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短編小説『逃げ道はゲームセンター』(後編)

 「おい、そんなに引っ張るなよっ」

 僕の非難を込めた言葉に、メトロは聞く耳を貸さず僕をどんどん店の奥へと連れて行く。

 やはり奥に行くに従って、店内は薄暗さを増していき、煙草の臭いは強くなっていった。

 やがて僕が自分の意思でついて来ていることに気が付くと、メトロは僕の左腕から右手を離した。

 メトロの後ろを歩きながら僕はふと、心に小さな不安が芽生えるのを感じた。

 リガールがどんな奴か、、、。
もしリガールがガラの悪い不良とかだったらどうする?
どのゲームでも軒並み僕にランキングを追い抜かされて、そのことを根に持ってたりしたら、、、。

 そんな僕の心配をよそに、店の一番奥まで歩いたメトロは、右手のクレーンゲーム機を小走りに回り込んで、その先の方向に呼びかけた。
「リガールさんっ」

 そこに、リガールがいるのだ。
僕はメトロの後を追うように、クレーンゲーム機を回り込んだ。

 その先の区画にいたのは、一人だけだった。

 金髪のポニーテールの、黒いキャップを被った若い女性だ。
グレーのパーカーを着て、黒のショートパンツを穿いている。煙草を口に咥えながら、座ってゲームの操作に集中していた。

 まさか、この女性がリガール?
僕のリガールに対するイメージ像とは、彼女はあまりにもかけ離れていた。

 「何、メトロ?あたし今、ゲロキング倒すのに忙しいんだけど」と彼女は、ボタンとレバーを軽い手捌きで動かしながら言った。
『ワイルド・クリーチャーズ』をプレイしているらしい。
「それどころじゃないっすよ、リガールさん。ついに見つけたんですよ、ドルを」

 メトロがそう言った直後に、彼女はふと手の動作を中断して、こちらをさっと見上げた。
「マジ?やっと見つかったの?」と彼女は言って、口に咥えていた煙草を、筐体上に設置されてある灰皿に押し潰した。
「はいっ、こいつがそうですっ」メトロは隣に立つ僕を、指差して言った。

 彼女は僕を数秒間見つめて、「へぇ、、、この子がドルなんだ、、、」と呟いた。「何か、イメージと違うね。ニートみたいな奴かと思ってた」と彼女は笑いながら言った。
(ドルのイメージがニートだって?それに、印象が違ったのはこっちだって同じだ)

 「でかした、メトロっ。はい報酬」と彼女は茶色の財布から1000円札を抜き取って、メトロに渡した。
「ありがとうございますっ」とメトロはそれを嬉しそうに受け取った。

 何だ?こいつはリガールに金で雇われて、僕を探してたってことなのか?
それに、どうやらリガールとメトロは主従関係にあるらしい。

 「ねぇ、さっきから君、一言も発してないよ?本当に君がドルなんだよね?」と彼女は訊いた。
「あぁ、そうだよ」と僕は答えた。「そしてあなたがリガール?」
「うん、そう」とリガールは微笑んだ。「でも、そのちょっと小生意気な感じは、ドルのイメージとぴったりかも」
「そいつは何より」と僕は片方の口角を上げた。
店内の薄暗さで暫く気付かなかったが、よく見るとリガールは整った顔立ちをしていた。
金髪がよく似合う、一般的に言えば美人という部類に入るのだろう。

 「おい、ドル。リガールさんはお前より4つも上なんだぞ、少しは敬語使ったりしろよ」とメトロが言った。
「メトロ、、、って言ったけ?お前はこの人の子分でもやってるのか?」と僕は訊いた。
僕の悪い癖だ。自分に対して注意や非難をされると、そいつに向かって少し高圧的な態度に出てしまう。
「はぁ?何だって?」
「メトロ、あたしタメ口とか気にするタイプじゃないでしょ?」
「いや、まぁ、はい、、、」

 「あたしの4つ下ってことは、16歳かな?高校生ね」とリガールは言った。
「高校2年」と僕は答えた。
「学校はサボり?」
「午後から行くつもり」
「不良生徒だね〜」とリガールはからかうように言った。

