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青春ミステリー小説『放課後の冒険』 エピローグ「仕掛け人の正体」

 翌朝、拓実は席に着いて、頬杖をつきながら窓の外を眺めていた。

 外にはどんよりとした曇り空が垂れ込み、いかにも雨が降り出しそうな雰囲気だ。

 実際、天気予報では、今日は午後から雨が降ると伝えていた。
確か、降水確率は90パーセントを超えていたっけ、、、。
それに、明日も明後日も降るらしい。
また憂鬱な梅雨の日々の逆戻りだな、と拓実は欠伸をしながら思った。

 時刻は午前8時20分を過ぎている。
しかし拓実の隣の席の葵は、まだ教室に来ていな
かった。

 珍しいな、と拓実は訝った。
普段は遅刻なんて決してしない、成績優秀で優等生の葵が遅刻?

 昨日の出来事がなかなか頭から離れなくて、よく寝れなかったのだろうか?
まぁ、そういう自分も昨夜はちゃんと寝れなくて、結局夜中まで起きてたんだけど、、、。

 あと数分もすれば、担任の宮田先生が教室に到着するまでのこの時間、教室内の殆どの生徒がちゃんと席に着いている。

 しかし教室内は、ざわつきに満ちていた。
それ自体は日常茶飯事のことではあるのだが、今日のざわつきは、いつも以上のボリュームだ。

 そんな教室中の話題の中心は、やはり昨日、何の予告も無く突然打ち上がった花火のことだった。
皆、殆ど共通した内容のことを、近くや隣の席の友達同士で話している。

 6年2組の教室内は、朝からその話題で持ちきりだった。
花火が上がったのは、1分間という短い時間であっても、噂はすぐに街中を駆け巡ったようだ。
おそらく別のクラスでも、同じ共通した話題で、複数の声が教室内を飛び交っているのだろう。

 拓実の近くの席でも、「何で打ち上がったんだろうねぇ〜」、「だってさ、雨で中止になった筈だよね〜」と女子達が楽しそうに話していた。

 拓実も先程、隼斗と義則に昨日の花火を見たかと訊かれた。
だが拓実は、「塾でテスト受けてたから、見られなかったんだよ」と思い切り嘘をついた。

 拓実は、塾があるからと嘘を言って、昨日の遊びの誘いを断った手前、本当のことをなかなか言い出しづらかったのだ。
その結果、拓実はつい、作り話の整合性を保つ方を優先してしまったという訳だ。

 しかし、拓実が実際に昨日経験した出来事を話せなかったのは、それ以上の理由があった。

 気恥ずかしさだった。
女子と一緒に出かけて、花火まで見たとなると、クラスの皆から茶化されることは容易に想像がつく。
そうなったら色々と面倒だし、どうしても恥ずかしいという気持ちが先行してしまうのだ。

 だけど、空から降ってきた案内状を拾い、図書館で暗号文を解いた末に、突然の花火を見たことなんかを正直に話せば、クラス中の注目をかっ攫えることは間違いないだろう。

 しかし拓実は結局のところ、誰かに話そうという気は起こらなかった。

 拓実はそんなことを考えながら、窓の外をぼんやりと眺めていた。
すると後ろから、「葵ちゃん、おはよー」、「おはよー」という女子の声が飛び交っているのが聞こえた。

 拓実が振り向くと、葵が遅れてやって来ていた。
葵は自分の席に近付くと、「おはよう」と拓実に言った。その表情は、明らかに好奇心に満ちていた。
「おはよ」と拓実は返した。「遅刻?珍しいじゃん」
「うん、昨日の出来事考えてたらさ、何かよく眠れなくて」と葵は苦笑して言い、ランドセルを机に置き、席に座った。
「だよな、俺もそんな感じ」と拓実も苦笑するように言った。

 「それで、どう?仕掛け人の正体、誰なのか分かった?」と葵は、興奮を隠せないといった感じで訊いた。拓実に会ったら、真っ先にその質問をしようと考えていたのだろう。
「あぁ、分かった気がする」と拓実は口角を上げて言った。拓実は昨夜、自分の部屋で数時間かけて、今回の謎に対する解答を導き出したのだ。拓実の表情は、いかにも得意げだ。
「えっ、本当に?誰なのっ、教えて、教えて」と葵は身を乗り出す勢いで訊いた。
「確証は無いからな?あくまで推論だぞ」
「うん。拓実の推理でしょ?絶対当たってそうじゃない」
「まぁ、俺もある程度は自信はあるんだけどね」

