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青春ミステリー小説『放課後の冒険』 第3話「不可解な封筒の中身」

 作戦通り二人は、東西に分かれたそれぞれのルートを通って、下駄箱に合流した。

 「何も異常はなかったか?」と拓実は訊いた。
「ないわよ」と葵はまた苦笑して言った。

 それから靴に履き替えた拓実と葵は、急ぐようにして昇降口を後にした。

 外に出ると、すぐに7月の汗ばむような気候が二人に纏わりついた。
梅雨明けの時期はまだ少し先だが、気温は殆ど夏のそれに近い。校舎から出てきている生徒は、拓実と葵を含めてまだ数人程度と少なかった。

 二人は駆け出して、正門を潜り、学校前の通りに沿って走った。
目的地の大原公園まで、僅か100メートルも無い距離だから、文字通りすぐに辿り着く。

 空には太陽の光が地上に降り注ぎ、地面のアスファルトがその熱気を吸い取っている。
同時に、雲が優雅に街を見下ろし、鳥は自由に飛翔していた。

 そんな解放的な空の下を、二人はただ全力で走り続けた。
走る度に、ランドセルがガサゴソと音を立てた。側面のフックに、水着入れのバッグを掛けているため、腕を振る度にそれに肘が当たって少し煩わしかった。

 公園前の通りを横断する前に、車が来ていないことを確認してから二人は渡って、公園内に足を踏み入れた。
「着いたっ」
「あぁっ、疲れた〜」

 短い距離ではあるが、二人の息は上がっていた。
体力的な疲労というよりも、高まる期待による興奮と緊張のせいだ。

 大原公園は、周囲を緑の樹々に囲まれており、その中にブランコや滑り台といったありふれた遊具が設置された、小さな公園だ。

 公園内には、拓実と葵の他にはまだ誰もいなかった。
二人の足取りは自然と走ることをやめて、歩き出していた。

「俺らが一番乗りだな」
「誰か来る前に探しちゃおう。ブランコの後ろの樹々だっけ?」と葵は訊いた。
「あぁ、確かその辺りに落ちたはず」と拓実は肯定した。

 「あっ、あった!」
公園内を少し歩くと、それはすぐに見つかった。
ブランコの背後で生い茂る樹木の枝の一つに、萎んだ黄色い風船が引っかかっていた。
そして枝の先から、紐と白い封筒が垂れ下がっている状態だ。

 二人はブランコの後ろに回り込んだ。
「良かった、風に飛ばされてなくて」と拓実は言った。
「でも、結構高い位置にあるよ」と葵は言った。

 二人は樹木の中のその落下物を見上げた。
枝から白い封筒が真上にぶら下がっている。
拓実と葵の背丈では、手を伸ばしてもとても届きそうにない高さにそれはあった。
ジャンプをしても届くかどうか怪しいくらいだ。

 「よし、やるか」と拓実は呟いた。
「えっ、まさか肩車!?」と葵は驚くように言った。
「バカ、違うよ」拓実はそう言って、地面に落ちていた枝を拾った。「助走をつけてジャンプして、この枝を封筒に叩きつけるんだ。そしたら、上手い具合に地面に落ちてくれる筈」と拓実は言った。
「なるほどね、それって妙案かも」と葵は感心して言った。
「まぁ、勿論その成功には、俺のウルトラ凄いジャンプ力が懸かっているんだけど」と拓実はその場にランドセルを乱雑に置きながら言った。

 葵には、拓実のそのガサツで自信家な性格が、今では少しだけ頼もしく思える気がした。

 拓実は少し後退り、それから勢いよく走り出した。
そしてその勢いのままに地面を思い切り蹴り上げ、垂れ下がる封筒を目掛けて、手に持っている枝を素早く振り下ろした。

 すると枝からの衝撃を受けた封筒は、地面に向かって落下していき、萎んだ風船も芋づる式にその後を追っていった。
封筒が地面に落ちる前より早く、拓実は既に着地していた。

 「凄い、今めっちゃ高く跳んだよっ。やるじゃんっ」と葵は言った。
「別に、これくらい余裕だって」と拓実は照れを隠すように言った。

 拓実は自分の真下に落ちている封筒を拾った。
封筒の右上には、直径5ミリ程の丸い穴が空いており、そこから紐が通されて風船と繋がっていた。

 拓実は封筒のみを拾い上げたため、萎んだ風船は地面に落ちたままだ。
手に持つ封筒を見つめる彼の心拍数は、かなり上昇していた。
新聞なんかで宝くじの結果を確認する人も、こういう気持ちなんだろうか、と彼はふと思った。