 「あなたこそ学校は?それともフリーターとか?」
「大学3年生だよ。大学なんてね、講義サボっても普通に単位取れちゃうの。ゲーセンに入り浸っても、何も問題無し」
「ふぅん、そうなんだ」
「だから俺はここでよく、リガールさんに格ゲーの稽古つけてもらってる」とメトロは言った。
「何だ、やっぱり子分なんじゃん」と僕は言った。
「あのなぁ、、、。言っとくけど俺は、そういうんじゃなくて、、、」

 「そうそう。メトロはね、あたしの子分なの。パワフル・ファイトのランキングが10位圏内に入ったのも、あたしがコツを教えてあげたから」
「え、リガールさん、、、俺って子分だったんですか?」とメトロは訊いた。
「うん。え?逆に違うと思ってたの?」とリガールは訊き返した。
「はい、てっきり戦友なんかだと、、、」
「それは、あたしのランキングを一つでも抜かしてからの話。当分は師匠と弟子の関係性」とリガールは笑って言った。

 「それなら、リガールとメトロのランキングを大体抜かしちゃってる僕は、二人の師匠ってことになっちゃったりするのかな」僕は周囲のゲーム機の音に、かき消されない程度の音量で言った。
自分でもよく分からない。
どうしてつい、煽るような言葉を言ってしまうんだろう?

 リガールとメトロは、一瞬黙って僕を見た。「へぇ〜、ドルってさ、想像以上に生意気言うんだね」
「お前、クラスに溶け込めないタイプだろ?」
僕はその質問には、敢えて答えなかった。

 「あのね、良い?あたしのランキングが落ちちゃったのは、先月からバイトのシフト増やしたからなの。だから、最近はあまりこの店に通えてなかったし、そういう時期に偶然君に抜かされちゃっただけ。分かる?それだけ」とリガールは捲し立てて言った。
どうやらリガールは負けず嫌いな性格らしい。そこに関しては僕と共通しているようだ。

 「そういった経緯があったとしても、今では多分、僕の方がずっとあなたより強いよ」と僕は言った。
「ムカつく〜、この子にエイデンのドロップキック決めてやりたい」
「いや、リガールさん、出禁になりますよ」とメトロが宥めるように言った。
「分かってるよ、冗談に決まってんでしょ?」

 「それにこのゲームでは、あたしの方が君より上なんだけど」とリガールは言った。

 それは、座席に座っているリガールがついさっきまで、そこでプレイしていたゲームのことだ。
それこそ僕が唯一ランキング1位に到達しておらず、リガールのスコアを追い越せていない格闘ゲーム、『ワイルド・クリーチャーズ』だ。

 『ワイルド・クリーチャーズ』は、架空のクリーチャー同士を操って戦わせる、スタンダードな格闘ゲームだ。

 僕のこのゲームでの最高ランキングは、3位。
やはり、煙草の煙が充満しやすい店の奥に設置されているアーケードゲーム機は、長時間のプレイは僕にとって少し難儀だ。
だから必然的に、上達も遅くなってくる。

 それに、このゲームでは総勢29体のプレイアブルクリーチャーを選択できるのだが、僕はまだ全てのクリーチャーの特性や相性を完璧に把握できていない。
一方でリガールは、『ワイルド・クリーチャーズ』でトップランカーの地位を半年以上維持し続けている。

 「どう、ワイクリで私と直接対戦してみる?さっきからそんなにデカイ口叩いてるんだから、結構な自信があるんでしょ?」とリガールは僕を覗き込むようにして言った。
「あっ、面白そうっすね、それ」とメトロは言った。

 僕は数秒間、黙って頭の中で手早くシュミレートしていた。

 勝率は良くて7割といったところか、、、。
リガールはおそらく、使い手の「タイダル・コキューパス」を選ぶだろう。

 巨大なタコの姿をした魔獣で、攻撃力はかなり高く、おまけにリーチも長い。
そして最も厄介なのが、大量の墨を使った強力なアビリティだ。
唯一の弱点がスピードが遅いことであるが、それをカバーできるだけの資質が、このクリーチャーにはあまりにも多く揃っている。