 宮田先生はまだ来ていないから、教室内はざわつきを保っている。

 だから、昨日のことを誰かに聞かれる心配も無さそうだし、声を潜めることなく、普通のトーンで葵に自分の推理を披露できそうだ。

 「まず、結論から言うぞ。仕掛け人の正体は、昨日俺達が室見川のベンチに座っていた時に話しかけてきた、あの女性だ」
「えっ、あの綺麗な女の人?」
「そう、葵がすぐに追い払っちゃった美人。あの人で間違いないよ」
「どうして、そう思うの?」と葵は戸惑うように訊いた。全く予想外の人物だったからだろう。

 「理由はいくつかあるんだ。だから、順を追って説明するぞ」
「うん」と葵は真剣な表情で頷いた。
「まず、あの人が最初に俺達に話しかけてきた言葉、何て言ったか覚えてるか?」と拓実は訊いた。
「えーと、何だっけ、、、」と葵は少し考え込んだ。
「良いか?あの人は、『君達、何か待ってるの?』って俺達に言ったんだ。これって、おかしいと思わないか?遅い時間に小学生だけで外にいたとしたら、普通だったら、『こんな時間までどうしたの?』とかそんな類のことを聞くと思うんだよ」

 「あっ、確かにそうね、、、。『何か待ってるの?』なんて、いきなり聞いてくるのは、考えたらちょっと不自然だよね」と葵は同意した。
「あぁ。それに、どうして俺達が何かを待ってるって、思ったんだ?これはさ、どう考えても事前に何かが起きること、つまりは花火が打ち上がることを知っている人間の台詞なんだよ。そしてそれと同時に、俺達が暗号文を解読して、あの室見川に辿り着いたってことも、あの人は知っていた」
「え、どうして知って、、、。あっ、そうかっ。解読した暗号文には、場所が指定してあったから、、、」

 「その通り。あの時間にあの場所で、随分と緊張した様子の俺達が座っていた。だから、あの人はそんな様子の俺達を見て、あの小学生達が暗号を解読したんだって、確信できた」と拓実は言った。
「そういうこと、、、。じゃあ敢えて具体的な場所を指定したのは、誰が解いたのか確かめるためってこと?」と葵は訊いた。
「あぁ、きっとどんな人が解いたのか、好奇心で知りたかったんだろうな。だから解いた人間の存在を確かめやすくするために、意図的に俺達をあの場所に置いたんだ。そして、暗号を解読したのが小学生って分かると、つい話しかけちゃったって感じじゃないかな。でも、あの人のそんな行動が、こっちが逆に仕掛け人の正体があの人だってことを、確信する要因にもなったんだけど」
「なるほどねぇ。何か今の説明だけで、あの女の人がそうだとしか思えなくなった」と葵は悪戯な笑みで言った。

 「いや、さっきも言った通り、そう確信できる理由はまだあるんだ」と拓実は口角を上げて言った。
「何、何?ここまで来たら、全部聞かせてよ」
「そのつもりだって。これはあくまでも、あの人が仕掛け人だって思ったからこそ、思い出したことなんだけど」と拓実は前置きした。「あの人が俺達に背を向けて遠ざかって行く時に、その後ろ姿を、何となく俺、ちょっと見てたんだよ。そしたらさ、あの人、数秒くらい歩いた後に、不意に俺達の方を振り返ったんだ。別にそれだけなら、何てことないと思うだろ?」
「うん、それだけなら」と葵は頷いた。
「だけど俺と視線が合った瞬間、あの人、ちょっと慌てたように前に向き直ったんだ。普通だったらさ、特に慌てる必要なんか無い筈なのにだぜ?」
「確かにそれって、ちょっと怪しい感じね」

 「これもさ、あの人が仕掛け人の正体だってことを、暗に意味する行動なんだよ。俺達から遠ざかって歩き出したものの、やっぱりちょっと解読した俺達が気になって振り返った。でも自分の正体は悟られたくないから、俺と視線が合うと、慌ててすぐに向き直ったんだ。花火の衝撃でしばらくそのことは忘れてたんだけど、あの人が仕掛け人なんじゃないかって考えると、この行動もそうやって辻褄が合う気がするんだ」
「言われてみれば、、、確かに、ちょっと不可解な言動や行動が多いよね。うん、私も絶対あの人だって気がする」
「まぁ、全ては状況証拠に基づく推理に過ぎないんだけど、実際、俺も殆どそう確信してるんだよな」と拓実は言った。