 「ねぇ、あっちのベンチで確認しようよ」と葵が呼びかけた。
彼女は公園内のブランコとは反対側の位置にあるベンチを指している。
ベンチの周囲を樹々が取り囲んでおり、そこには木陰ができていた。
「あ、あぁ」拓実は緊張のあまり、返答に少し遅れた。

 拓実はランドセルを右肩にからい、葵と共にベンチまで歩いた。
彼の左手には、白い封筒が握られており、それと繋がった状態の紐と萎んだ風船が引き摺られていく形だ。

 木陰に覆われたベンチに着くと、拓実は封筒を紐から引き離し、その隣に設置されてあるゴミ箱に封筒以外の落下物を捨てた。
それから、既にベンチに座っていた葵の隣に、拓実も腰を下ろした。

 「よし、じゃあ開けるぞ、、、」と拓実は言った。その声色は明らかに緊張を含んでいた。
「うん、、、」と葵は頷いた。彼女も拓実程ではないが、やはり少し緊張の面持ちで見守っている様子だ。

 拓実の手はいつの間にか汗ばんでおり、封筒もその一部が彼の手汗で少し濡れていた。
拓実はTシャツの裾で、自分の手汗を数回拭った。
それから慎重な手つきで封を切った。

 そして封筒の中には、一枚の白い紙が入っていた。
拓実はそれを取り出し、二つ折りになっている紙を開くと、そこにはこう書かれてあった。

 『福岡市総合図書館/2F/E7/430/437コ/385』

 「何だ、これ、、、?」と拓実は拍子抜けするように言った。
その声は明らかに沈んでいる。

 紙に書かれた文字は、パソコンに打ち込んで印字されたもののようだ。

 「この、福岡市総合図書館に、何かがあるってことなのかな」隣で覗き込んでいた葵が言った。
「何かって、、、何だよ」そう言った拓実の声は小さかった。
封筒の中身は、宝の地図ではなかったという事実に、彼は軽いショックを受けているのだ。

 「知らないわよ、そんなこと」と葵は言った。「あっ、でもこの『2F』って2階って意味だよね。その後に続く、『E7』、『430』、、、っていうのは、もしかして、ある書棚の位置を表しているとか?」
「、、、つまり、このよく分からない文字の羅列は、最終的に特定の蔵書の位置を示しているってことか、、、?」と拓実は呟くように言った。
「うん。断言はできないけど、わざわざスラッシュで区切ってあるし、何だかそんな気がする」と葵は言った。

 拓実の視線は、ベンチの下の雑草の方に向いていた。自分の期待が大きく外れ、彼の気持ちは少し落ち込んでいるのだ。
しかし、本当は分かっていたことなのかもしれない。
心のどこかでは、財宝なんてこの街にある筈はないと気付いていても、必死にそれに気付かないふりをしていただけなのかもしれなかった。
仮に財宝があったとしても、わざわざその在処を見ず知らずの人間に教えるような、お人好しな人間なんている筈がないのだ。
映画に感化されすぎるのは、まだまだ子供の証拠だな、と拓実は思った。

 そんな拓実を尻目に、葵はふと思い付くように言った。「例えば、この紙を開いた人に読んでほしい蔵書、、、とかかな」
それを聞いて、拓実は葵の方を向いた。「わざわざ風船に載せて、知らない誰かに読ませたい本なんてあるのか?」と拓実は訊いた。
「う〜ん、、、。例えば、この図書館にしか置いてない希少な本を教えたかったとか?でも、じゃあ何でこんな回りくどいやり方したんだろ」と葵は言った。
「そうだよな。だったら、普通に書籍名書けば済む話だろうに」と拓実は肯定して言った。

 そして拓実の気持ちは段々と、この謎に包まれた紙が表す意味の方に興味が向き始めていた。
「うん、何かこれって変だよね。確かに、名前も顔も知らない誰かに読んでほしいような本って、やっぱりちょっと思い付かないもん」と葵は言った。
「俺、宝の地図どうこうよりも、ちょっと気になってきたかも。何でこんな手の込んだことをしたのか、この紙を書いた奴の意図が気になる」実際拓実は、財宝へ憧れはとっくに失っていた。それに対する熱は冷め切っていたのだ。
既に彼の心には、誰が何の目的でこんなことをしたのだろうか、という好奇心で満たされていた。

 「これってさ、いわゆる案内状ってやつだろ」と拓実は言った。
「案内状?」葵は訊き返した。
「あぁ。素性の分からない誰かが、何かの理由でこの図書館に俺達を呼んでる。だから案内状」拓実は封筒の中の紙を、便宜的に案内状と呼ぶことにした。
「案内状、、、確かにそういう見方もできるわね」と葵は言った。