 それに対して僕は、どんなクリーチャーで応戦するのが合理的だろうか。

 簡単だ。
タイダル・コキューパスの攻撃を確実に回避できるだけの、卓抜したスピード力を備えたクリーチャーを選べば良い。

 敏捷性に優れたクリーチャーは、傾向として攻撃力が平均より概ね低いものの、その分相手プレイヤーのヒットポイントを着実に削れるだけのアドバンテージを有している。
地道に少しずつ、相手を追い詰めていく戦法だ。
加えて、そのクリーチャーの攻撃範囲が広ければ広い程、尚更好条件となってくるだろう。

 「どうしたの?怖気付いちゃった?」とリガールはからかうように言った。
「良いよ、やろう」と僕は片方の口角を上げて言った。
「そうこなくっちゃ」とリガールは微笑んだ。

 「負けても泣くんじゃねぇぞ、ドル。何かお前、負けると泣きそうな感じだから」とメトロは言った。
「メトロ」とリガールは言った。
「10位圏外は黙ってろよ」と僕は言った。
『ワイルド・クリーチャーズ』での1位から10位までのランキング表は、全て僕とリガールの名前で埋まっているのだ。
「なっ、、、。リガールさん、絶対こいつに勝ってくださいよ」
「当たり前。こんな生意気なガキンチョに負ける訳にいかないし、トップの座は誰にも渡さないっつーの」

 僕はリガールの左隣に設置されてある、『ワイルド・クリーチャーズ』の筐体の座席に腰を下ろした。

 リガールの座っている筐体が1P、僕の筐体が2Pに該当する。
因みに、1Pの方が先にクリーチャーを選択できるという利点があった。
まぁ、僕は相手の出方に応じてその都度戦略パターンを変えていくスタイルだから、それは寧ろ好都合なんだけど。

 「どうせなら、何か賭けるってのはどうです?負けた方が勝った方に何か奢るとか」不意に、僕らの後ろにいるメトロが言った。
こいつ、余計なことを、、、。

 「あっ、それ賛成」リガールはメトロの提案を肯定した。
「僕は高校生だから、賭け事っていうのはあまり、、、」と僕は言いかけた。
「勝てば良い話でしょ?それとも何、ドルはやっぱりあたしに負けると思ってんの?」
「そんなことは、、、ない」
「じゃあ、問題無いよね」とリガールは悪戯な笑みで言った。「メトロ、今何時?」
「えっと、、、11時47分です」とメトロはスマートフォンを確認して言った。
「そろそろお昼かぁ。あっ、負けた方は、勝った方とメトロの二人に昼飯を奢るってのはどうよ?」
「はぁ?」
一体何でそうなるんだよ。それに、何故かメトロも含まれてるし。

 「それ名案っすね」とメトロはリガールを煽てるように言った。「何にします?この近くなら、マックとか、それかラーメン屋ならいくつかありますけど」
「そうねぇ、、、」とリガールは少し考え込んだ。「すぐ向かいのお蕎麦屋さんはどう?」

 このゲームセンターの通りの向かいには、「香月庵」という雰囲気の良さそうな蕎麦屋がある。
大抵いつも繁盛しているようだが、僕自身は入ったことはない。
高校生の僕に、一人で蕎麦屋に入れるような度胸はまだ備わっていないのだ。

 「蕎麦かぁ、良いですね。今日みたいに暑い日は、ざる蕎麦なんて特に」
「でしょ〜」
「あの、食事は学校で摂ろうと思ってるんだけど」
「学校サボった奴が何言ってんだ。よし、ドルには冷たいざる蕎麦を奢ってもらうぜ」とメトロは笑って言った。
「何で僕が奢る前提なんだよっ」
「あぁ、一応言っとくけど、君に拒否権は無いからね?このゲームのランキングはあたしのが上なんだから、つまりあたしの命令は絶対ってこと。オーケー?」
「何だっ、その不条理なルール」と僕は咎めるように言った。

 この店には、一体いつからそんな不公平な規律が採用され始めたんだ?
だけど僕は反論することもなんだか面倒くさくなって、「もうそれで良いよ」と投げやりに言った。
そうだ。リガールの言う通り、勝てば良い話なのだ。

