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  • 河童

    天下分け目の戦から幾日か過ぎた日。 旅の坊主が古びた小さな社で一夜の宿をとっていると、そこへ怪我をした若い侍が転がり込んでくる。名を康介と名のり『落ち武者』と身を明かした。 それから一時、外に新たな気配。坊主はその者を取り押さえる。 取り押さえられたものは、意外にも若い娘だった。 そのご小さな社で起こる血生臭さ。 争いの相手は自分たちの思う相手ではなく、お互いの利害と物事の基盤の違いから生まれてきた敵だった。 敵を知り動揺する坊主。心に願うことと違う結果をうむ。 血を流すだけで結果は何も変わらず、ただ不幸になるものが増えるだけだった。

最近の記事

河童66

「くっ・・気味の悪いやつらだ」 口から出る言葉は投げ槍になる。 なんとか身体を起こそうとするが、右腕と首だけが動いて、それ以上動くことが出来ない。 「おまえたち、娘を沼に引きづりこみ溺れさせたな。」 坊主は気味の悪い河童どもの這う姿をみながら呟いた。 坊主は成り行きに任せるように目を閉じ、河童たちの近付く気配と音に耳を傾けた。 「眠ろう。眠りについて溺れ死のう。次に目覚めれば地獄か極楽。・・・楽しみにしておこう」 冷たい水が顔を覆い、河童たちが近付く音が、チャプチャプと耳によ

    • 河童65

      康介は足音に首を向け、目を細めて足音の主を確かめる。 幾人かの百姓女のようだ。 「何ごと」虚ろな頭で考え、人だと思い安心して目を閉じる。 近づいてくる気配を感じ、心配の声を投げてくれるかと、わずかな安心感で目を閉じて待つ。 「グフッ」胸に衝撃が走り中の空気が口から走り出る。 「うううっ」 衝撃で身体はくの字に跳ねて丸くなりもがくしかない。 何が起こったのか。 痛い。 苦しい。 女たち助けてくれ。 思い目を開けてみる。青い空と小さな流れる雲がみえ、空と自分の間に・・・なにか見え

      • 河童64

        落ち着いて首を右手で触れる。それがきっかけで生首の目玉が動いた気がする。 「ウッ」 少し驚き払い除けた首は、水面に綺麗に座り坊主をみる。 「くっ」 気味が悪くなり後ずさる。 が、首は諦めることなく坊主についてくる。 空を見上げる生首。 「うっ、」 恐ろしさがあるわけではない。生首と縁の切れない、そんな我が身の有り様から逃れたい。 喉の乾きを癒したく、水面に這い近づく。 今度は首が転がり邪魔しないように、ゆるりと首を引きづり、水面に顔を近づけた。 水面には血が漂う。 「こ

        • 河童63

          「うっっ」 だからと言って、眼から目を離せずにいる。 ぶら下がる首へと、語りかけたいが言葉はなにも出てこない。 なんだか恐ろしさが沸き上がってくる。 絡み付く髪の毛を引き離そうとするが、右手で左手を広げようともするが、その指は動かない。 絡み付く髪の毛を切ればよいが、疲れと混乱のなかの坊主には、そんな単純な知恵も浮かんでこなかった。 なぜだろう。 坊主の指は震え始め、足も震え、唇も震え出した。 首から離れたく、しりもちのまま後ずさる。 が、首は間合いを離すことはない。腕に力は

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        • 河童
          64本

        記事

          河童62

          引きずる亡骸が重いのか、体は傾き歩いている。 若く愛らしかった娘の姿も、河童の亡骸のような気味の悪さを全体から惜しみ無く滲ませている。 坊主の方へと一歩一歩と近づいてくる。 愛らしくあるならば、静かに見守るが、近付く姿に一歩二歩と間合いをとりたくなる。 心の中は、「こちらに来るな。儂をたよるなっ。」 願ってしまう。 一歩、また一歩。引きづり歩く姿が不気味。 不気味姿の娘とは目が合わないのに気づく。 「ああっ塞いでいるのか。」 どうやら娘は坊主にむかい歩いているのではなく、坊

          河童61

          「人・・・ひと。儂が必死になり・・・人だったか。」 自分が必死にやったことを想像して思考が止まる。 ふと自分の左腕に痛みと、重さを感じ、しかも動かないのに気づき目を腕にむける。 腕は切口がいくつかと、そこから滴る血が見える。 その流れる腕先には黒い髪の毛と・・・。 「なんだ・・・。」首を傾け動かぬ腕の先をみる。 「くび・・。」 生首だった。 「うわっ」 坊主は驚き、振り払おうと腕を振るが思うように動かない。 神経をやられたのか筋をやられたのか眉間に伝わる痛みが増す。 昨夜は

          河童60

          グサッ、グサッと娘が腕を振り下ろす度に音がする。 先程まで昆虫のように苦しみもがいていた生き物は、事が切れ、ただ、生臭い物になっていた。 それでもまだ、その頭を押さえつけ腕を下ろす。 下ろす腕は勢いは消え、カラクリで動いているだけのように、淡々と打ちおろしている。 地獄絵図 大きな蛙を無造作に解体しているように見える。 生き物への恐怖より、娘の行いの気持ち悪さに、康介は吐くものがなくなった胃の腑から、その奥の贓物を喉につまらせる。 もう、動く気になれない目も開けたくない。