 「こういうのって、何かすっげえワクワクする」
「うん、、、」と葵は曖昧に返事した。
「何だよ、葵は気にならないのかよ」
「私、当初はね、封筒の中身は簡単なメッセージとかが入ってるんじゃないかって思ってたの。『どこどこから飛ばしました』とか書いてあったりして。そういうのだけでワクワクしてたんだけど、ただ、こうやって具体的な場所だけが表記されてるのは何なんだろうって、不思議に思って」
「明確な意図を持って飛ばした可能性が高いよな。伝えたいメッセージが、この案内状が示す何かの本に書いてあるとか?」
「それなら、これにそのメッセージを書けばいいと思わない?」
「まぁ、確かにそうだな。何か、、、色々変ではある」
「でしょ?考えれば考える程、これっておかしいんだよね」

 「だからこそ、余計に何なのか気になるんじゃん」と拓実は言った。
「なるけど、、、。何か危険な感じもするかも」と葵は言った。
「大丈夫だって。ここに書いてある場所は図書館だぜ?人もフツーにいるし、フツーに安全だと思うけどな」
葵は頷いた。「そうだよね、山奥とか知らない街って訳じゃないもんね」
「そうそう、その通り」と拓実は同意した。「ここまで来たんだし、行ってみようぜ。この案内状が示してるのは、どんな本なのか確かめにさ」

 「でもこの福岡市総合図書館ってさ、福岡タワーの近くの、あの大きい図書館だよね」
「あぁ、海のちょっと近くにあるとこだな」
「じゃあ、行くとしたら、バス?お金どれくらいかかるんだろ」
「いや、自転車なら15分くらいで着くし、全然余裕だよ」

 福岡市総合図書館は、拓実達の街から3キロ程度の距離と、さほど離れていない位置にある。

 「、、、そうね、分かった。拓実と一緒だったら、何か安心な気がする」
「ふっ、お前って案外可愛いこと言うんだな」
「るっさいっ」そう言って葵は、拓実の左腕を叩いた。

 それから二人はベンチから立ち上がって、歩き始めた。
木陰の下にいても、やはり気温は高く、二人は若干汗ばんでいた。
公園内にはちらほらと、小学生達が遊びに来ていた。
ブランコに乗ったり、走り回ったりしているのは主に下級生達だ。

 二人は公園を後にして、先程走ってきた学校前の通りを歩いていた。
「じゃあさ、一旦家に戻って、その後自転車でいつもの駄菓子屋前に集合する、でどうだ?」
「氷室商店ね、大丈夫。集合時間はどうする?」
「葵、今何時?」と拓実は訊いた。
「えっと、4時19分」と葵は腕時計を見て言った。
「じゃあ、今から約30分後の4時50分に集合ってことで」
「分かった。あ、念のためにお金いくらか持ってきた方が良いんじゃない?」
「確かに。それもそうだな」

 やがて二人は、それぞれの自宅へと通じる別れ道に立った。
「その案内状、無くなさいでよ」と葵が言った。
「無くすかよ、ちゃんとポケットに入れてるし」と拓実は言った。
「それと、集合時間は4時50分だからね。忘れちゃ駄目よ」
「提案した俺が忘れてどうすんだよ」
「そうね」と葵は笑って言った。
「じゃあ」
「うん、また後で」
そうして拓実と葵は、それぞれの自宅へと向かって行った。

 拓実の息は弾んでいた。別に急ぐ程の距離ではないのだが、自然と彼の足は走り出していた。
そして走りながら拓実は考えた。
まさか放課後に、こんなに心が躍るような冒険が待ち受けていたなんて、と。

 見上げると、住宅や電信柱の遥か上空に、透き通るような青空がどこまでも広がっている。
世界はあまりにも広く、今の自分にはまだ分からないことでいっぱいだ。

 だからこそ、日常の垣根を超えた謎に自分は強く惹かれるのだ。
それを追求していくことで、少しずつ成長していく気がするから。
そして今、自分の前にはその大きな謎が立ちはだかっており、自分はそれを必死に追いかけている。

 封筒の中の白い紙の文字は、一体何を意味していて、誰が何の目的でこんなことをしたのだろうか。
それについて考えようとすればする程、拓実の心は大きく高鳴った。
今はその答えは分からないけど、今日中に何としてでもそれを解明するつもりだ。

 でも、自分一人だけだったら、ここまで行動を起こそうという気になっただろうか?
いや、ならなかった筈だ。
葵がいるからこそ、この謎に満ちた冒険に出られるのだろう。

 「あぁっ、ランドセルって走りにくいなぁっ」拓実は小言を言いながら走り続けた。



(第4話へ続く)



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