 「いや、やっぱあんた凄いよ、、、。普段は授業中は結構ボーッとしてくるクセに、何で推理とかになるとそんなに頭が回るの?」
「授業中にボーッとは、余計だよ」と拓実は苦笑した。「それで、あの人がここまでの壮大な仕掛けをした動機についてだけどさ、、、」と拓実は言いかけた。
「え、動機も分かったのっ?」と葵は驚くように言った。
「あぁ。でも、ここからは本当に想像の領域だぜ?それでも聞くか?」
「当たり前じゃんっ、知ってること全部教えてよ」

 「何か、取り調べみたいだな」拓実は笑って言った。「前提としてあの人は、事前に室見川で花火が打ち上げることを知っていた、、、。これは確定して良い事実だよな。じゃあ、何で知っていたのか?それはつまり、あの人が花火師に花火を打ち上げるように依頼した人物だからなんだ。仕掛け人の正体は、サプライズ花火の依頼者だって法則が成り立つんだよ、昨日も言ったようにな」
「え?でも一人の若い女性が、中止になった花火を打ち上げるようにするって、そんなことできるものなの?」

 拓実はそれを聞いて口角を上げた。「まさに問題はそこだよ。葵、あの人の年齢、何歳くらいだと思う?」
「うーん、20から22くらい?少なくとも、20代前半なのは間違いなさそう」
「俺もそのくらいだと思う。そして個人的な印象で言えば、社会人って雰囲気でもなかった。どっちかって言うと、大学生って感じかな」
「へぇ、よ〜く観察してるねぇ」と葵は拓実をジーッと見て言った。

 「いや、それはさ、別に良いだろ?」と拓実は少し慌てたように言った。「そんでほら、室見川ってさ、たまに大学生とかが、ゼミやサークルの活動とかやってるじゃん?」
「あぁ、川の環境保全の活動とか、祭りの時なんかはボランティア活動とか?」
「そう。だからあの人も大学生で、例えば地域振興のゼミか、あるいはサークルに所属してるとするだろ。それで、その活動の一環で、中止になっちゃった室見川の花火大会を、花火師の人と掛け合って限定的に復活させた、、、とかそんな背景を考えられる気がするんだ」

 「確かに、、、。室見川って、普段からそういう地域振興の活動が行われてたりするから、、、何かそれって、不自然じゃないかも」
「だろ?クラスの連中の話を聞いてる限り、どうやらテレビの企画とかでも無さそうだし、大学の活動の一環って考えると、至って自然なんじゃないかな」

 「でも、あれは?案内状とか暗号文の仕掛けなんかは、何のためにやったの?」
「あれは多分、仲間内のちょっとした悪戯というか、お遊びみたいな感じだったんだよ。せっかくサプライズで花火打ち上げるんなら、知らない誰かにちょっと手の込んだ仕掛けで教えてあげよう、みたいな、、、。まぁ、大学生らしい発想だよな。というか、そういったギミックを施す余裕があるのも、そんな子供染みたアイデアを思い付くのも、やっぱり大学生なんだよ」

 「で、それらの仕掛けは、全部あのサプライズの花火に繋がっていた、、、。あ、じゃあ仕掛け人の正体は、大学生、、、達?」
「そう、仕掛け人は複数いたんだ。だってあの女性が、たった一人であんな仕掛けを施すなんてちょっと考えづらいし、きっと他にも何人かその仲間がいたんだよ」

 「確かに言われてみれば、あの女性さ、花火打ち上がる直前なのに、私達の近くにいたよね?あそこから打ち上げ場所は5キロも離れてるのに」
「うん。それは多分、例えばあの人が、別の場所から花火を撮影する写真班の一人とかだったんだと思う。あの時、打ち上げ場所には、別に他の仲間が待機してたんだよ。だから、そういった事実も、あの人が個人でやったことじゃないっていう裏付けになるんだ」

 「なるほどね〜、、、。何か、謎が解けてすっきりしたって感じ。朝から気分良い」と葵は笑って言い、大きく伸びをしている。
「だけど、さっきも言ったように、これはあくまで推論だけどな。絶対正しいって訳じゃないぜ」
「でも、拓実は確信してるんでしょ?」
「あぁ、これまでのことを考慮すれば、個人的にはそうだとしか思えないって思ってる」と拓実は頷いて言った。「ただ、あの人にこの先会うことも多分無いだろうし、確かめようが無いんだよなぁ。それだけが、ちょっと残念ってのはあるかな」

 「なぁんか、やけに悔しそうね。何?それ以外の感情でも働いてるの?」
「はぁ?ちげぇよ、本当に自分の推理が正しいかどうか確かめたいだけだしっ」
「そうやってムキになる感じも、何か余計に怪しい感じ〜」
「だから、違うんだってばっ」と拓実はまさにムキになって言った。
「はいはい、分かったわよ」と葵は笑って言った。