          河童59

          イビツな頭と黒い目玉がこちらを視ている。娘の眼を。 その黒い目玉と見つめあい、声も出せずに、心臓以外の動きを止めている。 それはゆっくり動き、髪がまばらに生えた頭をすべて見せ、社の中へ這いこんでくる。 低く構え不器用な四つん這いの構えでゆるりと社にはいってしまう。 不器用なはず。 片腕がない。 その目は娘を見つめたまま離さない。肘から先のない腕は感覚がないのか、だらりと肩から垂れ下がり床に摺ったままだ。 「ひっ」心臓が痙攣でも起こしたように声とも呼吸ともつかない音を出す娘め。

          河童58

          坊主は背中に大樹をつけ、刀を目の高さで前方に構える。 大きく息を吸い込みそしてゆるりと息をはく。 おおかた吐き出すと、最後のわずかを「フっ」と吐きってしまう。 身体の力を抜き下っ腹に軽く力を込める。 闇を視るとなく観る。 「今度はどこから」 視野のしたに先程斬りつけ仕留めたであろう相手が倒れているようだ。 坊主は確かめるように軽く足で蹴ってみる。 そのとき。 ガサガサ。 頭の上で草木の揺れる音。とほぼ同時に衝撃が頭を襲う。 意識はあるが身体は前のめりに倒れてゆく。 「いかんっ

          河童57

          「いる。確かにいる。」 それが解る。 感じているのは殺気、闇の中に観えているのは影だった。 あからさまに殺気を放つ影は、隙を見せればすぐにも飛びかかってきそうだ。 坊主は刃先を殺気へと向ける。 「・・こちらから仕掛けるべきか」 闇に目がなれることはない。刀を掌で絞りこんだそのとき。 地面を踏みしめる音と、シュッと空を斬る音がする。 「左っ」 坊主は音と気配へ刀を振るい身は前へと跳ぶ。 「あった」確かな手応え。 「うっ」と息を吐くような呻き声とバシャッと地面へ倒れるような音。

          河童56

          坊主は怒鳴る。 「ならば覚悟だ。」 叫んで決意を我が身に畳み込む。 坊主は康介の傍らにある刀を掴み戸口へと素早く向く。 一呼吸すると足早に戸口へと向かい、蹴飛ばし、激しく息を吸うと 「ハッ」一気に覇気をだし闇の中へと走り出ていった。 ガンっと激しい足音とともに闇に出ていった坊主へ、康介があわてて声をかける。 「いかんっ、坊主どの早まるな。」 素早くかけた声も坊主の勢いはとめられない。 康介があきらめたように。 「この暗闇の中どうやって・・・。夜目も利かぬだろうに」 つい今まで

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          空手の道場。 常設の道場が欲しが、お金はない。 数十万円の貯え。 啓発書に「思考は現実化する」と。 思って見ても何か起こるわけではなく、本には行動が大事だと。 行動とは? 中学を卒業できているが、普段のあり方も悪く。 空手をやっていなければ自分は人としてどうなっていたか。 今考えると恐ろしい。 行動。 空手は黒帯になれた。 これも行動の結果。 あとはなにをすれば? とりあえず土地・建物を見に行った。 見るから、尋ねる。へ。 その土地の金額知るため恐る恐る不動産屋へ電話。

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          河童55

          坊主の姿に康介が近寄ろうとするが、我が身の不自由が腕だけを伸ばしてゆく。 「坊主どの」 その場から動けない。 「うっ」 我が身の痛みも少し増したように感じる。 坊主と康介は、痛みの面倒を見るのが精一杯になっていた。 「うっむっ」二人が唸っていると、 「あっ」と、小気味よい言葉をこぼし、気を取り戻した娘が辺りをうかがう。 頭を押さえ戸口に目を向ける坊主。 「うむ、やはり解りあえぬ」 そして痛む頭を抱え下を向く。 起き上がる娘が坊主の言葉の意味を理解する。 不安に目を開け口を開

          河童54

          「静かだ」坊主は呟く。 外には風の音。 雨はやみ雲が星の微かな光をもを遮る。 落ち着かせてくれるのは、囲炉裏の微かな熱だけだった。 22静けさがしばらく続く。 ゆっくりと坊主は立ち上がり戸口に近づき、刀で空いた穴から外の様子をうかがう。 穴から見えるはずの供え物は綺麗さっぱりと無くなっている。 少し身体を動かし見える向きを変えると、あの河童の亡き骸がみえる。 それは明らかに物へと変化した扱いを受けている。 大事な仲間も、亡き骸は無きものでしかない様子。邪魔だと足で蹴りどけら

          河童53

          21 雨がやみ風が出てくる。 そして月あかり。 天と地の間には何があるのか。 この世に生まれ見たものは、一時の幸せとその後の不幸。 わずかな光明が見えて浮かれていれば、どこから来たのか何が来たのか、我が身を闇へと押し流す。 今は闇へと押されているのか。 ならば今この時に光明を観たいものだ。 坊主と康介は静かに寝転がっていた。娘は疲れの色もこく、たたずむ姿が気味も悪くある。 囲炉裏のも元気なく、風を欲するわずかな赤みが残っているだけ。 坊主はただ憂鬱。 「まだまだ若い」

          河童52

          康介は坊主が策を話し始めるだろうと黙り待っていると。 「無いのならばやってみる」 康介と娘へ視線をなげると、 「では」と動き始める。 娘の方はすでに判断ができない心であろうが、康介としては坊主の策を聞いておきたかった。 坊主は河童の亡き骸に手を合わせ、その足を掴み戸口へと向かい外の様子をうかがう。 ゆるりと戸口を開け、河童の亡骸の足を掴んだまま外へと引きずり出していった。 娘も呆気にとられそれを見ている。 康介も何をするのか聞けずに見とれている。 「なっ、何を」 そこまで言葉