの意欲を高めていきました。その一方で、従業員との関係やコミュニケーションの取り方に不安を感じるようにもなります。自分の中で、実際的な目標が芽生えてきたのです。どうしたら、従業員とのより良い関係性が築けるか、緊張せずにコミュニケーションがとれるか、主体的な模索が始まりました。
 夏休み明け、店長の計画どおり、実際にホール業務に取り組み始めます。お客様を意識した対応をすること、店長や従業員の指示通り業務を行うことを積み上げていく中で、自信を深めていく様子が見られるようになります。お客様からの「ありがとう。」「美味しかったわ。」の一言は、何事にも代えがたい喜びになったことは言うまでもありません。
 年明けからは、調理場で専門的な仕込み業務に取り組みました。ホール業務の経験から、既に仕込み業務の善し悪しがお客様の喜びに直結していることを体感しています。仕事への意識を高く持ちながら、手順を工夫したり、効率的に進めたりできるようになっていきます。1年間の店舗での「働く」学びを通して、この生徒は主体的に、そして確実に自身のキャリアを育んでいったように思います。
 労働分野においては、企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)が問われる時代になりました。その中でも、教育CSRという考え方があります。企業の教育への参画という形での社会貢献活動です。その多くは、主に小中学校等の通常の学校で行われています。特別支援学校等の障害のある生徒達の特性上、企業側のハードルは通常の学校と比べて高いことが懸念されますが、企業との連携は通常の学校以上に必要なのです。障害のある生徒達のキャリア形成や社会的自立に向けて、本物の連携のための企業と学校とのパートナーシップ関係の構築が期待されているのです。

全国初、生徒達が運営する校内コンビニにおける「働く」学び

 全国初、特別支援学校生徒達が運営する校内コンビニ「Smile Mart(スマイルマート)」が、先日、千葉県立特別支援学校市川大野高等学園にオープンしましたので取材をしてきました。

校内コンビニ「Smile Mart(スマイルマート)」

 事の発端は、前述したデュアルシステムのパートナーシップ事業所との連携です。これまでも、当校では、パートナーシップ事業所である近隣のコンビニエンスストアと連携した「働く」学びに取り組んできました。生徒達が連携先のコンビニエンスストアに出向き、実際の業務や接客をとおして、キャリア形成を図っています。
 一方、校内には購買等もなく、原則、生徒達はお弁当を持参する生活です。以前から、購買や弁当販売などのニーズがあったのですが、実現に至っていない状況がありました。生徒達からの、「昼食を買える場所がほしい。」といったニーズに着目したのです。生徒の発案で、今回、千葉大学の起業体験プログラム「TOKKA(トッカ)」に応募し、採択されることになります。「TOKKA(トッカ)」とは、千葉県に在学・在住の高校生が、ビジネスの立ち上げを経験できる体験型の教育プログラムです。
 校内コンビニの運営は、主に当校の流通コースの生徒達の専門教科として取り組んでいます。これまで、パートナーシップ事業所のコンビニエンスストアと連携し、開店に向けた準備を進めてきました。実際に生徒からアンケートを取ってニーズ調査をしたり、商品の発注や管理のシステムを検討したりなど。設備は、「TOKKA(トッカ)」の活動支援経費や木工コースの生徒達への発注などで整えてきました。オープン後は、毎日の発注や在庫管理が発生します。実際の店舗運営が、流通コースの「働く」学びになっているのです。
 取材当日も、生徒達が各業務を分担し、仲間と協力しながら店舗の運営にあたっています。購入された商品の袋詰めや代金の受け渡し、商品の陳列や品だしなど、緊張した面持ちではありますが、生き生きと業務にあたっている姿がありました。

校内コンビニの運営にあたる流通コースの生徒さん達

 プロジェクトリーダーの中島優太さんは、インタビューで次のように述べています。「お客様が笑顔になってくれるのが嬉しいです。」「売れ行きが良かった時は、みんなと一緒に喜びます。」「お客様に喜んでもらえるように、商品を大切に扱うことにやりがいを感じます。」こうした本物のコンビニエンスストアを運営することを通して、その中に一人ひとりの働く「やりがい」や「価値」を見いだしていることが分かります。
 また、中島さんの将来の夢は、飲食サービス業か倉庫業の関連業務で就職することだそうです。必ずしも、就職ための職業訓練としての働く「学び」ではなく、自分自身の成長やキャリア形成のために、目標や目的をもって主体的に働く「学び」を積み重ねていることも窺えるのです。

プロジェクトリーダーの中島優太さん

 こうして見てみると、当校の校内コンビニの取り組みは、昭和26年に東京都立青鳥中学校で実践された、総合生活学習としての作業であった「バザー単元」との共通性があるように感じます。時代を超えても変わらない不易なものが、この2つの取り組みには共通してあるのです。生徒たちの働く「学び」で大切にしたいことは、生徒達の「主体性」と働く「価値付け」への支えです。私たちがおかれている今の時代、時代を超えて変わらない「不易」なものと、時代にあわせて必要とされる「流行」を、企業とのパートナーシップ関係の中で融合させながら、生徒達の働く「学び」の在り方をこれからも追求していきたいと思います。

校内コンビニでは当校で製作した製品も販売

髙瀬 浩司 | 植草学園大学・植草学園短期大学 (uekusa.ac.jp)

植草学園大学・植草学園短期大学 特別支援教育研究センター
障害者支援を学ぶことは、すべての支援の本質を学ぶことです。千葉市若葉区小倉町にキャンパスをもつ植草学園大学・植草学園短期大学は、一人ひとりの人間性を大切にした教育を通じて、自立心と思いやりの心を育むことにより,誰をも優しく包み込む共生社会を実現する拠点となることを学園のビジョンとしています。特別支援教育研究センターは、そのビジョンを推進するため、平成26年度に創設され、「発達障害に関する教職員育成プログラム開発事業」(文部科学省)の指定を受けるなど、様々な事業を重ねてきています。現在も公開講座を含む研修会やニュースレターの発行なども行っています。                                     tokushiken@uekusa.ac.jp


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