 教室内は先程よりも騒がしくなっており、一人の男子が得意の一発ギャグを披露したりと、周囲の友達を笑わせたりしている。

 また、自分の席を離れ、友達の席に行って話し込んでいる男子もいる。
そんな様子を、真面目な女子が注意したりと、教室内は様々な声で反響していた。

 今日は何故だか、宮田先生がいつもより教室に到着するのが遅いため、6年2組は先程よりもずっと活気に満ちていた。

 しかし、まだ数分程度遅いだけということもあり、そのことに疑問の声を上げる生徒はいなかった。

 拓実と葵も、それについて特に気にすることもなく、二人で話していた。
「でもさぁ、花火見れたのは良かったけど、何か私達、その大学生達に踊らされたって感じね」と葵は苦笑した。
「踊らされてねぇよ。というより、出し抜いたとすら俺は思ってる」と拓実は言った。
「え、何で、何で?」
「だって現に俺達は、仕掛け人の正体やその動機を知ってる訳だろ?少なくともあの女の人がそうだってことは、完全に見抜いたんだぜ。大学生達もさ、まさか自分達の素性やそうした経緯を小学生に突き止められるなんて、全く想定してない筈だよ。どう考えても俺達の方が、そいつらの上を行ってる」
「ふ〜ん、いかにも負けず嫌いの口から出る言葉って感じ」と葵はからかうように言った。
「だってさ、実際そうじゃんか。回答者が出題者を打ち負かしたんだよ」と拓実は得意げに言った。

 その直後、教室の扉が開いて、宮田先生が入ってきた。
「は〜いっ、静かにっ〜。ほら、そこっ、ちゃんと自分の席に戻って」と宮田先生は教壇まで歩きながら、そう言った。「そこっ、喋らないのっ。先生ちょっと遅れちゃったのは悪いけど、だから騒いでも良い訳じゃないでしょ?」と宮田先生は続けてピシャリと言った。

 宮田先生の呼びかけにより、6年2組の教室は徐々に静まっていった。

 「良い?これから朝の会を始める前に、皆に紹介したい人がいるの。この前の、帰りの会の時に先生伝えたけど、皆ちゃんと覚えてるかな?今日から1週間、教育実習生がこの6の2のクラスで、皆と一緒に勉強すること」と宮田先生は言った。

 すると教室内で、「あっ、言ってた、言ってた」、「教育実習?何だっけ、それ?」、「先生になりたい大学生が、実際に学校に来るやつでしょ?」といった声が各方面から飛び交った。

 普段から、朝の会と帰りの会の内容を一切聞き流す拓実は、当然のことながら教育実習生が来ることなど全く覚えていなかった。

 一方で、葵は教育実習生がこのクラスに来ること自体は覚えていたが、その日が木曜日の今日であることはすっかり忘れていた。
昨日の放課後の出来事により、そのことを記憶の片隅に追いやってしまっていたのだ。

 それは葵に限らず、そうした生徒がクラスの過半数を占めていた。
やはり、突然のサプライズによる花火の影響力は、とてつもないものだ。

 「ま〜た騒がしくなってるよ、ほら、静かにっ」と宮田先生は注意した。
教室内はざわつきが収まり、再び静かになっていく。

 「それじゃあ、風間さん。入ってきて」と宮田先生は教室の外に向かって、呼びかけた。

 すると、白いワイシャツを着た、若い黒髪の美人な女性が教室内に入ってきた。

 彼女は宮田先生の隣に立ち、笑顔で挨拶を始めた。「6年2組の皆さん、おはようございますっ。今日から、1週間という短い間ですが、皆さんと一緒にお勉強をすることになりました、風間凛と言います。私自身、話すことが大好きなので、皆さんと沢山話したいと思っていますし、皆さんも気軽に沢山私に話しかけてきてくださいっ。どうぞ、よろしくお願いしますっ。」と彼女は快活な口調で言った。

 教育実習生がそう言うと、教室内は自然と拍手に包まれていった。

 しかし拓実と葵は、他の生徒のように拍手をしていなかった。

 その動作を忘れる程に、何か二人の心に引っかかる物があった。
その教育実習生は、どこかで見覚えのあるような気がしたのだ。それも、つい最近の感覚に近い。

 そして不意に、二人は気付いた。

 6年2組の教室内に立っているあの教育実習生は、昨日室見川で二人に話しかけてきたあの女性だった。

 そうだ、ついさっきまで話題にしていた、まさにあの女性なのだ。

 「「あっ!」」と拓実と葵は、同時に声を上げていた。








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