 そんな瑣末な交渉が成立し、いよいよ僕とリガールは『ワイルド・クリーチャーズ』をプレイする用意が整った。
僕とリガールの背後では、メトロがその様子を見学している。

 「あたしから勝負誘ったんだから、はい、これ」とリガールは言って、僕に50円玉を差し出した。
「要らない。小銭なんかに困ってない」と僕は言った。
「何、ボンボン?やっぱドルって生意気」

 僕とリガールはそれぞれ50円玉をスロットルに投入し、ゲームをスタートさせた。
リガールの要望で、予め勝負はワンラウンドに設定されている。
僕も短時間で終わらせたかったから、それに了承した。

 プレイアブルクリーチャーの選択画面で、予想通りリガールは、迷うことなくタイダル・コキューパスを選んだ。
使い慣れたキャラで、手堅く勝利を掴むつもりだろう。

 対する僕が選択したのは、「ヘイル・フィンブル」というクリーチャーだ。

 黒豹の姿をしており、氷を攻撃手段として自在に操るという特性を保有している。
ゲーム内でもトップクラスに敏捷性に優れ、氷を駆使した攻撃はリーチが長い。
遠距離タイプには、同じ遠距離タイプで対応するという訳だ。

 防御力はあまり高くないので、タイダル・コキューパスの重い攻撃をモロに喰らうことは、絶対に避けなければならない。
仮にそうなれば、もはや瞬殺は免れないだろう。
だが、このクリーチャーの性質なら奴の絶対防御を打ち破ることができる筈だ。

 数秒間の待機画面が終了し、試合のカウントダウンが始まった。
画面内の左手が僕のヘイル・フィンブルで、右手がリガールのタイダル・コキューパスだ。
互いに向き合って、威嚇するように対峙している。

 「絶対勝つ」と僕は小声で呟いた。

 そしてゴングの音と共に、バトルが開始した。

 僕は開始と同時に、すぐさま複数のボタンを連打して、「フローズン・ショット」を放った。
ヘイル・フィンブルの最も基本的なアビリティの一つだ。
まずは初手の様子見といこう。

 氷の弾丸がタイダル・コキューパスに真っ直ぐに向かっていく。
リガールは、複数の足を繰り出す連続攻撃で、それを地面に叩き落とした。
想定内の反応だ。

 その直後にリガールは、「ブラック・ウェーブ」を放出した。
墨を大量に吐き出して荒波を巻き起こす、強力なアビリティだ。

 これこそがタイダル・コキューパスの絶対防御となる。
相手クリーチャーを自身に近付けさせることなく、同時に広範囲の大ダメージ攻撃を与えることのできる効果は、もはや反則に等しい。

 僕に向かって、大量の墨による荒波が襲い掛かってくる。
僕は素早くコマンド入力をし、「グランド・ブリザード」を撃ち込んだ。
ヘイル・フィンブルの十八番、最も強力なアビリティだ。

 大規模な氷の強風が、黒い荒波を迎え撃ち、一瞬にしてそれを凍結させていった。

 氷漬けにされた大量の墨に亀裂が走り、それは一気に砕け散っていく。
僕は瞬時に、その空中に分散した氷を踏み台に利用して、ヘイル・フィンブルを宙に高く跳躍させた。

 そしてその状態から、タイダル・コキューパスに向かって、「フローズン・ショット」を立て続けに連発した。
リガールはそれに対して、連続攻撃での対応を再び試みたが、全ては捌き切れず、いくつかの氷の弾丸が身体に命中した。

 タイダル・コキューパスのヒットポイントは、全体の30パーセント程が削られた。

 「やるじゃん」とリガールは呟いた。
僕はリガールを横目で見て、軽く口角を上げた。
背後でメトロが真剣な様子で、僕らの戦いを観戦していることは、正面を向きながらでもよく分かった。

 その直後、リガールは再度「ブラック・ウェーブ」を繰り出した。
空中に落下している僕に向かってではなく、地面と平行にだ。

 このまま地面に着地すれば、間違いなくその激しい荒波に呑まれ、一気に僕のヒットポイントの半分程度は奪われてしまう。

 だがこちらには、タイダル・コキューパスのその得意技を完璧に封殺できるアビリティがあるのだ。

 僕は地上で勢いよく待ち構えている、黒い洪水に向かって、再び「グランド・ブリザード」を撃ち込んだ。

 忽ちそれは凍結し、一気に複数の氷に分裂し、散っていく。

 だが、ヘイル・フィンブルが地面に着地する瞬間、そこにはいつの間にかタイダル・コキューパスが待ち構えていた。

 一瞬だった。
気付いた時には、既に遅かった。
僕はタイダル・コキューパスの八本の巨大な足に、完全に身体を捕らえられていた。

 終わりだ。
一度奴に捕らわれてしまえば、絶対に脱出は不可能だ。
それは、身動きの取れない監獄のようなものだと形容できる。

 そうか。
「ブラック・ウェーブ」は囮だったのか。
全ては、僕に直接の連続攻撃を叩き込むために、それに注意を引かせるための役割を果たしていたに過ぎなかったのだ。

 そして僕は無様にも、その作戦に見事に引っかかった。

 ヘイル・フィンブルはタイダル・コキューパスの鈍重な連続攻撃を何度もモロに喰らい、ヒットポイントは一気にゼロになった。

 KOだ。
負けた、、、。僕は暫く放心状態だった。

 奴の繰り出す全ての遠距離攻撃を凍結してやれば、確実に勝機を見出せると思ったのに、、、。

 いや、逆にそこを突かれてしまったのだ。
リガールは僕の戦略を予め予想した上で、敢えてその行動を僕に取らせるように仕向け、それを上手く利用して形勢を有利に運んだ。

 完全に動きを読まれていた、、、。
敗因は、僕の慢心だ。最初からリガールを舐めてかかっていたのだ。

 「あたしの勝ちだね、ドル」とリガールは言った。僕の方を向いて、悪戯な笑みを浮かべている。
「やっぱすげぇわ、リガールさん、、、」とメトロは感心して言った。

 僕は少しの間を空けて、「約束は守るよ、、、」と小声で言った。
悔しい。
数分前までの自分の余裕綽々の態度に、今頃になって腹が立った。

 「あぁ、負けたら昼飯奢ってもらうってやつ、アレ冗談だから」とリガールは言った。
僕はリガールをさっと見た。
「えっ、そうなんですか?」とメトロは訊いた。
「だって、いくら何でもゲームの結果で高校生に蕎麦を奢らせるって、そんなのちょっと大人げないじゃない」とリガールは笑った。「ドルを誘いに乗らせるための、ただの方便よ」

 「良かったなぁ、ドル。財布からお小遣い減らなくて」とメトロは僕をからかった。
「ちぇっ、、、」と僕は舌打ちした。
「あっでも、これから向かいのお蕎麦屋さんに行くって約束は嘘じゃないからね。二人の分も、このあたしが奢ったげる」とリガールは言った。

 「え、それはホントなんだ」と僕は言った。
「当たり前じゃない。あたしに負けたんだから、君もそれくらいは従いなさいよ?」
「う、うん、、、」と僕は曖昧に言った。僕は自分が空腹であることに、今になって気が付いた。
「当然、メトロも来るでしょ?」
「勿論っすよ、奢りならどこでも行きますっ」

 「良いの?その、奢りなんてさ」
「言ったでしょ、先月からシフト増やしたおかげで、お金には余裕があんの」とリガールは得意げな表情で言った。
「ふぅん、何のバイト?」
「ホステス。客と喋ってお酒注ぐだけだから、楽なバイトなのよ、これが」
リガールがホステスか、、、。
なんだか容易に想像できる気がする。

 「さっ、行こ、行こ。私もう凄いお腹減ってるわ」とリガールは言って、立ち上がった。
「いやぁ、俺もっす」
「あんた、1時間くらい前にスニッカーズ食べてなかった?」
「いや、あれは朝食ですよ」とメトロは慌てたように言った。
「ふぅん」リガールはメトロを怪しそうに見て言った。

 「ドル?ほら、早く来なよ」とリガールは言った。
「さっきまでのスピード感はどうしたんだよ、置いてっちゃうぜ?」とメトロは笑った。
「るっせぇよ」と僕は小声で言って、立ち上がった。それから、僕を待っている二人の方へと歩き出した。

 僕らは煙草の臭いが充満するゲームセンターを後にして、開放的な空気が吸える外に出た。

 初夏の心地良い風が僕らを包む。

 負けたっていうのに、何故だか僕は悪くない気分だった。



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